1-6.死者の都
2時間程前に、三人のディガーが逃げ込んだ階段前そこに突然、天井から黒い塊が落下して来る。それは巨体に似合わず、軽やかに着地した。
『・・・・・・・』
三人が逃げ込んだ階段の先をじっと見つめ、顔の横に着いたハサミを二、三度鳴らして、ようやく黒い化物―ダンジョンスイーパー―は三人を諦めたようだった。最後に、階下に一瞥すると、音もなく移動を開始した。
迷うこともなく、壁にぶつかることもなく、滑るように廊下を駆ける。何度か廊下を曲がり、ある袋小路の前で止まる。そこは床も壁も何の変哲もない、ただの行き止まりであった。
『クルルルルル』
ダンジョンスイーパーは、赤い8つの目で壁を見つめながら、ゆっくりと顔を近づけていく。顔が壁に触れる寸前で、突然、壁が歪んだ。そして、ぽっかりと、ダンジョンスイーパーの目の前に大きな穴が現れた。
穴から覗きこんだ底は見えず、見上げてみても、どこまで繋がっているのか、高さも計り知れない。恐らく、何階層かは突き抜けているのだろう。
その穴に向けて、ダンジョンスイーパー大きく口を開け、身体を震わせ始めた。何度か大きく身体が震えた後に、白い粘液と共にドロドロとした人型の肉塊やら得体の知れない物体が勢いよく吐き出されていく。その嘔吐は一回では終わらず、二回、三回と続いていき、その度に、鎧を着た肉塊や、かろうじて腕とわかる物体等が吐き出されていく。その中に、白骨死体である彼も混ざって吐き出されていった。
しばらく暗闇の中を浮遊する彼、そして、凄まじい衝撃と共に身体がバラバラに砕け散る。周囲からも硬い物体が床にぶつかる音や、何かが潰れる音が響いている。どうやら穴の底にたどり着いたようだった。
(なんだろう、すこし身体がツルツルしている気がする。こんなもんだったっけ?)
(まあ、いいか)
カタカタと音を鳴らし、少し溶かされて滑らかになった骨をいつも通り組み立てて、彼は立ち上がった。
ずいぶんと落ちてきたようだが、見渡してみれば、周囲の床は相変わらず薄く緑色に光っていた。だが、無機質で圧迫感がある上層と違い、壁は見当たらず、駄々広い空間が広がっているようである。その部屋のはるか先の方に、天井まで届く1本の光のようなものが見える。他にも、天井から光が漏れている箇所があり、地上に繋がっている所もあるようだった。
部屋の床は、そこら中に腐肉が溢れており、彼が少し動けば、グチャグチャと湿った音が響いた。また、彼が動かなくても、そこら中に蟲が蠢いており、羽音や腐肉を這いまわる音が砂嵐の様に流れていた。
(あ、いた)
蠢いているのは蟲だけではなかった。暗闇の中、数えるのが馬鹿らしくなるほどのスケルトンが歩き回り、グチャグチャと湿った音と共に肉塊や腐肉を掻きまわしていた。そんな地獄のような光景を前にしても、彼がとる行動は極めてシンプルであった。ゆらりと最も近くにいたスケルトンに近づき、彼は本能のままに拳骨を振りあげた。
近場にいたスケルトンが彼の存在に気付く、”明確な敵意を向けている存在がいる”と、だが、反撃行動を起こすよりも早く、スケルトンは彼の拳骨に頭蓋骨を撃ち抜かれ、床に崩れ落ち、ただの骨となった。
まずは一匹。
彼はそのスケルトンを喰らうと、肉塊を踏み荒らし、粘液質な音を響かせながら、次のスケルトンへと向かい、拳骨でスケルトンの背骨を叩き折る。
二匹目。
この空間のスケルトンは上層のスケルトンと同じ独立した存在であり、集団で彼を襲うという行動はしてこなかった。つまりは、彼を止める方法は個対個の勝負で上回るしかなかった。だが、スケルトンを喰らう毎に速く、頑丈になっていき、拳の鋭さが増していく彼を止められる存在は見当たらず、永遠と彼の砕いては喰らう、というループが続いていく。
一日、二日、三日と日を重ねる内に、彼が喰らったスケルトンは百体を超えた。それでも、飽きることなく喰らい続ける。
(なんだ、あれ?)
