13.手負いの竜のようです
「――――はっくしょん‼」
「こんっ⁉」
くしゃみをすると、コンが小さく飛び上がった。
退屈そうにしていたコンに子守歌を歌ってている途中で、急に鼻がむずむずしてきたのだ。
「びっくりさせてごめんね」
落ち着かせるように、コンの背中を撫で歌を再開する。
少し懐かしい。捨てられる前はよく、ユアンに子守歌を歌い撫でてあげていたなぁ。
「……ユアン、元気にしてるかな」
ふとした時に、彼のことを思い出すことがある。
ユアンはまだ幼かったおかげか、私を慕ってくれていた。
おじさん達の元に戻るつもりは無いけれど、彼のことは少し気がかりだった。
「きゅいっ?」
私の意識が過去へとそれたことに気付いたのか、コンがぺしぺしと前足で手を叩いていた。
「ごめんごめん。続きを歌うわね」
子守唄を口ずさみながら、初めてのお使いにいった日の夜は更けていったのだ。
☆☆☆☆
翌日。
私は盛大に寝坊をしていた。
日は既に高く昇っており、初めてのお使いの疲れを癒すためか、いつもより長く眠っていたようだ。
「フォルカ様、お待たせしました」
《うむ、出発しようか》
双子ベリーのストックが切れてしまっていたので、森に採りに行くことになった。
散歩がてら、フォルカ様とコンと一緒に歩いて行く。
木漏れ日を浴び進んでいると、ふいにフォルカ様が鼻をひくつかせた。
《血の匂いがするな……》
「近くに手負いの獣でもいそうですか?」
《いや、おそらくは違うな。血は血でもこの香りは……》
「きゅこんっ!」
コンが足元へ向かい鳴いている。
しゃがみこんで見ると一枚の、見覚えのある葉っぱが落ちていた。
「これ、私がおむすびを包むために形を整えた葉っぱ……?」
昨日ルークさんに渡したはずなのに何故ここに?
よく注意して周りを観察してみると、小さく赤い点が飛び散っている。
嫌な予感に胸騒ぎがした。
赤い点を辿ってしばらく歩くと、頭上の木々がなぎ倒された痕跡が見つかり、行く手に黒い何かが見えてくる。
「っ……!」
強い血の匂いが漂ってきた。
木々がなぎ倒されできた広場に、黒い大きな生き物が横になっている。
硬そうな鱗、鋭い爪、皮膜の張った翼。
自動車二台分はありそうな大きさの、黒い竜がうずくまっていた。
「あなた、どうしたの……?」
声をかけると、どう猛なうなり声が返ってきた。
竜の翼の片方は、根元の当たりでちぎれかけてしまっている。痛々しく、とても空は飛べなさそうだ。 手負いの竜は威嚇するように、金の瞳でこちらを睨みつけていた。
「……フォルカ様、あの竜を一時的に、大人しくさせてもらうことは可能ですか?」
《我にかかれば造作もないことだ。おまえは我の背中に乗るといい》
私の希望を先回りし、フォルカ様が力を貸してくれる。
フォルカ様が体を光らせながら歩み寄ると、竜がうなり声を止め怯えだした。
かわいそうだけど、少しだけ我慢してもらう。
フォルカ様の背中の上から体を伸ばし、竜の翼の付け根に手をかざした。
『癒したまえ注ぎたまえ。肉に食い込みし痛切の矢じりを、今ここに癒し消し去らん!』
怪我を負ったコンにしたように、治癒の魔術を竜へと使った。
もし何かあった時のために、と。フォルカ様から呪文を教わっておいて正解だった。
竜の翼、根元へと光が降り注ぎ、みるみる傷が小さくなっていく。
ちぎれかけていた翼が、ビデオを逆回しにするように元へ戻っていった。
「ぎゃう……?」
治療を終え離れると、竜が瞳をまたたかせた。
不思議そうな様子で、翼をゆるやかにはためかせている。
「ぎゃぎゃっ!」
「良かった。これなら飛べそうかな?」
声をかけると、金の瞳がじっとこちらを見つめた。
……落ち着いて見るとこの竜、口に革の道具、馬具のようなものをつけているような?
もしかして、と。嫌な予感が加速していく。
「ぎゃっ!」
竜が一声鳴き、うずくまっていた体を持ち上げた。
宝物を守るように、竜が今まで抱え込んでいたのは、
「ルークさんっ⁉」
昨日見たばかりの黒髪が、血に汚れ赤黒くなっている。
まずい。かなり出血しているのかもしれない。
フォルカ様にのって駆け寄る。
ルークさんの体は、革製の鞍らしき物体を下敷きにしていた。
ルークさんはきっと竜騎士だ。エリート揃いらしい竜騎士なら、昨日の見事な剣の腕も納得だ。
竜に騎乗していた時に、もろとも地上へと落ちてしまったのかもしれない。
「ルークさん‼ 私の声が聞こえますか⁉」
「……うっ……」
かすかなうめき声。良かった。まだ命を落としていないようだ。
「この血は額から……。それにお腹の方も……!」
血の匂いにせりあがってくる吐き気をこらえながら、全身を確認していく。
額と腹部に傷。左足もありえない方向に曲がっていた。
『癒したまえ注ぎたまえ。肉に食い込みし痛切の矢じりを、今ここに癒し消し去らん!』
必死に呪文を唱える。
まずは一番出血の多いお腹から。次に額、左足と順番に魔術を使っていく。
吐き気を我慢し傷口を見ていると、魔術が効いているのがわかった。
「助かった……?」
立て続けに魔術を使ったせいか、全身を気だるさが襲っている。
ルークさんの頬に触れると、かすかな呼吸の動きを感じた。顔色は悪いものも、呼吸は規則的に繰り返されているようだ。
一安心し、頬にこびりついた血をぬぐっていると、ふるりとルークさんのまつ毛が動いた。
「んんっ……?」
「ルークさん!」
呼びかけるとゆるやかに瞼が持ち上がり、黒曜石の瞳が私を映した。
「……聖女様……?」
ルークさんは何かを呟くと、そのまま意識を失ってしまった。
癒しの魔術は、かけられた人間も疲れるものなのかもしれない。
 




