1-2.まだまだどこぞの人の骨
骨生初勝利を終え、勝利の証として味気ないスケルトンを食べ終えた彼は、歩き始める。通路にぶつかり、段差につまずき、ダンジョントラップの吹き矢に曝されながらも、彼は歩く。モンスターにも色々と種類がいるが、アンデッドに属するモンスターの特徴として痛みや疲労に鈍感であるということがある。そして、骨である彼は、鈍感というより、そもそも無感覚であった。
痛みという感覚があることで危機を知り、不快という感覚があるからこそ異変に気付くことが出来る。それが生物の生存へと繋がっている。無感覚であるというのは、とどのつまりは極めて死にやすいということであり、それがダンジョンのような危険地帯であるならば、「もう殺して下さい」と致死率は天井突破しているようなものなのである。
彷徨っていた彼が立ち止まる。薄暗く、緑色に発光する通路で相対するはスケルトン。デジャブのような光景であるが、今度のスケルトンは先ほどとは一味違っていた。その右手にはボロボロの剣が握られている。そう、彼と同じ武器持ちであった。
(あれ、くえそう)
だが、恐怖も不安も感じられない彼にとっては、相手が武器を持っていようが関係ない。ただただ衝動に任せて右手を振りあげる。そして、対するスケルトンも右手に持った剣を振りあげる。
繰り返しになるが、本来、スケルトン同士でこうはならない。お互い鉢合わせたとしても素通り、運が悪くても、衝突して転倒するぐらいが関の山である。なぜなら、スケルトンのような下位モンスターには、自分を傷つけようとする存在か、本能に刻まれた捕食対象に襲い掛かるという至極シンプルなルールしか存在しないからだ。
つまりは、お互いに武器を振りあげた結果、彼の左半身のアバラが相手のスケルトンの剣によって砕かれている現状は、完全に彼の自業自得の産物であった。
アバラを砕かれても、彼は勢いに任せて相手に拳骨を叩き込む。相手の頭蓋骨がヒビ割れ、パラパラと破片を散らす。相手のスケルトンも自分の頭蓋骨がヒビ割れるのも構わず、剣を振りあげようとする。だが、彼の残っているアバラ骨に剣が引っかかり、次の攻撃に移れない。
(もらったー)
スケルトンの反撃よりも早く、彼の拳骨が相手の頭蓋骨を捉える。ヒビは亀裂となり、相手の頭蓋骨の3分の2が落下した。同時に、彼の右手の指の骨が砕けた。
無痛で、無感情。指が砕け、手首が折れても、ただただ彼はスケルトンを殴り続けた。
何発目か、彼の一撃を喰らい、フラフラと後ずさりし、相手のスケルトンはそのまま床に崩れ落ちた。そして、起き上がることは無かった。
(やったのか)
彼はその亡骸に向かって、歩き出す。だが、右腕は肘から先が砕けており、重さのバランスを失い、彼も倒れこんだ。
しばらく静寂があたりを包んだ。彼もいよいよ昇天したかに思えるような長い沈黙であったが、彼は身体を引きずり、倒したスケルトンに這い寄っていく。
そして、スケルトンの亡骸にたどり着くと、骨をバリバリと食べ始めた。
食べる食べる骨、消える消える骨、生える生える骨。
彼の砕かれたアバラや右腕が再生していく。スケルトンの亡骸を食べ終わった彼の骨は、元通りに回復していた。むしろ、以前より、硬くなっていた。
勝利の喜び、戦闘の疲れを感じることもなく、彼は再び彷徨いだす。無感覚である彼は疲れとは無縁であり、いくらでも、それこそ身体の骨が擦り切れるまで動くことが可能なのだ。歩いてはぶつかり、転んでは立ち上がりを繰り返す。
それからどれぐらい歩いているのだろうか、どれだけ歩いても緑色に薄暗く光る廊下は続いている。廊下の壁に、たまに階段や扉があるようだが、彼はその存在を認知出来ない。彼にあるのは衝動とたまに思い出したかのように考える、途切れ途切れの今だけであった。
何を考えるでもなく、ただただ右足と左足を交互に前に出す。壁にぶつかれば方向を転換し、また進む。来た道なのか、通った道なのか、まだ知らぬ道なのか、それも分からず彼は進む。
キイ―――…
どこからか音が聞こえる。そして、ペタペタと前から歩いてくる足音が近付いてくる。
「…」
「…」
「…」
目の前に3匹の緑色の生物が現れた。背丈は彼の腰ほどで、ボロボロの布切れをまとい、それぞれが錆びたナイフやこん棒、石ころと思い思いの得物を持っている。彼らは【ゴブリン】と言われる存在であり、亜人型下位モンスターに分類される。1匹ずつなら大したことはないのだが、ずる賢く、群れを作り3匹から5匹でチームを作って行動することが多い。
「キキ」「キキ」「キキキキ」歯並びの悪い口を開きながら、ゴブリンらは彼を指さして何かを話している。彼はそんなゴブリンを無視して先に進もうとする。
ゴブリンの間を通り抜けようとした時、背中を強く叩かれ、衝撃が走る。ゴブリンの一匹が彼の背中に石を投げたのだ。ゴブリンの性格はずる賢く、そして残忍であり、弱いものに対しては集団で襲うといった特性がある。そして彼はゴブリンから見るとこれ以上ないくらい弱く、遊び道具として丁度良かったのだ。
衝撃に対して、状況を理解を出来ない彼は、そのまま歩き出す。踏み出そうとしたその右脚が突然折れた。こん棒をもったゴブリンの一撃である。そこでようやく攻撃されていると気付いた彼は、反撃に移ろうとする。だが、右足が折られたことでその場で倒れて動けなくなる。
「キキ」「キキッ」「キー」と笑っているのか、甲高い声を出しながらゴブリンは彼を砕いていく。腰骨、左足、右腕、左腕、アバラ、そして頭蓋骨。いくら非力なゴブリンといっても、倒れたスケルトンを砕くことぐらい簡単な作業であった。
こうして彼は粉々に砕かれてしまったのであった。