どれだけ歩いたか、どれだけ食べたのか、もはや分からない。気づくと目の前には、岩肌があり、このだだ広い空間の端までたどり着いていたようだった。岩肌からは地下水が溢れだし、水滴が雨のように滴り落ちている。
彼が興味を持ったのは、その水滴に打たれる、一本の剣だった。
(これ、なんか食えそうだな)
持ち上げ、そのブレイド部分を眺める。ブレイドの根本には、輪を裂いた逆さ羽根の黒い模様が刻まれている。
(かたいな。かみ砕けない)
ためらわずにブレイドに嚙みつくも、嚙み砕けず、格闘することしばし。
「――――――」
なにか聞こえた気がしたが、気にも止めずブレイドを噛み続ける彼。
「・・・おい」
今度ははっきりと聞こえた。そして、彼が持っていた剣が震える。
「おいって言ってんだよ。この骨!!聴覚なくても聞こえてんだろ?!とりあえず、噛むの止めやがれ!!このおれをーーー」
(なんか聞こえたけど、まあいいか)
一瞬、顔を上げ、周囲を見渡した彼は、再び目の前の剣を食べることに集中しようとする。
「待て待て待て待って!なんなの。なんでそんなにストイックなの。どう考えても旨くないだろ?なあ、待って、待ってください。歯形がついちゃうううう!」
剣がブルブルと震え、ようやく彼もブレイドを口から離し、剣を見つめる。
「お願い、ちょっと、本当にちょっとでいいから、俺の話聞いて」
彼は、懇願する剣をじっと眺める。
「俺の声、聞こえるよね?音声出力は出来てるはず・・・出来てるよね?」
(・・・)
「あ、お前、骨だし聞く耳ねえもんな。聞こえるわけないか。はっははー」
彼がブレイドを口に近づけていく。
「冗談!冗談だって!!ちゃんと聞こえてるじゃんかよ!俺は08式プロトタイプ・エイリム。こう見えて魔剣なんだぜーお前さんは?」
(8、エイ?タイプ?)
再び静止し、ぽかんと口を開ける彼を見て、剣が気付く。
「ああ、悪い。耳だけじゃなくて、喉もないもんな。ちょっと待ってな」
剣が一瞬震えると、彼の右耳があったであろう頭蓋骨の位置に、黒い四角形が二つ重なったような模様が浮かんだ。
「よし、繋がったかな?」
(エイ??リム?)
「あん?何言ってんだ?って俺の名前か。もう好きに呼べよ」
(えい・・・あー、む?)
「え?まじで?2文字?記憶力の限界2文字なの!?」
(リム・・・、リム)
「あああ、もうそれで良いよ。リムだよ。よろしく。それで、お前さんは?なんでこんなところにいるんだ?スケルトンのくせに俺を拾う、良い目を持ってるみたいだけど、何者なんだ?」
(まあいいか)
「良くねえよ。ちっとも良くねえよ。何に妥協したんだよ。妥協するような会話してなかったよね」
(あ、いた)
「ちょっと、話を聴いて!!」
近くのスケルトンまで近づくと、剣を持ったままの右手でスケルトンの頭蓋骨を殴り抜く。
「ええええ!?使えよ、俺を!斬れよ、敵を!なんで普通にぶん殴ってんの?」
(・・・どうした?)
「どうしたじゃねぇんだよ・・・、お前、殴った。俺、斬れるのに。わかる?」
(きれる?)
「あー、脳みそ入って無さそうだしな。欠片も残ってないんだろうな。その無駄にツルツルしてる骨に刻んでくれ、ホレ」
剣が自身の重みを変えたり震えることで、彼に剣を振るう動作をさせる。
(・・・おお)
「これが、斬る。わかった?普通に殴るよりも強いから。骨に刻めよ」
(あい)
「それ返事なの?言ったそばから忘れてない?」
(あい)
「ったく、《こんにちは。素敵な声ね。そう、あなたもね。まあ、お互い声帯無いけれど、ハハハハ》とか、ここまでの雑談は求めないが、せめて会話の一つや二つしたいもんだな。ずっと俺の片思いじゃねえか。あ、後ろから来てるぞ。付き合いが長くなるかもしれねえし、ちょっと手伝ってやるよ」
(あい)
彼は、振りむきざまにフラフラと寄ってきていたスケルトンを一振りで切り裂いた。
(?)
自分の右腕が一人でに動いた感覚に、彼が一瞬戸惑う。
「おめえさんに期待するのも酷だからな。おめえさんの右腕と接続させてもらった。同期ってやつだ。俺が記憶している動きを自動で再現する能力よ。良い機能だろう?」
(?あい)
崩れ落ちたスケルトンを食べながら、彼は変わらずの返事を返す。
「本当に根暗野郎だな、ったくよー。んにしても、改めて、ここスケルトン何体いんだよ?倒して減らしたと思ったら、床の肉塊に埋まっていた奴らが這い出てきて補充されるてるしどれぐらいここに籠る気だ?」
(・・・)
骨を貪る彼からは返事がない。
「こりゃ、ダメだ。考えなしか」
急に話し出した付喪神の刀は、早々に彼との交流を諦める。
「まあ、ただ朽ち果てるよりかは面白そうだ。折れるまで付き合ってやるよ」
食べ終わった彼は、一振りの魔剣を道ずれにして、再びフラフラとスケルトンを探して延々と彷徨いだした。
骨です。剣を拾いました。