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光斬り 

掲載日:2019/03/15

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 いやあ、ようやく日中は過ごしやすい空気になってきましたね。もう胴着をおこたで温めてから、身に着けるなんて真似をしなくて済みそうですよ。


 ――え? 修行者として、その心構えはどうかと思う?


 私も昔はそう考えていたんですけど、思考回路の移り変わりと言いますか。

 寒い、冷たいを耐えるのも、確かに大切なことでしょう。私自身も、その辛さから学んだことはたくさんありました。

 けれど一度、身体を壊してしまって何日も稽古ができなかった時、首をひねっちゃったんです。いくら崇高な気持ちを持っていようが、実行できないこと、実行できない時間にどれだけの意味があるのだろうか、と。


 よく「形だけではいけない。気持ちが入っていなくてはいけない」と聞くんですけど、これって形を整えているのが前提条件ですよね。このごろは「気持ちが大切」という部分だけ都合の良いように解釈して、「いつも心の中で思っていればいい」とかぬかして、肝心な時に何もやらない人が多いんですよ、私の周りにね。

 思うだけ、祈るだけなんていうのは、どんなにたいそうなお題目掲げようが、おさぼりしているのと五十歩百歩。たとえ形だけだろうが、その時だけだろうが、実際に動けば利益が生まれる可能性があるし、動かない時よりも影響を及ぼすことができるかもしれない。違いますか?

 休まないことで、動くことができる。そして動くことができれば、何かしら世界の役に立てるんです。

 はたから見たら不可解で、笑ってしまうかもしれない行動にまつわる、剣の話。聞いてみませんか、先輩?


 私の父親が、曾祖父から剣を習っていた時の話です。

 なんでも、かつて曾祖父は、独自の流派を継ぐ道場の師範だったらしいんですよ。その指導も一般的な剣道の技術に加えて、古武術の技を取り入れたものも多々あったとか。

 その中でも、父親が最も教えを受けて緊張していたのが、竹の刀を使った稽古です。


「なんだ、つまりただの竹刀じゃないか」と、思いませんでしたか? これ、曾祖父の流派がこしらえた特別製なんですよ。

 その特徴として、ものすごく薄いことが挙げられます。先輩が想像している竹刀は、おそらく縦割りの竹片が四つ集まってまとめられた形、ですよね? 曾祖父が扱っていたのは、竹を縦に割ったものに違いないんですが、それひとつだけを使い、柄から刀身まで切り出した、木刀のごとき姿をしたものだったとか。

 二つに割った竹のひとつ。そのふちを削って磨いて、切っ先のみならず持ち手に至るまで、構成している縁のすべてが、刃物のように研ぎ澄まされていたとか。

 経験のない者には、まともに握ることさえおぼつきません。父も初めて手にした時には、持ち手を両手で包んだだけで、その手のひらに紙で切った時と同じ、細くて深い切り傷ができてしまったとか。

 その痛みに耐え、両手を己が血で真っ赤に染めつつ素振りを行い、剣を縦横無尽に操れるようにならなくては、かの流派での上達は望めないとのこと。実際に曾祖父の手のひらは石のように、がちがちに固くなっていたそうですよ。

 

 その流派ではある程度熟達すると、小太刀を扱う術も学びます。本来は片手で太刀、もう片手で小太刀を振るう、二刀流の形なのだとか。

 もちろん小太刀も、どこかに触れただけで肌が切れてしまうような特別製。両手持ちで振るい続けるのは、あくまでこの形式に移行するための基礎体力作りに過ぎないらしいですね。そして小太刀にのみ、刃にあたる部分の先端に、キリでこさえたような小さい穴が開いていたそうです。

 稽古のさなか、父は祖父の剣舞を何度か目の当たりにしたことがありました。主に太刀は袈裟懸けや切り上げ、小太刀は突きに使われます。

 一刀両断というより、仕留め損ねた相手に対し、確実にとどめを刺すかのような動き。父個人としては美しくないし、どうも好きにはなれなかった、と話していましたね。

 

 やがて数年間の修行の後。二つの太刀が扱えるようになった頃の、夕飯時。父は曾祖父にあの二刀流の形について、批判めいたものにならないよう、慎重に尋ねたそうです。

 曾祖母はすでにおらず、男二人だけの食卓。ご飯、焼き魚、みそ汁にお新香と典型的な和食の並ぶちゃぶ台の上で、曾祖父が箸の動きを止めました。

 二人を頭上から照らすのは、笠のついた大きめの裸電球のみ。角度の関係もあるのか、曾祖父の横顔には、いくらか影が差しています。


「あれはな、幽霊を斬るためにやっているのよ」


 神妙な顔つきのまま、そう告げる曾祖父。対する父は、内心で吹き出しそうになりました。当時の父は、心霊関係のできごとなど、まるきり信じていない人でしたから。

 自分は今まで、その手の事件に遭遇したことは一度もない。人から聞くばかりで、すぐ手元にあるわけではない。触れることができなければ、それは存在していないことと同義だ、と考えていたそうです。

 そんな色が、表に出てしまっていたんでしょうか。曾祖父がすっと目を細くすると、裸電球がパチパチと、不意にまたたきます。点滅はそのまま続き、あたかも寿命が近づいてきた時の、あえぐ姿のよう。ほんの先ほどまでは、元気に光り続けていたというのに。


