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16.ルークさんに驚かれました


「……魔術で傷が治ったのが、そんなに驚くようなことなんですか?」


 茫然とするルークさんへと、私は恐る恐る問いかけた。

 

「驚く、などという生易しいものじゃない。あれ程の傷を一人で癒すなんて、大陸最上位の神官でも難しいぞ」

「最上位の神官でも難しい……。でも私、昔、噂で聞いたことがあります。偉い神官様なら、ちぎれてしまった手足をくっつけて、元に戻すこともできるって」

「そんなことができるのは、本当に一握りの神官だけだ。しかもそれだって、高価で強力な触媒をいくつも使い潰してようやくだ。君は何か、強力な触媒を持っているのか?」


 触媒。

 魔力を貯めこみ増幅させる効果のある物体だと、フォルカ様に教えられている。


「触媒は、持ってないし使ってないです」

「そうか……。信じられない話だが、俺の怪我はこうして確かに治っている。クロルと墜落した衝撃で意識は朦朧としていたが、それでもかなりの深手を負った感触があった。その全てを、君が治してくれたんだな?」

「はい……」


 じわじわと衝撃が染み込んでくる。

 この世界の知識に疎い私でも、あの治癒の魔術が普通では無いと悟らされた。

 衝撃の事実に震えていると、ルークさんが後ろへと下がっていく。


「怯えないでくれ。君が嘘をついているとは思わないし、俺は感謝している」


 またもや誤解されているようだ。

 切れ長の瞳と、整いすぎた顔立ちの圧力のせいで、ルークさんは子供に嫌われやすいのかもしれない。


「ルークさんが怖いわけじゃないんです。ただ私の治癒の魔術について、びっくりしてしまっただけです」

「……君は誰から、治癒の魔術を教わったんだ? 君の魔術を一目見れば、ただならないことはわかるはずだ」

「それは、えっと、住んでいた村に来た神官様の唱えていた呪文を聞いて覚えました」


 フォルカ様に教えてもらいました、とは言えず、あらかじめ考えていた嘘をついた。

 ルークさんの反応を見ると、小さくうなり声をあげている。


「詠唱を聞いただけで魔術を、しかも希少な治癒魔術を習得した……? 君のご両親は高名な神官か、高位の魔術師なのか?」

「たぶん、どちらも違うと思います」

「ご両親は今何を?」

「二人とも、私が小さい頃に亡くなってしまいました」

「……そうか。君は今、どうやって暮らしているんだ? この村の子供ではないだろう?」

「親戚に森に捨てられ帰れなくなったので、この廃屋にお邪魔させてもらっています」

「…………」


 ルークさんが痛みをこらえるように目元を歪めた。


「……この家で、君一人で生活しているのか? 食べ物はどうしているんだ?」

「フォルカ様が森の木の実を取って来てくれます。それに召喚術で作った食材もあるので、毎日美味しく食べています」

「召喚術で食材を……?」

「はい。昨日ルークさんに渡した食べ物も全部、召喚術で作って――――ルークさんっ⁉」


 ルークさんが突然がばりと、こちらへと頭を下げてきた。


「すまないっ‼ そのような希少な品を、俺は昼食代わりに食べてしまった‼」

「え、えぇえ? 食べ物なんだから、食べてもらって本望です。頭を上げてください」

「いや、できない。召喚術の粋を集めたあの品を、俺が食べて無くしてしまったんだ」

「召喚術の粋……」


 ごくりと生唾を呑み込む。


「普通は召喚術で、食材を作ることは出来ないんですか?」

「可能だが普通はやらない。魔力の消費とつり合いがとれないからな」

「召喚術って、そんなに魔力消費が大きい効率の悪い魔術なんですか?」

「効率的かは見方によるが……。君は召喚術と、その他多くの魔術の違いはわかるか?」

「……教えてもらえますか?」

「最大の違いは、生み出された品が残るか残らないかだ」

「あ、そういうことなんですね……」


 言われてみれば納得だった。

 召喚術で作った食材を食べても、しっかり満腹感は感じられる。

 お腹の中で消えることなく、食物として存在し消化されている証だ。


「通常の魔術でも仮初のゴーレムは作り出せるが、一時間と持たず土に戻ってしまうのがほとんどだ。対して召喚術で呼び出されたゴーレムは攻撃を受け破壊されることはあれど、自然と消えてなくなることはない」

