クラスのTSマスコットアリスちゃん〜TSしちゃいました編〜
例えば学校のクラスの中で1番の人気者になったり、女の子に囲まれてハーレムのようになったりとか、そんなことを考えてみたことが、誰しも1回ぐらいはあるんじゃないかと思う。実際に俺はそう思っていた。
うん、『思ってた』。過去形。そんな考えは甘かったと、今考えるとそう思う。
「じゃあ質問があれば受け付けます」
「はい!」
「はい、アリスさん」
「夏子さんの膝の上じゃなくて自分の席で授業を受けたいです。後俺の名前はアリスじゃなくて有栖川銀次郎です」
「却下です。理由は祇園さんが睨んできて怖いからです。後アリスさんって呼ばないとクラスの皆さんが怖いので却下です」
どうしてこんなことになったのか。
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俺、有栖川銀次郎が高校2年に進級した4月の半ばごろ。原因不明の高熱に倒れ1週間ほど寝たきりになり、本当に死んでしまうんじゃないかと思った時には体の変化は完了してしまったらしく。俺の180cmあった高身長は消え去り、120cmほどの小学校低学年女子のような体になっていた。
後天的性転換症候群。数百万人に1人いるかいないかという確率で突然性別が変わってしまう病気があるというのはテレビか何かで知識として知ってはいた。
性別が変わるだけであれば後天的性転換症候群としてはよくあるのだが、俺の身に起きたそれはその中でもさらに極めて珍しい小児化という言葉の通り小さい子どもの姿になってしまうものだった。
そんなことが俺の身に降りかかろうなんて誰が考えるだろうか。
結局俺は自分の体が無残に変わってしまったことが受け入れられず、そこからさらに1週間不登校気味に寝込み、ゴールデンウィークも過ぎた頃に親友が迎えに来るまで学校をサボっていた。
「おばさんおはようございます。あいつ、まだ体調悪いんですか?」
「ううーん、ちょっと複雑な事情があってねぇ……」
「せめて顔だけでも見させてください。病気でもなんでも、あいつが苦しんでるのに助けになれないなんて……」
「光輝くんと銀が仲がいいのは知ってるんだけど、今回のはあの子も相当参ってるし、今はそっとしといてあげて。ね?」
なんて声が聞こえていたのに、なんだか普段と違い玄関口が騒がしいと思いついつい様子を見にきたのが失敗だった。
「母さん、なんか騒がしいけどどうし……」
幼馴染で親友の一ノ瀬光輝と目があってしまった。
今の俺は母さんがどこから用意してきたのかわからないがピンクのチェックのパジャマを着ている。本当は着たくなかったが、今まで来ていたスウェットはぶかぶかすぎてまともに着れず。他にマシなパジャマを買いに行こうと考えもしたがこの小学生低学年女子の体で外に出るのは恥ずかしく、さらに母さんが用意した服がワンピースやらスカートしかなかったため、外出は断念した。
そんなわけで出不精になってしまい、なんかもうこのまま引きこもりのニートになろうかと真剣に考えてしまうほどだったのになんだってこんなことに……。
「おばさん、あの子、親戚の子か何か……?」
「そ、そうだよ!」
適当に返事をしてごまかして見る作戦! まさか今の俺の姿を見て銀次郎だと思う奴は誰もいないだろう。
「銀次郎よ」
そんな目論見は母さんに一瞬にして砕かれた。
「え、ちょっとまっておばさん、冗談だよね」
「そ、そうだよおばさん! おれ……わたし、銀次郎お兄ちゃんじゃないよ!」
頑張れ俺! 今一時の恥だとしてもここでごまかしきればどうにでもなる!
