17.魔術について
ルークさんによる魔術の講義は、とてもわかりやすかった。
専門用語には適時説明が入れられ、私でも魔術の大枠が理解できる。
魔術には魔力が必要で、この世界の生き物はみな、魔力を持って生まれてくるらしい。
人間の場合はおおよそ100人に一人程が、魔術を行使可能な魔力量の持ち主のようだ。
魔術を使うには修業も必要だが、一人前の魔術師は引く手あまたの人気職だった。
この国・ヴェーデルン王国でも、魔術師の育成に力を入れているらしい。
魔力量を測定できる道具を持った魔術師が、各地を巡り魔力量の多い子供を探しているのだ。
「君の暮らしていた村にも二年に一度、魔術師たちがやってきたはずだ」
「忙しくて気が付きませんでした……」
村人は私を嫌っていたし、彼らのおしゃべりを盗み聞きするような余裕はほとんどなかった。
そのせいで私の持つこの世界の知識は、9歳児基準でもかなり少なく偏っているようだ。
「やはりリナリアは、魔力の測定を受けていないんだな?」
「はい。村にやってくる魔力測定は二年に一度、対象は8歳から10歳なんですよね? 私は9歳だから、次の回の魔力測定の対象だったはずです」
「……君が9歳?」
ルークさんが眉を寄せている。
……やっぱり私のしゃべり方、子供らしくなくて不自然だったかなぁ。
今のところフォルカ様以外に、前世の記憶については打ち明けないつもりだ。
周りに気持ち悪がられないよう、大人のような喋り方をしすぎないよう気を付けていたけど、9歳には見えないのかもしれない。
とりあえず誤魔化しておこう。
「ルークさん、魔術に詳しいんですね。実際に魔術を使えるんですか?」
「多少はな」
何てことないように答えるルークさん。けど、彼自身が言っていたように、魔術を使えるのは百人に一人の限られた人間だけ。
魔術を使え、竜に乗れ、剣を握れば達人。
かなりのハイスペックぶりじゃないだろうか?
「師匠に比べたら、俺の魔術はまだまだだ。先ほど君にした魔術の説明も、ほとんどは師匠の受け売り、真似にすぎないからな」
「お師匠様、すごい人なんですね。どこかの王宮か、魔術学院に勤めているんですか?」
「……故人だ」
一瞬、ルークさんの瞳が悲し気に揺れ動いた。
悪いことを聞いてしまったのかもしれない。
「すみませんでした」
「……気にしないでくれ。師匠は君とも、無関係ではないからな」
「へ……?」
どういうことだろう?
ルークさんの魔術講義を受けた私は、お師匠様の孫弟子にあたる、っていうことなのかな?
「君が住んでいるこの家は、師匠が昔暮らしていたんだ」
「ここにルークさんのお師匠様が?」
思いがけないつながりに、私はぐるりと部屋を見回した。
「勝手に中に入って、住み着いてしまいすみませんでした……」
「今はもう空き家だ。年に一度か二度、俺が様子を見に来ているだけだ」
「……だからこんなに、住んでる人がいないのに綺麗だったんですね」
庭は荒れ放題、室内にもホコリが積もっていたけど、壁や屋根にひび割れは無く雨漏りもしていなかった。
「ルークさんがこの家にくるたびに、壊れていた箇所を直していたんですね」
「師匠の形見であり、俺の育った場所だからな」
「このあたりのご出身なんですか?」
「ここからすぐの村、メルクト村の生まれだ」
あそこ、メルクト村って言うんだ。
村を目にしてから15日目にして、ようやく名前を知ったよ。
「俺の父は物心つく前に、母も9歳の時に亡くなっている。魔力測定で俺の魔力量が多いのがわかったおかげで、メルクト村近くのここに屋敷を構えていた、ヤークト師匠に引き取られたんだ。14歳で王立魔術学院に入るまでの五年間、師匠の一家にはお世話になっていた」
この家にヤークト師匠たちは家族で住んでいて、でも今は誰もいない。
不穏な気配を感じた。
「……俺が16歳の時、師匠たち一家は全員亡くなっている。今はもう、ここにはだれも住んでいないから、君が自由に使うといい」
「赤の他人の私が本当にいいんですか?」
「無暗に荒らさなければそれでいい」
「ありがとうございます」
私はほっと肩の力を抜いた。
気がかりだった不法侵入状態が、一応解消されたようだ。
ヤークト師匠たち一家に何があったか少し気になるけど、事情ありげなルークさんの様子に、突っこんで聞くのはやめにしておく。
「掃除をして、綺麗に使わせてもらいますね」
「あぁ、それはありがたいが……。ここには掃除用具も調理器具も、家具もほとんど残っていないはずだ」
「……先ほど壊れてしまった椅子とボロボロの布、鍋と三脚くらいですね」
「その鍋ならたぶん、俺が置いていったものだ。この屋敷に来る時は泊りがけが多くて、鍋があると便利だったからな」
「あれ、ルークさんのものだったんですね」
「これからは君が使うといい。他にも欲しい調理器具があるなら、メルクト村にあるおすすめの店まで案内してやろうか?」
「そんな、悪いです。そこまでしてもらうわけにはいきません」
断ると、ルークさんの眉間に皺が寄る。
怒らせてしまったのだろうか。
「……これでも全く足りないぞ。俺の傷と、それとクロルの傷を癒したのも君だろう? おまけに貴重な食べ物までもらってしまったんだ。俺に恩を返させてくれ」
怒っているのではなく、困っているようだ。
真面目で律儀な性格らしかった。
「……わかりました。私も助かりますし、案内をお願いしたいです」
元々、身の回りのものを揃えるために、村へ買い出しに行くつもりだった。
が、まだ村へ一人で行くのは正直怖いので、土地勘のあるルークさんが同行してくれるのは心強い。
「出発はすぐでも構わないか? 念のため、クロルは夕方まで休ませてやりたいから、歩いて移動したいんだ。そろそろここを出ないと、帰りは暗くなりそうだ」
「はい! 調理に使った鍋を洗って支度をしてくるので、少しだけ待っていてもらえますか?」
「あぁ、承知した」
鍋を洗い手早く身支度……と言っても、ボロをフード替わり被って、銀貨入りの袋を持てば完了だ。
ルークさんに聞こえないよう、小声でフォルカ様に話しかけた。
「フォルカ様、買い出しに行ってきますね」
《気を付けるようにな。我も少し距離を置き見守っているから、何かあれば呼ぶといい》
「はい、ありがとうございます」
「こきゅんっ?」
もう行っちゃうの?
と言うように鳴くコンを一撫でして、私はルークさんと家を出たのだった。




