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冥く果てなき迷宮に、四散する肉片は飛んで

 夜露に濡れた草原を、色褪せた鈍色の外套を羽織る一人の少年が歩いている、リーリーと虫が微かに鳴くこの道で、少年はこの『迷宮』に潜って何日たったであろうか、という取り留めもないことを考えていた。もう少しでここ『闇夜の迷宮』から出ることができると思うのだが、未だ出口は見えない。


 辟易するような険しい道のりの長さと、魔物という存在により危険が傍らにある『迷宮』だが、勿論入るのに理由はある、財宝だったり珍しい武器や防具だったり、迷宮にしかいないような魔物の素材だったり、まぁいろいろな理由があるし、その理由は十人十色であろう、現に少年――メノウは財宝や武器防具ではなく、全く別の物を狙って迷宮に潜っているのだ。


 「…(()()を治す道具は無かったか…。)」


 口をパクパクと動かして、自分の髪色と同じ鼠色のチョーカーを巻きつけてある首を擦った、()()は【この世界】に来た時に刻み込まれた呪いだ、この世界にと含みのある言い方をしたのは前世と言える記憶があることを指している、とはいっても前の世界で自分が生きていたという程度の記憶しかないが、自分という自我が生まれた瞬間に刻み込まれた原初の記憶が喉元に刻印を刻まれるとはいかがな物であろうかと理不尽な神様に文句を言ってやりたくなる。


 自我が生まれる前は人形のように他人の言う事を聞きうけるだけの存在だったというのは覚えている、覚えていたくもないことを覚えているのは人間の悪い癖だと思う、無力だった自分を思い出してしまうと死にたくなる時があるからだ。


 さて、と沈み込んだ気を取り直した、くだらない事を考えるのをやめて迷宮に集中する、常闇に染まる迷宮はいつでも魔物がでてきそうであるが、きちんと魔物が出てくる時間帯が決まっている、今は出てこないが、あと二、三分もすれば魔物の活動時間となるだろう腰に帯びた短刀クリスの感触を確かめる、自分の命を預ける武器に信頼を寄せて、何時でも抜けるように準備をしておく。


 「(あと四十秒ってところか…)。」

 

 魔物の活動時間が迫るにつれてメノウの放つ気配が戦いの色を帯びていく、自分より弱い魔物はこの気配を発するだけで近づいてこなくなる、自分以上に強い魔物はこの迷宮の指定難易度では滅多に出てこないだろう。


 迷宮は異常に危険だ、だからこそ常に気を張るわけでは無く気の抜きどころも必要ではある、要は心の余裕が必要なのだ、それを知っているからこそ、メノウは微かにではあるが現状を楽観視した態度を取っている。


 ――――だがそれでもやはり。

 「…(…迷宮に絶対は無いわけか…)。」


 自分に近づいてくる気配を感じとり、それが上位の魔物だと知ったメノウはすぐさまクリスを構えた、それに伴い隠し武器や道具も準備する、ファーストコンタクトまでもう数秒も掛からないだろう、常闇の空間に白銀に煌めく牙が見えた、狼系でこの迷宮にいる上位の魔物は一匹しかいない暗黒狼ダースウルフェンだろう、影を纏う大型の狼で高い敏捷性と強靭な膂力を持っている、おまけに簡単であるが魔法を使う個体もいるため駆け出しの冒険者どころか中堅の人間でも容易く殺される時がある、だが何よりも恐ろしいのが隠蔽の能力だ、多くの冒険者がこの狼を見つけることもできぬまに惨殺されている。

 影を纏う能力とこの常闇の環境は凶悪な暗殺者を生み出していた。


 だが、それが通じるのはあくまで二線級の冒険者たちに過ぎない、一握りともいえる上位の冒険者であれば獣の立てる僅かな音や消すことのできない獣臭を察知することができる、そしてメノウはその一握りの中の末端に入っていた。


