キャラ設定を順守することを誓います。
父のハトコの息子さんを養子にすると決めてから、幾日か。
私は、てっきり『明日から来るヨ』ってことになるのかと思っていたのですが、そこは何やら大人の事情があったらしいです。
けれども、本日。晴天の良き日にて。ついに、待ち人はあらわれました。
「メレク、セラフィナ。彼がゼルエル君だよ」
お母様と私に紹介された父の隣に立つ男の子。ナレル様のご子息でございます。
やはり、これまでの環境のせいでしょうか、若干、無表情であるところは気になりますが、それを差し引いても天使のような愛らしさ。
ショコラブラウンのフワフワ猫っ毛にヘイゼルブラウンのドングリ眼。
なんですか、この可愛い生き物は!けしからん!!
「・・・はじめまして。ゼルエルです。よろしくお願いします」
いきなり見知らぬ家に連れて来られた緊張からか小さく硬い声ではありましたが、それでもキチンと挨拶が出来るだなんて、素晴らしく良い子じゃないですか!
可愛くて良い子だなんて、ああ、私にどうしろと!?
抱きしめるのか?抱きしめればいいのですか??
「はじめまして、私はメレクです。よろしくね」
「わ、私はセラフィナ!仲良くしてね」
お母様が淑女らしく穏やかに挨拶したのですけれど、私ときたらゼルエル君が想像以上に可愛かったので大興奮してしまい、ゼルエル君の両手を握りしめてフンスフンスと鼻息荒く自己紹介をしてしまいました。お恥ずかしい。
そんな私に引き気味ではあったけれども、ゼルエル君は握りしめた両手を振り払う事もなく受け入れてくれました。やっぱり良い子です。
「ゼルエル君は6歳だから、フィーナの方がお姉さんだね」
「お姉さん!私が!!」
「お姉さんらしく、ちゃんと面倒見てあげなさいね」
「はい!お母様、おまかせください」
お姉さん。いい響きであります。前世では私は末っ子でしたので、姉という役職には多大なる憧れがございました。
まさか、今世でその憧れの大役を手に入れることができようとは思いもしませんでした。
麗しのお母様にも期待されているようですし、私は全力を持ってお姉さんをしたいと思います。
さてさて。到着したばかりでゼルエル君もお疲れだろうと、この場は自己紹介のみで一旦お開きとなりまして、私は興奮冷めやらぬといった状態で自室へと戻りました。
「お姉さん!私が、お姉さん!!うふふふん」
たいへんに可愛らしい弟のお姉さんになれた喜びに、思わず部屋の真ん中で全力のガッツポーズをとってしまったのを、私の専属メイドであるソロネが生ぬるい瞳で見守っておりました。
ひとしきり、ンフンフ鼻歌を唄いながらクルクルと踊るように室内で回転し存分に喜びを噛みしめてから、ようやっと私は一休みとばかりに椅子に腰かけました。
ちょっと回り過ぎました・・・。うぇっぷ。
あまりに嬉しかったもので、調子に乗り過ぎてしまったようです。
気持ちを抑えるために、侍女に紅茶を入れてもらい、一口飲んでホッと人心地つく。
それにしても、ゼルエル君は可愛かったです。
ブラウンの色味はわが国では少数派ですから、きっと母上様の異国の血を受け継いだのでしょうね。
チョコ菓子みたいで甘々で愛らしかったです。
あの可愛さが分からないとは、ゼルエル君の伯父上はなんと見る目の無いことでしょう。
でも、その見る目の無さのおかげで私がゼルエル君のお姉さんになれたのであれば、ほんのちょっぴりだけ感謝しなくもないです。
嘘です。感謝なんてしません。もし本人に会えたなら見る目なし男として嘲笑う気満々です。
いつか、ぜひ、やってやりたいです。
そのように、見も知らぬ御仁に対してエアざまぁをご機嫌に妄想していた私であったのですが、そこでフと思い至ったのでございます。
「・・・あれ?ちょっと待ってくださいな」
見目麗しく暗い過去を持つ孤独な少年。
これって、乙女ゲームの攻略対象あるあるなんじゃないかしら?