「あんた、実の母をおばさんってどういうこと……?」
「ごめんなさい」
俺はすぐに謝った。誠心誠意平謝りした。普段から母さんの怒り顔には弱いのに、身長差で見下されながら言われると非常に恐怖を感じてしまう。ふとみると光輝が俯いて笑っていた。絶対に許さない。
とうとう観念して光輝に説明をすることになった。簡単に説明できるわけもなく、詳しくは放課後にとでも思ったが光輝はすぐさま携帯を取り出し学校に連絡していた。おそらく欠席の電話をしているのだと思う。
事情を話すのにいつまでもパジャマなのはどうなのかと母さんに言われ、渋々着替えることにする。確かに客を迎えるのにパジャマは無いなと自分でも思ったからだ。
けれども、元の体の時に来ていた服はまともに着れるものはない。制服のワイシャツは着れるだろうけれど、それはそれでむしろ犯罪っぽさがある。
意を決して着やすいだろうワンピースと、セットになっていたカーディガンを羽織りリビングへと戻る。
戻って見ると、母さんとその向かいに座る光輝と、もう1人人が増えていた。
「……彼女? が?」
「ええ、うちの息子よ」
「……どこからどう見ても女の子だよなぁ……」
実際女の子だからもうどうしようもない。
というか。
「なんで委員長までいるんだよ!」
「心配だから来たのよ。クラスメイトが何日も休んでたら心配になるでしょう? 今日は一ノ瀬くんが接触できたみたいなのを見つけたから私も一緒に話を聞こうと思って。ああ、とりあえず例の病気のことは伺ったわ」
そんな調子で言う女子生徒はクラス委員の祇園夏子さん。正直、クラスでもそんなに話す仲ではなかったので、クラス委員というだけでここに来たのがなんか不思議だ。
いつまでも立っているわけにもいかないので、母さんの隣にちょこんと座る。言うのも恥ずかしいが実際ちょこんなのがどうしようもない。
俺の姿を見て光輝がびっくりした顔から固まって動かない。委員長はなんか、ちょっと、目が怖い。委員長ってもっと真面目な人ではなかったのか。あんな誘拐犯一歩手前みたいな目をする人ではなかったはずだ。
「まぁとにかくこういうわけなのよ。銀は病気で姿形、性別まで変わってしまったの。こんなことが起きてしまっては私としても無理に学校に行けとは言えないわ。見た目通りの体力にもなっているから例えば、いじめとか受けたら下手をすれば死にかねないもの」
そう、俺はもう見た目だけではなく体力や筋力といったステータス的なものが小学生低学年女子と同等になってしまっている。ジャムの瓶が開けられなくなっていたのは記憶に新しく非常に情けなくなったものだ。
こんな姿で以前のように学校に行けば、当然嘲笑の対象になるだろう。特にアホな男どもの前で、強気な発言をして不快に思われようものなら暴力が飛んでくるかもしれない。元の姿であればタイマンで喧嘩しても負ける気はしないが、今の俺では軽くあしらわれてしまうだろう。そして結局中身は俺なのだ。男子高校生から殴られたらどうなるのか、たまったものではない。
「理由はわかりました。確かにこれは気軽に学校に来てなんて言えませんね」
委員長が苦笑しながら言う。
そりゃそうだ。こんな見た目になって学校になんか行けるものか。両親に迷惑かけるのは忍びないがこれじゃあ就職だってまともにできないだろう。ニートになるのが2年ほど早まっただけだ。
「でも、学校には来てもらうわ」
「……は?」
いうや否や委員長は俺の背後に回るとそのまま担いで立ち去った。女子に軽々と持ち上げられるほどに軽くなった体に俺はさらにヘコんだが、それよりも先に気にすることがある。
「おい! やめろ! はなせっ!」
「あら、有栖川くんってそんな子どもっぽい性格だったかしら。それとも、見た目に合わせて精神的にも子どもになっちゃった?」
「バカにすんな! いいから降ろせよ!」
ジタバタと暴れても委員長はなんでもないように移動し始めた。
靴を履き玄関から出て外に出てしまう。後ろから駆け足で光輝もついて来た。……なんか委員長の舎弟みたいだな。荷物まで持って……って3人分の荷物?
「委員長、言われてた通り銀のカバンも持って来たよ」
「ありがとう一ノ瀬くん。さて行きましょうか……有栖川くんって言うのも見た目にそぐわないし……アリスちゃんでどうかしら」
「どうかしらじゃねーし! いいから帰せー!」
「銀、そんなに暴れるとパンツ見えちゃうよ……」
「っ!!!」
光輝の言葉にハッとなりお尻のあたりを抑える。委員長はそんな俺の行動をニヤニヤとして見ていた。
よーし、落ち着け俺。興奮していても事態は解決しないだろう。冷静になるんだ。びーくーる。
周りを見れば慣れ親しんだ通学路……ってこれ学校向かってる!?
「委員長! もしかして今更学校に向かってる……?」
「委員長って呼ばれたくないなー。親しみを込めて夏子さんって呼んでほしいなー。そしたら何考えてるか教えてあげてもいいのになー」
あ、これ絶対面倒くさいやつだ。そう思い呼び方についてはさっさと諦めることにする。
「夏子サン夏子サン。今から学校に向かってるんデスカ?」
「そーよー。学生の本分は学校に行くことでしょう」
「……こんな姿でクラスの注目を浴びたくないんですが」
「あー、実は、銀が後天的性転換症候群になったってクラスのみんなは知ってるんだよね……」
「はぁっ!?」
プライバシー保護法はどうした! なんで知ってるんだよ! どこからそういう情報が漏れた!
「いやまぁ、情報源はそこで銀を抱えてる委員長もとい夏子さんなんだけど」
「アリスちゃんが診察受けた病院って、うちの親が運営している病院でね? その日たまたま用事で病院に行ってたんだけど、その時にめちゃくちゃかわいい女の子がいてあれは誰かって父に聞いたらアリスちゃん……有栖川くんって教えてくれてね」
個人情報保護法はどうした! 経営者の家族だって患者の情報教えるのは違法行為だぞ!
