15,外はかりかり、中はもちもち
「~~♪ ~~~~♪」
聞こえてくるリナリアの歌声に、フォルカは耳を揺らした。
《知らない歌だな……》
明るく弾むような旋律は、この世界で生まれたものでは無いのかもしれない。
歌詞も由来もわからなかったけど、澄んだリナリアの歌声は心地よかった。
《異世界の記憶と、強い魔力を持った娘、か》
それがどれ程に異質なのか、この世界においていかような意味をもつのか、リナリアには自覚が薄いようだ。
足りないものばかりの廃屋での暮らしと、対人恐怖症の克服に手いっぱいで、自らについて深く考える余裕が無いようだった。
《……リナリアは愚かではないが、小さな腕で抱えるにはいささか、大きすぎるものを背負っているからな》
フォルカは瞳を細め、横たわるルークに視線をやった。
《またぞろ、面倒くさそうな男と関わりを持ちよって……》
鼻を鳴らすようにして、小さくフォルカはため息をついた。
過度に人間に介入するのは、フォルカの望むところではなかった。
が、リナリアのことはほおっておけなかったし、そうすると連鎖的に、ルークを無視することもできないでいる。
《……しばらくは我も様子を見ることにするか》
ルークが暴れたならすぐさま叩きだすが、それまでは静観しておく。
リナリアはフォルカに頼りきりになるのを避けようとしていた。
フォルカと出会いその力を知った人間の多くは、あれもこれもと願いを突き付けてきた。
人間に似た姿を見せると人々の欲望は加速していき、媚びた視線と下心を向けてくるのが普通だ。
しかしリナリアは違った。
フォルカの力を知ってなお、それに頼ろうとせず自らの足で進もうとしている。
リナリアは強大なフォルカの力の一端を知りその正体に興味を抱いても、フォルカが嫌がるとそれ以上深入りはせず、わざとらしく話題を変え明るく振る舞っている。
不器用な、だがいじらしい娘だった。
《……そろそろ米の準備が整い、炊きにいく頃合いか》
いつの間にか、リナリアの歌声は止まり静かになっている。
それを少し残念に思いながら、フォルカは床から体を起こしたのだった。
☆☆☆☆☆
タイミングよくやってきてくれたフォルカ様に火を借り、私はお米を炊いていった。
火加減を見つつ、並行して調味料を作ることにする。
「味噌に砂糖、それにみりんを混ぜて、っと」
ボウル(大きな葉っぱを丸めた植物由来100パーセントのもの)の中で、召喚術で作りだした材料を混ぜていった。やりにくいけど、頑張ってまぜまぜしていく。
作っているのは、焼きおむすびにまぶすようの味噌ダレだ。
お米が炊きあがったので、火傷に気を付けて握っていく。
軽く形を整えたら味噌ダレに付け込み、ひっくり返した鍋の底の上に置いた。
「フォルカ様、弱火でお願いしますね」
《うむ。少し下がっておけ》
フォルカ様が炎を、おむすびの表面スレスレに出現させた。
表面が焼かれ、香ばしい匂いが漂う。
味噌と米、それに少し辛くて、でも爽やかな香りも混じっている。
ボウルに使っていた葉っぱの匂いが、味噌ダレに移ったものだ。
あの葉っぱは液体が漏れにくく香りも良かったため、ここのところ風味つけも兼ね調理に利用していた。
「箸でひっくり返して、っと」
いったんフォルカ様に火を止めてもらい、ひっくり返していく。
表になった側にうっすらと焦げ色がついたら火を止め、あら熱が取れたら食べごろだ。
「味噌焼きおむすび、異世界の葉っぱ風味バージョンの完成……!」
こんがりつやつやと、焦げ茶色の表面が輝いている。
口に運ぶと甘じょっぱい味噌の香りと、ほわりとしたお米の味が広がった。
外はかりかり、中はもちもち。
味噌のしっかりとした味を楽しみつつ、ほのかな葉っぱの香りのおかげで、後味は爽やかだった。