なんか、そんな設定をよく目にしたような気がする。・・・たぶん。
ということは、この世界は乙女ゲーム設定ということなのでしょうか。
つまり、私はヒロイン。
いやいやいや、違う。
それはない。
だってヒロインは攻略対象者全員とほぼ同時期に初対面で出会うという偉業を成し遂げる選ばれし者なのだ。
今現在、私はゼルエル君にしか出会っていない。
もし私がヒロインだったなら、王子(仮)とか騎士(仮)とかその他もろもろとも出会っていないといけないはずだ。
だからきっと、私はヒロインではない。
ならば、私は・・・私は・・・。
もしかして、悪役令嬢!?
可能性としては一番ありです。
ヒロインの攻略対象である過去の有る少年の義理の姉は、意地悪な悪役令嬢だった。
これはかなり、アリ寄りのアリです。
これでもし、私が王子様の婚約者とかであったなら完全決定できるのですけど、あいにくと私にはまだ婚約者はおりません。
しかし、今のこの状況。かなり有力なのではないでしょうか。
ということは、私は悪役令嬢として振舞っていかねばならないということです。
せっかく、ゼルエル君と仲良し姉弟になろうと決意したばかりではありますが、世界設定には忠実にいかねばなりません。
そりゃ、私だって前世で読んだ小説のように何かしらのチート能力があれば悪役令嬢フラグを折ろうと努力したかもしれませんが、ご存じの通り、私は文字の読み書きから普通に勉強してきたノーマルスタートなんです。
強くてニューゲームじゃないんです。
だから恐らく、ええ、きっと、世界調和というやつで私は悪役令嬢になる未来しかないのでしょう。
それでも、努力をする価値はあります!と頑張り屋さんな心意気でもあれば良かったのですが、私はそこそこに怠け者なのです。
あと確か、それ系の話の中でゲームの強制力という不吉なワードが出てくることがありました。
つまり、わき道にそれても強引に本筋をゴリ押しされるということですよね。恐ろしい・・・。
それまでの積み重ねを無かったことにして力技でゲームのストーリーを進めるなんて、そんな理不尽で強い力に逆らったりなんてしたら、きっと、スゴイ罰が下されるに違いありません。恐ろしい・・・。
自ら進んで酷い目に合いにいくなんて、私にそんな特殊性癖はございませんので。
だから、大人しく従順にキャラ設定を守りますよ。
ほら、長い物には巻かれよと、昔の偉い人もおっしゃっていたじゃないですか。
私としては、そのお言葉を全力で支持したいと思う次第でございます。
しかし、それにしても、なんて残念なことでしょう。
あんなに可愛いゼルエル君と仲良くできないなんて。
意地悪をして嫌われなければならないなんて。酷い話です。
こんな来世を押し付けられるほど前世の私は酷かったのでしょうか。
自分的には普通に善良であったと思うのですが。
積極的に善良であろうとしなかったので徳が足りなかったとでもいうのでしょうか。
神様の判定がシビアで泣けてきます。
なんにせよ、私の配役が悪役令嬢であると判明したからには、見事に成し遂げてみせましょう。
まだ誰とも婚約してませんけど、あと数年すれば王子と婚約するはずですから!
そうしたら、何かしらのパーティーで盛大に婚約破棄されてザマァされてみせましょう!!
こうして私は壮大なる決意を胸に秘め、グッと拳を握りしめたのであった。
【まったくストーリーに抵触しない設定】
乙女ゲームのヒロイン。
前人未到の偉業を築き上げる伝説の人。
可愛いの暴力を体現する選択者。
唯一絶対なる神器『ヒロイン力』をブンブン振り回し世界の常識をタコ殴りしていく猛者。