「消えることなく残り続ける……。だからこそ召喚する時、たくさんの魔力が必要なんですね?」

「正解だ。コップ一杯の水、あるいはほんの小さなスライムを召喚するだけでも、触媒と念入りな準備を必要としている。しかもそれも、既に解明された手順に従うからこそ成功しているんだ。

 食材の召喚については、消費する魔力と触媒の割に合わないからと、ほとんど研究が進んでいないらしい。何年もかけ召喚の手段を模索するくらいなら、金を出して手に入れた方が早いからな」

「なるほど……」


 おむすび一個を作るのに何年も何十万円も費やしては大赤字だから、誰も研究をしない。召喚手段も確立されない。納得しかない話だった。


「……なのに君は、いくつもの食材を召喚している。これは間違いなく、召喚術の歴史を塗り替える偉業だ。昨日俺が食べてしまったものは、国宝になってもおかしくなかったんだ」

「……さすがに大げさですよ」


 まさかの国宝認定を否定しておく。

 召喚術で作ったものであろうと、料理だからそのうち腐る。

 新鮮なうちに、美味しく食べてもらってこそだ。


「ちょうどここに、さっき作ったばかりの料理がありますから、お一ついかがですか?」

「もったいなさすぎるぞ……」

「気にしないでください。ルークさん、さっきふらついていました。血をたくさん流したせいで体に力が入らないんだと思います。倒れないよう、何かお腹に入れておいた方がいいです」

「……かたじけない」


 味噌焼きおむすびを一つ、ナプキン代わりの葉っぱでくるみルークさんへと渡した。


「嗅ぎなれない匂いかもしれませんが、食べられそうですか?」

「ありがたくいただこう」


 ルークさんは味噌焼きおむすびに向け律儀に一礼すると、葉っぱをよけかぶりついた。


「……!」


 瞳を見開き、むぐむぐと口を動かすルークさん。

 あっという間に食べ終えると、小さく息を吐いた。


「美味いな……! 初めて食べたが、甘さと辛さが絶妙で、中身の白いのもとても美味かった。なんという料理なんだ?」

「味噌焼きおむすびという名前です」


 にこにこと答える。

 味噌も米も、受け入れてもらえるか不安だったけど、好みにあっていたようで嬉しかった。


「良かったら、他の味のおむすびも食べてみますか? 昨日渡したのは、味噌という調味料以外を使って、おむすびを作ったものです。昨日のおむすびと味噌焼きおむすびと、ルークさんはどれが一番好きでしたか?」

「そうだな……」


 考えるルークさんの顔が、険しさを帯びたように見える。


「どうしました? 昨日のおむすびは、口にあいませんでしたか?」

「……黒い紙のようなもので包まれた、ほのかに塩味がするのは美味しかった」


 海苔を巻いた塩おむすびのことだ。


「……だがもう一つの、中に赤い果実のようなものが入っていたのは……強烈だった。噛むと強い酸味が飛び出してきて、失礼だがつい、毒を盛られたのかと警戒してしまった」

「梅干し……」


 考えるだけで、口の中が酸っぱくなる梅干し。

 食べなれないルークさんには、刺激が強すぎたようだ。

 よっぽど衝撃が大きかったのか、今も口を引き結び渋面をしている。


「すみません。梅干しは人を選ぶ食材でしたね。毒はありませんし、念のため浄化の魔術もかけてあるから大丈夫だと思いますが……」

「……ちょっと待ってくれ。食べ物に浄化の魔術をかけたのか?」


 ルークさんがうなり声をあげている。

 ……この反応とさっきまでのやりとりのおかげで、鈍い私でもさすがに予想がついた。


「魔力がもったいないから、普通は食べ物に浄化の魔術をかけないものなんですか……?」

「あぁ、その通りだ」


 ルークさんが深くため息をついている。


「……君はもう少し、自分の力のでたらめさについて知った方がいい」

「すみません……」

「時間は空いているか? 魔術については俺もそう詳しくないが、それで良かったら教えよう」

「お願いします!」


 食い気味に答えた。願ってもいない申し出だった。

 魔術については軽く一通り、フォルカ様のレクチャーを受けてはいるのだけど……。


 フォルカ様は竜さえビビらせる聖獣だ。

 フォルカ様の当たり前は人間にとっては驚きの連続だと、私は悟り始めていたのだった。


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