独白、或いは返答の話
とある街、とある墓場に、茶髪の青年が訪れていた。二つの墓に何か話しかける青年は、どこか寂しそうな笑顔を浮かべている。
そこに、ふらり、とどこからか一人の少年が現れた。少年は青年の後ろ姿をじっと見つめていたが、青年はすぐに気配に気づき、後ろを振り返る。
「……なんだよ、お前、どっから来たんだ?」
青年は優しく微笑んで問いかける。けれど少年は黙って青年を見つめていた。
「墓場で黙り込むのやめてくれよ、ちょっと洒落にならねえぜ?」
冗談めかして笑いながら、青年は少年の頭をわしゃわしゃと撫で回す。しゃがみ込んで視線を合わせ、じっと少年の顔を見つめた。
「この辺じゃ見ねえ顔だな。親は?」
再び問いかけるが少年はまたしても答えず、その代わり何か訴えかけるように青年を見つめ返した。
青年はきょとんとした表情を浮かべるが、やがて何かを察したように、力無い笑みを浮かべた。
「そっか、お前……会えたんだな。わざわざ俺を探しに来てくれたのか?」
第三者が聞けば訳の解らない会話。けれど少年はこくりと頷く。
誰かの気持ちを、誰かに届けようと。
澄んだ瞳を向ける少年に、青年は寂しそうに、苦しそうに、辛そうに。微笑む。
「お前はもう会ったから知ってるかもしれねえけど……俺さ、あの人のこと好きだったんだ。愛してた。今も愛してる。……あの人もきっと」
ぐ、と青年が自らの手を握り締める。手のひらに爪が食い込む程強く、強く、まるで痛みと傷を残すように。
自らの無力を憎み、苛み、怒るように。
「でも俺は……もうあの人には会えない。会う資格も、会える可能性も……俺は持ってねえんだ」
お前は幸運だぜ、と、青年は辛そうにしたまま少年の頭をまた撫でる。少年は先程から持っていた違和感を、なんとなく確信した。
──この青年はずっと、泣きそうな表情をしているくせに、涙の一滴すら零さない。まるで泣くことを忘れた、壊れた機械みたいだ。
そんな少年の考えに気づいたのか、青年は自嘲気味に呟く。
「気づいたか?そう、俺は、泣かないんだ。泣けないって言ったほうが正しいかもな。俺はさ、こいつらと、こいつらを大切に思う奴らのために──」
二つの墓を示しながら青年は言葉を続ける。ふ、と、青年の明るい茶色の瞳に、仄暗い色が宿った。
「──感情を棄てたんだ」
にこり、青年が嗤った。先程までと同じ笑みの筈なのに、背筋にぞくりと悪寒が走る。怖い。率直にそう感じた。これ以上この笑みを見ていると、このまま闇に呑まれてしまいそうな。
思わず一歩後退ると、青年ははっとして謝る。
「ごめんな」
雰囲気が戻った青年に、少年は内心ほっと息をつく。青年もそれは察しているのか、「でも、」と言葉を続けた。
「ずっと泣けなかったけど……俺、やっと泣ける場所を見つけたんだ。……あの人なら、あの人の傍なら、俺は泣けるんだ。感情を見つけられたんだ。それはすごく嬉しくて幸せで、ずっと傍にいたくなって。……傍にいられると思ってて」
そこで一度青年は言葉を止める。一瞬、ほんの一瞬だけ、泣きそうに顔をくしゃりと歪めた。けれどやはり涙は、溢れない。
「お前、もし大切な人がいるなら、絶対に守れよ。愛情は会えるうちに伝えろ。……こうなってからじゃ、遅いぜ」
少年には、何故青年が『会えない』のかは解らず、青年にも話す気は無い。
だが余計な詮索は要らなかった。言葉の真摯さと重さは総てを語ってくれた。
だから少年は、何も言わずにただ頷く。青年はまた少年の頭を撫でた。
「……ごめんな」
誰に宛てた謝罪かなど、すぐ解る。
「許さなくていいから、もう……俺のことなんて待つなよ。忘れればいいんだ。俺のことなんて全部忘れて、それで……もっと、もっと幸せになってくれ。俺じゃもう幸せに出来ないんだ。だから、だから俺を忘れて、もっと幸せになってくれたら俺は」
それで満足なんだ。
青年は、泣きそうな声で幸せそうに笑った。