10.初めてのお使い
翌日さっそく、私の『初めてのお使い』は実行されることになった。
「フォルカ様、行ってきますね」
《うむ。見守っているから、安心して行ってくるがよい》
廃屋から出て十分ほど。森と村との境界で、私はフォルカ様の見送りを受けていた。
心細くなるけど大丈夫。
フォルカ様は目立つから、私から少し離れてついてきて、物陰から見守ってくれることになった。
私が叫べば、すぐに駆け付けると約束してくれている。
だから大丈夫。大丈夫だから、ゆっくりでもいいから、一歩を踏み出さないといけない。
きょろきょろと左右を見る。近くに人がいないのを確認し一歩前進。
体が鉛のように重かったけど、歩き出すと勢いがつき、交互に足を前へだすことができた。
時々畑仕事をする人を横に見ながらも、村の中心部へと向かっていく。
歩いているうちに慣れてきたのか、人とすれ違っても固まらなくなってきた。
小さな、けど確かな進歩だった。
畑が途切れると、ぐるりと建物の群れを囲う石垣が現れる。
心臓をばくつかせながら、門番らしき若い男性に話しかけた。
「あ、あのっ、すみまひぇんっ」
噛んだ。思いっきり噛んでしまった。
体に刻まれたトラウマに、口が回らなくなってしまう。
「ん? どうしたんだいお嬢ちゃん? お父さんかお母さんとはぐれたのかい?」
「ち、ちちちち違いますっ! この村にっ、一人でお使いにきました!」
つっかえながらもどうにか言い切った。
廃屋内にあったぼろきれをフードのように被っているから、こちらの顔は見えないはず。
が、それでも、トラウマは克服しきれていなかった。
「お使い? まだちっこいのに偉いな。道はわかるのかい?」
「は、はいっ‼ 中に入っても大丈夫ですか?」
「おぅ、気をつけな。暗くなる前には帰るんだぞ」
門番は気のいい人のようで、こちらを案じつつも門を通してくれた。
ぺこりと頭を下げ、速足で村の中へと駆けていく。
「緊張した……。でもなんとか会話できたっ……!」
これならなんとか、用事も果たすことが出来そうだ。
「まずは魔石を換金して、っと」
この世界のモンスターと呼ばれる存在は、ダメージを与えると魔石を残して消えてしまうらしい。
モンスターは正確には生き物ではなく、瘴気と呼ばれる世界の淀みのようなものが集まって発生しているようだ。
今私の懐の中にあるのは、前世の記憶を取り戻す日に襲われた、たてがみ狼と言う名前のモンスターから落ちた魔石だ。
魔石は換金できるから、と。フォルカ様に拾って持ち歩くよう言われおり助かった。
5㎝程のラグビーボールのような形をした黒い石のように見える魔石だ。
「魔石の換金所は、円の中に剣と金貨を配置した看板が目印……」
この世界は識字率が低いようで、私も読み書きができなかった。
そんな私のような人間のため、店では扱う商品ごとに決まった絵の描かれた看板が掲げられている。
魔石換金所の場合、円が魔石を表しているそうだ。
門から少し歩くと、魔石換金所の看板を掲げる、二階建ての石造りの建物が見えてきた。
「し、失礼しまーす」
挨拶と共にドアを開ける。
奥にはカウンターらしき木製の机。手前には剣を下げた、客らしき一人の男性がいる。
おじさんと年齢が近く、足がすくみそうになってしまう。
幸い、店内で用事を済ませ出ていくところだったようで、私はほっと胸を撫でおろした。
「嬢ちゃんもうちに用事かい?」
「は、はいっ」
良かった。店員はお婆さんで、話しやすそうな柔らかい雰囲気だ。
「この魔石、たてがみ狼のものなんですけど、換金してもらえますか?」
「たてがみ狼の? そりゃまた大物だね」
「……そんなに珍しいんですか?」
「いんや、珍しいって程じゃないが、嬢ちゃんのようなちびっこが持ってくるには、少し意外だったのさ」
「あ、もちろん、私が倒したわけじゃありません。お使いを頼まれたんです」
「それはそうさだろうね。念のため鑑定させてもらうから、少し待っててくれるかい?」
お婆さんは魔石を手に取ると軽く叩いたり、じっと間近で観察したりしている。
最後に指から魔力らしき光を出し魔石へ当てると、魔石をカウンターの上に戻した。
「うん、確かにたてがみ狼の魔石だね。うちだと銀貨25枚との交換になるけどいいかい?」
「はい、お願いします。……ちなみに銀貨25枚って、どれくらいの価値があるんですか?」
「そうさね、嬢ちゃんにもわかりやすく言うと……。嬢ちゃんのお腹が満腹になる大きさのパンが、ざっと2000個は買えるくらいだね」
小型のパンを一個100円として、単純計算で20万円かぁ。
物価水準が良くわからないけど、それなりの大金のようだった。
「ありがとうございます。助かりました」
「これくらいどうってことないさ。気を付けて帰りなよ、嬢ちゃん」
銀貨を持ってきたボロ布で包み店を出た。
お金が懐にあると安心するよね。
これだけあれば、皿と調理器具くらいは買えそうだ。
まず食器屋に行ってみよう。ずばりわかりやすく、皿とスプーンの看板が目印らしい。
この村は私が暮らしていた村より二回りほど大きいから、きっと食器屋もあるは――――
「嬢ちゃん、少し待ってくれないか」
「っ⁉」
背後から突然かけられた声に、体が固まってしまう。
恐る恐る振り返ると、中年の男性がいた。見覚えがある。魔石換金所にいた男性だ。
「わ、わわ私に何か、よ、用事ですか?」
「おぅ、そうさ。一つ相談したいことがあるんだ」
中年男性が笑い、私の背中に冷や汗が噴き出した。
嫌な笑いだ。体に刻まれたトラウマだけではなく、理性も警鐘を鳴らしている。
「嬢ちゃん、たくさんお金を持ってて重たいだろう? 俺が代わりに運んでやるよ」
言葉だけは親切な、わかりやすい恐喝の脅しだった。
魔石換金所ですれ違った時から、獲物として目を付けられていたのかもしれない。
「だ、大丈夫です! これくらい、私一人でっ、持ち歩けます‼」
「俺の親切を断るのか?」
「ひっ……‼」
横をすり抜けようとして、すぐさま回り込まれてしまった。
フォルカ様に助けを呼ぶ?
でもそうしたら騒ぎになって、この村から遠くへ、廃屋からも離れなければいけないかもしれない。
「おい嬢ちゃん、あんま待たせてくれるなよ? 俺は気が短いんだ」
「やっ‼ こないで‼」
「さっさと金をよこ――――アイテテテっ⁉」
悲鳴と共に、男性が肩を跳ね上げた。
背後から両腕を掴まれ、ねじ上げられているようだ。
「子供に何をしている」
静かな、だが鋭さを秘めた声だ。
黒いマントを羽織った黒髪の青年が、片手で中年男性の両腕を捕え動きを封じ込んでいた。
 




