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11.一歩前進です


「子供に何をしている」


 黒いマントを羽織った黒髪の青年が、片手で中年男性の両腕を捕え動きを封じ込んでいた。


「いててててっ! おいおまえ離せふざけるなよ‼」

「おまえがその子に手を出さないと誓うなら離してやる」


 痛みにうめく中年男性の抵抗にも、青年は表情を崩さなかった。

 黒曜石のような切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。

 やや冷たい印象だが、とても整った顔の持ち主だった。


「これ以上抵抗を続けるようなら、自警団に突き出して――――」

「あぁもうわかったよっ‼ そいつには手を出さねぇ‼ だからさっさと解放してくれ‼」


 青年の拘束が緩み、中年男性が急いで体を離した。


「クソがっ‼ おまえも痛い目見とけ‼」


 鞘鳴りの音と共に、中年男性が剣を引き抜き構えた。

 青年はそれを一瞥すると、


「ひっ⁉」


 剣先を中年男性の喉元に突き付けた。

 早い。早すぎて、いつ青年が剣を抜いたのかも見えなかった。


「警告はした。しばらく寝ておけ」

「がふっ⁉」


 一閃。剣が男性の腹へと吸い込まれた。

 殺した? ううん、違った。血は飛び散っていなかった。


 剣の平たい部分で殴り、意識を刈り取ったらしい。

 中年男性を捕えた体術と言い剣術と言い、青年はかなりの達人のようだ。


「怪我はないな?」

「あっ……」


 お礼を言おうとして、思わず喉がひきつってしまう。

 すると青年は、すぐさま私から離れていった。


「……怖がらせて悪かったな」

「あ、違います、そんなわけじゃっ……‼」

「無理をしなくていい。怖がられるのは慣れているからな」


 青年は淡々と語った。


 違う、違うよ。これは昔のトラウマのせいで、助けてくれたあなたが怖いんじゃないよ。

 そう言いたいのに、恐喝未遂の衝撃が抜けきらないせいか、私の舌は満足に動かなかった。


「近くの自警団を呼ぶため、俺はいなくなるから安心し――――――」

「ま、まままま待って‼ 待ってください‼」


 その場を去ろうとする青年のマントを掴み引き留める。


「お、お兄さんありがとうございますっ‼ これお礼です‼」


 何とか言い切り、懐のポケットからお礼を取り出した。


「金ならいらない。きちんとしまっておけ」

「い、いえこれお金じゃありません」


 青年はなんとなく、お金は受け取ってくれない気がした。

 だから代わりに、もしお使いが長引いた時のためにと持ってきた、葉っぱで包んだおむすびを差し出す。


「見た目、ちょっと変わってるけど食べ物です‼ こ、小腹が空いた時に、ぺろりと食べてください‼」

「君のご飯じゃないのか?」

「家に帰れば他にもあります!」

「……そうか。ならありがたくいただこう」


 青年は律儀に腰を折りお礼をすると、おむすびを手に去っていった。

 黒いマントの背中を見送っていると、近づいてくる足音が聞こえる。


「嬢ちゃん無事かい?」

「……魔石換金所のお婆さん? どうしてここに?」

「嬢ちゃんが心配だったからさ。そこに伸びてる男、うちの店の中にいる時から、嬢ちゃんを見るど目つきが物騒だったからねぇ。胸騒ぎがしたから、近くにいた知り合いに嬢ちゃんの後をおっかけてもらうよう頼んだんだ」

「ありがとうございます……」


 お婆さんの親切のおかげで助かったようだ。


「黒い髪に黒いマントのお兄さんが、お婆さんの知り合いなんですよね?」

「あいつはルークって名前だよ。無愛想な坊やだが、悪い奴じゃなないさ」

「ルークさん……」


 先ほどは満足に話すこともできなかった相手。

 追いかけてきちんとお礼を言いたいが、初めてのお使いからのトラブル遭遇に、既に私の脆弱メンタルは限界だ。

 体も重く、胃が痛み始めている。また後日、改めて出直してこよう。


「嬢ちゃん、お使いの途中なんだろう? 自警団への説明は私がしといてやるから、早く家に帰って、親御さんを安心させてやりな」

「……助かります。今度村に来た時、お婆さんにもお礼を持ってきますね。名前を教えてもらえますか?」

「律儀な子だねぇ。私はゼーラ。嬢ちゃんのお礼、楽しみに店で待っているよ」


 ゼーラお婆さんはにかりと笑うと、私を見送ってくれたのだった。



☆☆☆☆



《物騒な輩に絡まれたようだな》

「フォルカ様!」


 銀貨入りの袋を抱え、村を出て森にさしかかったところで。

 フォルカ様が尻尾を揺らし、すぐ隣りへと駆け寄ってきてくれた。

 もっふりとした体に抱き着くと、疲れた体と心が軽くなっていくようだ。


「心配ありがとうございます。でも、ルークさんという方が助けてくれたので、大きな騒ぎにならなくてすみました。ルークさん、驚くくらい強かったですよ」

《……そうか》


 なぜかフォルカ様はむっとした声色だ。


《あの程度の輩、我であれば触れることも無く一蹴ぞ。そのルークとやらよりずっとずっと、我の方が強いのだからな。今からルークを追って、格の違いを教えてやってもいい》

「フォルカ様……」


 たしたしと尻尾で地面を叩くフォルカ様。すねてしまったようだ。


《おまえは我に頼ろうとはしないのだな》

「そんなことありません。私はずっとフォルカ様に頼りっぱなしですよ」


 感謝と親愛をこめ、ぎゅーっとフォルカ様に抱き着く。

 すると『僕も僕も! 仲間外れにしないでよ‼』と言うようにコンが体をすり寄せてきた。


「コンのことも大好きだよ」

「きゅっ!」


 右手でコンを、左手でフォルカ様の背中を撫でる。

 柔らかくて温かくて、掌からじんわりと幸せを感じた。


《……ふん。おまえの言葉に免じて、ルークとやらのことは見逃してやろう》


 フォルカ様の尊大な、でもわずかに弾んだ声に笑ってしまう。


「ふふ、あはははっ!」


 フォルカ様は優しいし、コンはとても元気で賑やかだ。

 ルークさんやゼーラさんのように、親切な人だってこの世界にはいる。


 ……おじさん達から受けたトラウマは、まだ消えていなかったけれど。

 それでも私は少しだけ、前に進めた気がしたのだった。


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