後から聞いたところ教えるのは不味いとは思いつつも同じクラスだからどうせ後から知ることになるだろうということと、俺の様子から塞ぎ込むだろうということでクラスメイトの娘、つまり夏子さんに元気付けるように言っていたらしい。その結果が今のこの、拉致誘拐なのだが。
その後も暴れたり暴れたり暴れたりしてみたのだけど、その甲斐虚しくクラスの教室の前についてしまった。時間としては2時間目と3時間目の間、中休みの時間だ。
ドアの向こうからガヤガヤとクラスメイトたちの話す声が聞こえる。
怖い。
この姿を見られて、何を言われるかわからなくて怖い。蔑まされるだろうか。嘲笑われるだろうか。乏しめられるだろうか。何を言われるかわからず、半ばパニック状態になってしまう。
目には涙も溜まっている。この体になってから泣くことも多かった。将来のことを考えると不安で眠れず、自然と泣く日が多くなった。
今すぐにでも逃げ出してしまいたい。しかし無情にも、夏子さんはそのドアを開けてしまう。
ガラリと開いたドアの先から、大量の視線が注がれる。その視線に耐えきれず、両手で頭を抱え、誰とも目が合わないようにする。
「委員長、その子……」
誰だろうか、男子生徒の1人が夏子さんに声をかけた。
ああ、これからきっとバカにされて笑われるんだ。そんなネガティヴな感情だけがどんどんと湧き上がる。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。
それしか考えられなくなった頭に入ってきたのは、予想と反して素っ頓狂な言葉だった。
「どっから誘拐してきた!?」
「委員長犯罪は不味いって!」
「警察って何番!? 119!?」
「落ち着け、警察は117だ」
「お前が落ち着け117は時報だ」
「きゃーかわいいー! ね、ね、髪弄っていい!? いいよね!?」
「飴ちゃん食べる? いちごとみかんどっちがいい?」
「今何歳!? って同い年だから知ってるっちゅーねーん!」
「…………………………は?」
聞こえてきたのはそれはアホな会話だった。アホとしか言えない、本当にくだらない会話だった。
男子は委員長が誘拐してきたと漫才を繰り返し、女子は俺のこと見て小さい女の子の相手をするように構い始める。そこには俺が思っていたような、後ろ暗い内容は聞こえてこない。
色々な話し声が聞こえてくる中で、幸か不幸か最後に聞こえてきた言葉を逃さなかった。
「あの、いま、同い年って……」
「美咲! あんたでしょ今言ったの!」
「ごめーん! ついうっかり!」
その女子はうっかりと言っていた。それは、つまり。
「もしかして……俺のこと、みんな知ってて……」
多分俺はアホな顔をしていたんだと思う。
「「「おかえり! 有栖川!!!」」」
その後のことを話そうと思う。
俺の掛かり付け医の子である夏子さんと、母から事情を聞いていた先生とで、俺が休んでいた間にクラスメイト全員に俺の事情を説明していたらしい。体育の授業を急遽保健の授業に変更し、後天的性転換症候群のことを勉強していたそうだ。そのため、俺の事情に関しては概ね理解を得られていた。
それだけじゃなかったのは、俺の容姿のことも大きかった。いざ登校してみると、自分で言うのも恥ずかしいのだが俺がか、かわいいからと事あるごとに皆俺に構うようになった。男子女子関係なくだ。
元々仲の良かった男子は今までと変わらずにアホな話をしてくれるし、女子とは接点は多くなかったが、休み時間に髪型を変えてくれたりおやつをくれたり……いや、小さい女の子扱いなところはあるけれど仲良くしてくれている。
ちょっとガラの悪い、いわゆる不良グループも、何かと俺のことを気にかけてくれた。日直に当たって黒板を消さなくてはいけない時にはなぜか率先して手伝ってくれた。漫画とかでよく見る捨て猫に優しい不良を思い出した。
結局俺の考えていたことは全部杞憂で、元々クラス内の仲は悪くなかったが俺を通じてクラスの結束がより強くなったように思う。
移動教室で他のクラスの奴がからかおうと近づいてきた時は、近くにいたクラスの奴ら全員が近づいてきて助けてくれた。ありがたかったけど、逆にちょっと怖かったのは黙っておくことにする。
そんなこんなですっかりクラスのマスコット『アリスちゃん』が定着してしまったわけで。
「アリスちゃんおかし食べるー?」
「食べる……けどアリスちゃんはやめて」
「はいあーん」
「あーん……むぐむぐ」
「できた、今日のは自信作。どやぁ」
「あたまおも……むぐむぐ」
「あー、アリスちゃんハムスターみたいでかわいい。ナイスだ秋元」
「いや、それよりも今日の髪型だろ。お団子かわいい。ナイスだ藤」
「いやいやいや、それよりもだな……」
「男子がまたアホアホ会話してる……」
「さてアリスちゃん。そろそろ授業が始まるわよ」
「膝ポンポンすんなし。俺は自分の席で授業を受けるから」
「窓側最後尾じゃ黒板見えないでしょ。諦めて夏子さんの膝の上で授業を受けなって」
「光輝! おま、裏切り者ー!」
アホな会話を聞きながらアホなクラスメイトに囲まれて、こんな体になったけど俺は元気にやっています。