「取り換え時か。いい機会だ」


 曾祖父は箸を置いて、すっと立ち上がり、まだ食べている父を手招きします。明滅はその頻度と落差を高めながら、盛んに視界を叩き続けていました。


 曾祖父に言われて道場に赴いた父は、中から大小の特製竹刀を二本ずつ、外へ持ち出します。

 てっきり、換えの電球は家の中に予備があるものと、父は思っていました。ないのならお店で調達するのは合点が行きますが、それでも竹刀たちが必要な意味が分かりません。

 曾祖父は大小の特製竹刀を受け取ると、父についてくるように促しながら、ずんずんと歩いていきます。「まさか、押し込み強盗とかするわけじゃないよなあ」と、父はぼんやり考えてしまいましたが、あまりに堂々とした足運びで、これから罪を犯しに行くような後ろめたさは感じなかったとか。


 そうしてやってきたのは、父が物心ついた時から、ずっと存在している空き地。何か建物が建つことも、公園として遊具などが設置されることもなく、横倒しに積み重なった土管を侍らせたまま、鎮座しているものだった。


「数日前に嵐があったのを覚えているな」


 曾祖父は空き地の真ん中に立つと、父に少し下がっているよう、指示を出します。


「雷もざんざか落ちた。そのうちのひとつがな、どうやらこの空き地へ落ちたらしいのよ」


 流派に伝わる構えを取る曾祖父。右手に持った大きな竹刀を脇に構え、左手に持った小さい竹刀を、中段の位置へ。


「その時、打たれて死んだ奴がいるとなあ……浮かんでくるものがあるんじゃよ」


 暗くてはっきり見えませんが、曾祖父はうっすらと笑っていたように思えたとか。

 その話を、せいぜい「気味の悪い話だ」と適当に聞いていた父ですが、今まで自分の肌をなでていた風が、急に冷たさを帯び始めます。

 ゴロゴロ、と空がうなるのを聞いて、「雷か?」と思わず頭上を見やってしまう父。

 でも、空には多くの星影がある。雲など全然出ていません。にもかかわらず、今度は空ごと世界が、何度も点滅しました。

 家の電球の比じゃない。雷光の疾駆です。思わずまぶたを閉じかけた父を、曾祖父が一喝します。


「閉じるな! 見逃すぞ!」


 そうして光が最大にまで高まった一瞬、父は見ました。構えた祖父の真ん前に、背の高い人影が立っていたのを。

 ゆうに2メートル以上。祖父よりも頭一つ分ほど大きかった影が、しかし光が収まると同時に、戻ってきた夜の中へ消えてしまいます。

 そこを一閃する竹刀。まず、脇に構えていた竹刀が左上へと切り上げ、待っていた小太刀がその刃の下部を、わずかにかすめるように突き出す。アンバランスな×の字を描く姿は、曾祖父の流派における、「かさじん」の形です。

 そのまま残心を取り、微動だにしない曾祖父。ややあって、握っている竹刀のうち、小太刀の方がほのかに青白く輝き出して、曾祖父はため息をつきました。


「雷の後には、あやつらが現れる。光のうちにしか輪郭を見せぬきゃつらは、その身に、今でいう電気を蓄えておるようでな。雷のあった日からしばらくは、ここに留まっておるのよ」


 そやつらを斬るために、竹が要る。竹は電気を通さぬからな、とひとりごちる曾祖父。「お前もやってみろ」と父へと振ってきます。


「しっかり見ておけ。斬り損ねると、お前が黒焦げになるやもしれんからな」


 曾祖父は平然と言ってのけますが、父は初めてのことで緊張しっぱなし。


 ――雷が相手だとしたら、その周りの空気は、確か3万度にもなるんだっけか……? 骨も残らねえじゃん。


 しくじったら死ぬ、しくじったら死ぬ……。

 そう考えると、手も足も震えが止まりません。風がまた冷たくなり始め、ついに空がゴロゴロと鳴り出した時点で、「ひゃっ」と竹刀たちを放り出してしまう父。曾祖父すらも見やらずに、家へと一目散に逃げてしまったそうです。

 

 父が布団の中でがたがたし出して少し経ったとき、曾祖父が家へ帰ってきました。その手にはあの時と同じ、青白く輝く小太刀が二本。放り出した父の分も、代わりにやっておいたのでしょう。

「これだけでも、見届けておけ」と、父の布団を引っぺがす曾祖父。その足は床の間へと向きました。

 曾祖父の家の床の間には、シカの角で作られた刀置きに、件の特製竹刀が架けられています。そのうちの小太刀と今回の光る小太刀を入れ替えると、父が帰ってきてより、スイッチを入れても点滅ばかりだった家の中が、いっぺんにぱっと明るくなったとか。

 曾祖父は「この家はずっと前から、電気を通す契約を結んでいない」と、語っていたそうですよ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] まさに「血の滲むような」稽古の様子からの、曾祖父の「重ね刃」のシーンは本当にしびれるほど(笑)格好良かったです! ただ、その格好良さと最後の曾祖父の一言にギャップを感じてしまったのか、思わ…
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