《塩むすびや梅を入れたもの、海苔を巻いても美味だったが、味噌で焼いてもいけるな》
「お米って万能選手ですよね~」
偉大なるお米様に感謝しほっこりしていると、
「……っ……」
小さなうめき声。
ルークさんの目元が揺れ、手足がぴくりと動いた。
「こ、の香りは……?」
額に手を当てながら、ルークさんが起き上がった。
黒曜石の瞳がまたたき、徐々に焦点を結んでいく。
「ここはまさか……っ‼」
「わっ!」
ルークさんがよろめき、椅子に座る私へと倒れこんでくる。まだ体調が万全ではないらしい。
怪我をさせないよう、私は受け止めようとして、
「あっ!」
ばきん、と体の下から嫌な音がした。
ルークさんと一緒に体が傾く。
そうだ、この椅子、軋んで壊れかけていたんだ。
《リナリア、怪我はないか?》
「はい……」
少しお尻を打ったけど、私もルークさんも大きな怪我は無さそうだ。
押し倒されるような格好で、ルークさんの顔が間近に迫ってきている。
ルークさんもかっこいいなぁ。
剣の腕もたつし、とてももてていそうだ。
感心していると、ルークさんが体を跳ね起こした。
「すまない! 失礼を働いてしまったな」
「気にしないでください」
会話をしても、ルークさんに対し恐怖心や震えは出ないようだ。
良かった。これなら普通に話せそうだ。
「ルークさん、昨日は恐喝から助けてくれてありがとうございます。昨日は満足にお礼も言えずすみませんでした」
「……君はあの時の子か。こちらこそ怖がらせてしまい悪かったな」
「ルークさんは怖くなかったです。ちょっとあの時は、恐喝に驚いて混乱していたんです。ルークさんはゼーラお婆さんに頼まれて、そんな私を助けてくれたんですよね」
「あぁ、そうだ。俺の名前は、ゼーラさんから聞いたのか?」
「はい。きちんとお礼をしたいと思いましたから」
「お礼など……いや、少し待ってくれ」
ルークさんはわずかに眉を寄せ、考えを整理しているようだ。
「……俺は騎竜中にモンスターの攻撃を受けクロルと……黒い竜と墜落したはずだ。クロルは今どうしている?」
「この建物の外で元気にしています。ルークさんを追いかけてきたんです」
「そうか……」
ルークさんの表情が緩んだ。
黒い竜、クロルのことを大切に思っているようだ。
「……俺をここまで運んできてくれたのは君か?」
「そこにいる狐、フォルカ様と一緒に連れてきました」
言葉も無く座っていた、フォルカ様を指し示した。
事前の打ち合わせで、フォルカ様が聖獣だということは隠し、ただの狐としてルークさんに紹介することにしている。
フォルカ様は狐の姿だが、いつもより二回り以上、体が小さくなっている。少し大型の狐、程度の大きさだ。
聖獣というだけあり、色々と細かく姿を変えることができるようだった。
この辺りで狐が人間に懐くことは珍しいが、あり得ないという程ではないらしい。
ルークさんも不信感を覚えた様子はないようだ。
「君たちが俺とクロルを助けてくれたんだな」
「はい。傷を負っていたので、魔術で治しておきました」
「……なんだと?」
ルークさんの声が硬くなる。表情の変化が小さな人だけど、感情が乏しいわけでは無いらしかった。
「魔術で傷を、君が治したというのか?」
「もしかしてまだどこか痛みますか?」
私の治療が不完全だったのかもしれない。
申し訳なく思っていると、ルークさんがじっと私のことを見ていた。
「る、ルークさん? どうかしましたか?」
「……君が俺を見つけてからどれくらいだ?」
「二時間くらいだと思います」
「二時間……。それだけで傷が跡形もなく……」
ありえない、と。
ルークさんが信じられないといった様子で呟いていた。




