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徒然に骨生、あてもない共食いの日々  作者: 春うらら
1章:骨を拾う
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1ー1:骨を拾う

 薄暗く、冷たい石畳の上、()は、何の前触れもなく、唐突に、動き出した。

 ここが彼にとって見知った部屋で、見慣れた天井を眺めているだけだったら状況はすぐに理解出来たのかもしれない。だが、ここには()の見覚えがあるものは何も無く、ただただ石畳が続く先の見えない薄暗い廊下があるだけだった。そもそも()にはどうして自分がここにいるのかはおろか、自分が何者で、何をしていたのかを思い出すことすら出来なかった。

 

 「-・・・--」

 声を出そうとしたが、何かが軋むような音が周囲に響いた。彼は自身の喉に触れ、違和感に気付いたのか、自分の手を見つめて、動かなくなる。

 そこにあったのは紛れもない立派な骨。綺麗に白骨化した自分の右腕であった。よもや、彼なのか彼女なのか性別は不明であり、それどころか正直、生き物とカテゴライズされることすら疑問であった。

 

 (・・・骨?)

 恐らく、脳みそも空っぽのはずだが、うっすらと思考は出来るようだった。

 1時間程固まっていたが、状況を把握出来たのか、考えるのを諦めたのか、彼自身にも分らぬまま、ゆっくりと、白い頭蓋骨をカタカタと鳴らし、崩れてしまいそうな関節をボキボキと薄暗い廊下に響かせ、立ち上がった。


 自分が誰で、ここが何処で、これまでしていたこと、これからしなくてはならないこと、そんな記憶も思考も彼には無かった。だが、何かモヤモヤとした、吐き気にも似た気持ち悪い衝動に気付き、彼はギシギシと周囲を見渡した。白い小ぶりな頭蓋骨と目が合う。いや、どちらにも目がないし、向こうはただの骨であり、こちらもただの骨だ。合うも合わないもない。


 カタ、カタ、カタと乾いた音を鳴らしながら、彼は小ぶりな骸骨へと近づいていく。歩き始めて気付いたが、左足の足首から先が折れて無くなっており、バランスがすこぶる悪い。


「・・・」

 小ぶりな骸骨と見つめあう事、しばし。ゆっくりとその骸骨を持ち上げる。彼は何も考えておらず、自分の行動も理解していないだろう。だが、彼の中にある唯一の衝動が強くなっていく。

 吐き気に似たその衝動は全骨を支配し、彼はゆっくりと口を開け、手に持った骸骨を口に運び、そして、衝動を吐き出すように、その骸骨を、食べ始めた。


 暗い廊下に、乾いた素材を砕くような咀嚼音が響いては消えていく。意思もなく、自我もない、ただの動く白骨死体である彼が、唯一ある衝動に従うのは自然なことであった。だが、それは()()とも表現される行動であり、とびきりの()()でもあった。


 【共食い】


 そんな言葉が頭をよぎった気がしたが、彼はそれに意識を向けることなく、ただ目の前の骸骨を口に運んでは噛み砕く作業を続けるだけであった。


 どれだけ時間が経ったのか、明るさが変化しないこの場所では分からない。だが、そんなに長くない時間で、目の前の骸骨は消えていた。どういう仕組みなのか、皮膚も肉も臓器もないのに、喰われた骸骨は、文字通り跡形もなく消えていた。


 (・・・あれ?なにしてたんだっけ?)

 ボキボキと音を立てながら立ち上がり、ゆっくりと歩きだす。これまたどういう仕組みか、左足は再生しており、先ほどよりもしっかりとした足取りで動き出せていた。だが、ついさっきまで自分が何をしていたのか、彼には全く思い出せなかった。


 (まあ、いいか)

 そして、思い出す気も無かった。

 あてもなく、フラフラと進んでは時折、何をしているのか考えるが、思い出せず、また歩き出す。

 途切れ途切れの()しか彼には無かった。石畳の廊下に終わりは見えず、薄暗い中を進んでいく。石畳の石がぼんやりと緑色に発光しているようで、真っ暗闇にならずにすんでいるようだ。

 だが、スケルトンである彼にはあまり関係ない。真っ暗闇だろうと、光り輝く世界だろうと、彼にはぼんやりとしか認識出来ず、つまりは――――ゴン、とT字路の突き当りにぶつかる――――と、こんな具合に先ほどから、ぶつかっては方向を変えているのだ。

 

 そうやって、何度目かの方向変換をして、歩いていると彼の進行方向から彼と同じように、骨がきしみ合う音が聞こえてきた。音は彼が進む、進まず関係なしに大きくなっていき、やがて、骨と同じような動く骨――スケルトン――が姿を表した。


(あ )

 もし、人間がスケルトンに会ったなら、一般人なら十中八九逃げるだろう。そして、同じスケルトン同士なら、攻撃したり、されたりするなどの危害を加えない限り、無視を決め込むのが相場である。というより全く意識しないのだ。彼が、一般的なスケルトンなら興味など抱かなかったかもしれない。だが、彼の中には先ほどの気持ち悪い衝動ほどではないが、ある衝動が湧きあがっていた。

 

 (・・・くえそう)

 ゆっくりと右手を振りあげていく。相手のスケルトンも彼が何をしようとしているのか気付いたのか、右手を振りあげて殴ろうとしている。だが、気付いてから一拍遅れて動いたスケルトンはガードすることもなく、彼の一発をモロに顔面に受け、頭蓋骨が石畳に落ちた。


 スケルトンはバランスを崩して通路に倒れこむ。起き上がろうとするが、一般的に3キロ程の重さがある頭蓋骨を失ったことで、上手くバランスを保てず立ち上がれない。足元でもがくスケルトンの頭蓋骨をゆっくり、骨が拾う。そして、そのままかみ砕き始めた。


 頭蓋骨を食べ終わった時には、スケルトンも動かなくなっていた。

 人生というより骨生、このかた初勝利であったが、彼には何の感慨もなかった。ただ作業の様に、スケルトンの亡骸を口へと運ぶ。そして、再び薄暗い廊下に咀嚼音を響かせ続けた。

 

骨です。意思はありません。

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