誰かの声
ハードボイルド・コメディー小説「三日月探偵事務所」の第9話が完成しました!前回は屋台のラーメン屋さん「寺ちゃん」の御主人、三日月龍の知人、寺内吉弘さんが騒ぎまくって救急車に運ばれてしまいましたね。大丈夫でしょうかねぇ?龍を尾行する怪しい男の態度も不愉快でしたよね。さて今回はどんな話が待っているのかな?
俺は電柱に近付くとコートの男は驚いて来た道を走って逃げた。コートの男は目を光らせて黒いマスクをしていた。確実に怪しいバカ野郎の決定だな。
「おい、待て! 止まれよ!」と俺は怒鳴りながら追い掛けた。
俺は素早く落ちている石を3つ拾って走り続けた。屋台ラーメン屋さん「寺ちゃん」の醤油ラーメンを勢いよく3分で食べたのでエネルギー満タンだ。快調な走りだ。
時おりオレンジ色の街灯に照らされてシルエットが浮かぶコートの男の身長は約170センチくらいだった。この夜の道を迷わず疾走するとなれば土地勘のある男だという事になる。俺は鳥目でもあるから、しかめっ面をして追尾中だ。
コートの男と俺はパン治羅ビルを横切った。
コートの男は右に曲がって近くにある「ひまわり公園」の中に入りやがった。これはちょいとマズイな。夜の公園は明かりがない。真っ暗闇だ。俺はスピードを緩めた。コートの男も走るのを止めて、俺から5~6メートル離れた所で立ち止まり荒い呼吸を整えていた。
俺は右手に石を3つ持つとコートの男に目掛けて思い切り投げた。どれか1つ当たればラッキーだ。若い頃は130キロは出せた。今は120キロくらいなら出るかもしれない。
「ぐわっ! 痛い!」とコートの男は大きな声で叫んだ。
俺は声のした方向に向かって素早く走り込むと、勘を駆使して微かに浮かぶ固まりに目掛けて強力なタックルをした。
「ぐわっ! 痛い!」とコートの男は同じ言葉を叫んで俺と一緒に地面に倒れ込んだ。俺は男の腹に1発パンチした。
「ぐわっ! 痛い!」と男は言って逃げようと激しく体を動かしてもがいていた。
「おい、テメェは何者だよ? 何で俺を尾行するんだよ? えっ? 早く何とか言えよ。命令されたのか? 誰の差し金なんだ? 早く口を割れ!」と俺は男に馬乗りになって言った。
「どけろよ! 邪魔なんだよ!」とコートの男は言って俺の顔を掴んだり引っ掻こうとした。
「黒幕を言えば勘弁してやる。言えよ」と俺は言って男を取り押さえていた。
「どければ教えてやっても良いぞ」と男は交渉してきた。
「その手に乗るかよ」と俺は言って男の顔を1発殴った。
「ぐわっ! 痛い!」と同じ痛がり方の声を上げる男は、はだけたコートのポケットをまさぐり始めた。
「うん?」一瞬、気を反らされてしまった時には既に遅かった。男はポケットからスタンガンを取り出して俺の左脇腹に当ててきた。かなりの衝撃が全身を貫き俺は男に覆い被さる形で倒れ込んでしまった。意識が飛びそうだったが俺は今の状況を読んで、このまま男に覆い被さっていようと思った。僅かな抵抗を試みたわけだ。
「重い。この野郎め! 邪魔なんだよ! どけろ!」と男は言って俺の体を横に投げ飛ばした。
体が動かせない。
全身が痺れている。
息ができない。
このまま意識が遠退きそうだ。スタンガンは30分から1時間くらいは体を動かせないそうだ。参ったな。参った。
男は俺の服をまさぐり始めた。
ジャケットのポケットから車の鍵やスマホ、ジーンズのポケットからは、財布や家の鍵、やっと初の依頼人が来てくれたお陰で、念願の初仕事ができるようになった我が神聖な職場の三日月探偵事務所の鍵までもが取り上げられてしまった。
「クソ野郎め」と俺は小さな声で呟いた。
『これはもうダメだな。俺としたことが』と俺は思いながら、次第にまぶたが重くなっていき、目を閉じようとした瞬間、強烈な懐中電灯の明かりに目が眩んで、物が砕け散るような大きな音の衝撃が広がった。
「ぐわっ! 痛い!」とコートの男は今までとは違う絶叫をして俺の隣に倒れてしまった。男は気絶して全く動かなくなった。
俺は懐中電灯の光に目を細めて弱々しく笑い掛けてみた。
「大丈夫?」と誰かの声がした。俺は渦巻くように目が回り始めると一気に意識を失ってしまった。