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第零話 入学式の日、俺は奴と出会った

 そもそも、俺が、篠崎 拓馬がラブリーエメラルド何てものになってしまったのは、三か月前。

 娘の中学校入学の日に遡る。

 

 その日、俺は会社から有休を取り、娘の制服姿を一眼レフのカメラと心のアルバムに大量保存していた。

 愛する妻は、そんな俺の姿に少し呆れていたが、何だかんだ言っても結局は一緒に写真を撮っていた。


「もう、パパってば写真撮り過ぎ!」


 入学式の終わりには、ついに娘を怒らせてしまった。


「ごめんごめん、みどりの成長が嬉しくて、つい撮り過ぎちゃった」

「一体、何枚撮ったのよ?」

「えっと、およそ千枚だね」


 そうはいっても、毎回連射してるから、違う写真は百枚くらいだ。

 家に帰れば楽しい選別作業が待っている。

 俺の楽しそうな様子に、みどりは諦めたのか、肩をがっくりと落とした。


「ねえ、ママもパパになんか言ってよ」

「・・・・三百枚くらいはママが撮ったから何も言えないわ」

「この、似た者夫婦め!」

「「いやー、照れるなぁ」」

「褒めてない!!」


 まあ、そんな風に夫婦で娘の成長を喜び、幸せを感じていた。

 その夜のこと。

 夕飯もお風呂も終わり、寝るだけになったみどりがパジャマ姿でリビングに現れた。


「ねえ、あたしの部屋に新しいぬいぐるみ置いたのパパ?」


 そういって俺に差し出したのは、クマを二頭身にデフォルメしたようなぬいぐるみだった。

 体は緑色で瞳は赤い。


「いや、ママじゃないか?」

「ママも違うって」


 わが家は俺と妻と娘の三人暮らし。

 俺のでも妻のでも娘のでも無い物があるなどおかしな話だ。


「それ、何時からあった?」

「朝は無かったよ」


 ということは、入学式で留守の間に置かれた?

 泥棒か?

 いや、泥棒ならぬいぐるみを置いていくことなんてしない。

 まさか・・・・


「・・・・パパが預かってもいいかい?」

「うん、いいよ」


 みどりから受け取ったぬいぐるみは、まるで生きているかのように暖かかった。


「それじゃ、お休みなさい、パパ」

「ああ、お休み」


 ぬいぐるみを渡したみどりは、二階の自室へ戻っていった。


「さて・・・」


 ぬいぐるみをテーブルに置いた俺は、裁縫セットを用意した。

 この謎のぬいぐるみ。

 俺は中に盗撮用のカメラが入っているのではないかと思っている。

 だってそうだろ?

 家に侵入して物を盗るわけでもなしに、わざわざ娘の部屋に置いてあるんだ。

 これでみどりの着替えを撮ろうという魂胆だろう。

 ・・・・・許せん!!


 俺は裁縫セットから取り出した糸切りバサミを、怒りに任せてドンッとテーブルに突き立てた。

 そのときぬいぐるみがビクンッと震えたような気がしたが、きっとテーブルが揺れたせいだろう。


「縫い目はどこかな?」


 俺はぬいぐるみをひっくり返すようにして縫い目を探す。

 ところがこのぬいぐるみ、良いものなのかそれとも上手く隠しているのか、縫い目が全く見当たらない。

 俺は全身をくまなく手で触り探してみるが、それでも見つからない。

 時折ぬいぐるみが、まるでくすぐったそうに震えた気がしたが、きっと俺の手が怒りに震えていたのだろう。


「無いな・・・」


 尚もぬいぐるみの調査を続ける。

 重さから考えて、中身は綿じゃない。

 何か機械が入っているから、身が詰まったように重いのだろう。

 型崩れ防止のためなのか、頭や胴体には骨のようなものが入っている。

 試しに、頭を思いっきり握ってみるが潰れそうにない。

 結構頑丈だ。

 その際にぬいぐるみの表情が痛がっているように見えたが、きっと俺が強く握ったせいで顔がゆがんだのだろう。


「やはり、腹を裂くしかないか」


 本当は中身をきれいに取り出したかったが、仕方がない。

 裁縫セットから裁ちバサミを取り出すと、ぬいぐるみのお腹にそれをあてがった。


「大丈夫、痛みは一瞬さ」


 つい口から出た言葉は、まるで悪者のセリフのようで、それに気づいて苦笑してしまった。

 ともかく、ここまで来たら後はハサミを握るだけだ。

 手入れのしてある裁ちバサミは、音もなくゆっくりとその口を閉じていく。

 そして、ついにその刃がぬいぐるみの肌を捉えたとき、


「もう無理ペロ! 勘弁してほしいペロ!!」


 ぬいぐるみが悲鳴を上げた。



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