 メノウは先手を打たれる前に短刀クリスを抜いて駆けた、音を置いていくそれは刹那の内に狼との距離を詰める、影を纏う狼は匂いでメノウの接近に気が付いたのか凶悪な鉤爪を振り上げ振り下ろした、メノウは勢いそのままに身を捻り致死のそれを避けた、紙一重の回避に顔色一つ変えることなくメノウは身を捻った勢いを利用し回転する、同時に匂いのする方向に短刀クリスで斬り付けた、外皮を容易く切り裂き肉を削ぐ感覚が柄越しに伝わってくる。


 メノウはその場から退避する、あのまま攻めるつもりだったが長年培われた勘が退避しろと脳内に訴えかけたからだ、現に先程メノウが居た場所は凍り付いていた、だが暗闇によりメノウがそれを知る由もない、何も知らぬメノウが再度狼に斬りかからんと足を沈めると動かすことが出来なかった。


 足が凍っていたのだ、幸いにして耐氷を有していた戦闘靴によって肉体的なダメージは無いがそれ以上に移動が阻害されたというほうがメノウにとっては大きい。


 動けないというのは鎧等を一切着込んでいない、移動速度重視で布装備しか纏っていないメノウにとっては致命的なことであった、一応布装備の全ては魔法が付与されていたがそれでも全身鎧どころか軽鎧を処々に着込んだ者にすら圧倒的に防御力に劣る。


 以上の事から一般的な冒険者から見ても防御力が低いメノウが回避という唯一の防御手段を封じられたことはメノウの顔を青褪めさせた、メノウは顔を歪めると一瞬で魔石を懐から取り出して握力で砕く、火を纏い始める掌を足に向けて振ると氷に引火し魔法で作られたそれは融けていく。


 しかし狡猾である魔物、ましてやその中でも上位に位置する暗黒狼ダースウルフェンがその隙を放っておく訳はない、氷が解け斬る前にメノウに近寄ると顎を開きメノウの小さな顔を噛み砕かんと襲い掛かる、メノウは咄嗟に短刀を持っていない方の腕を前に出した、魔法道具である指輪が作動し僅かに光る透明な盾が展開された、一日に三回しか使えないとっておき(奥の手)だ。


 流石の暗黒狼もこの盾を破戒することはできなかったようだ、初めてその醜悪な面構えをメノウの前に晒した、狼というよりは蝙蝠に似ているかもしれない、耳元まで裂けた口には鮫のようにズラリと刺々しい牙が並び、潰れた鼻は豚を思わせる、なまじ顔がスマートな分にその醜さが溢れ出てしまっている。


 「(これは奥の手だったけど…仕方がない‥)」

 

 指輪を使ってしまったことに焦りが募る、やはり上位の魔物は強い、自分一人では勝つことすら難しい、もう一つの奥の手を使うべきかと思案したが、命には代えられないとメノウは腰につけた無数のポーチの内の一つに手を入れて抜く手も見せずに上に放り投げた、閃光結晶と呼ばれる、先程使った炎熱結晶と同種の魔石であった。


 辺り一面がほんの数秒であったが強い光に包まれた、それは両者の位置を正確に表す。


 光に気を取られた暗黒狼に向かってメノウは()()結晶でできた投げナイフを投擲した、綺麗に真っ直ぐと飛ぶナイフが突き刺さる、暗黒狼は怒り、メノウの足を凍らせるとメノウに向かって再度駆けだした。


 「王手チェックメイト


 唇が形を作り、声を出すことなくその言葉が紡がれた。

 それと同時にメノウは指を鳴らす、暗黒狼の使用した魔力の振動に反応した爆裂結晶が爆音を轟かせる、爆裂結晶の破片でできた投げナイフは魔法を使う上位魔獣対策として売られている物で、魔力に反応して爆発する魔石の性質を利用したものであった。


 暗黒狼は刺さった部位の大半が消し飛んだ状態であったが、メノウはこの死体をどうすることもできない、売り物にするにはほとんどが傷だらけであったからだ、仕方がなく暗黒狼の牙をいくらか剥ぎ取るとその場を立ち去る。


 また歩みを進めるメノウ、彼がこの迷宮を脱出することができたのはここから二日後の事であった。


 ああ、そうだ、もう一言、言っておこう。

 いままで私は彼の事を少年と称していたが。

 彼は前世が男であって、今世は少女である。

こっちの更新は未定です

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