第一話 その男、ラブリーエメラルド
それは何の前触れもなく、突然に起きた。
一瞬にして周囲の色が反転し、まるで写真のネガのようになる。
それだけではない。
所々には空間が裂けたとしか言いようのない亀裂が生じ、そこからは不気味な黒い靄が立ち上っている。
そして何よりも、一番驚くべきことは、
「コワスンジャー!!」
まるで、おもちゃの怪獣をそのまま大きくしたようなものが、何やら雄叫びを上げながら街を破壊していた。
いや、あれは本当にそのまま大きくしただけだろう。
だって、怪獣の足の裏に「たかし」って書いてあるし・・・・。
ともかく、四階建ての建物と同じくらいの大きさがある怪獣が暴れれば、当然ながら木は倒れ、家は潰れ、ビルは削られる。
しかし、そんな状況にも関わらず、人々は逃げ惑うこともせずに、ただじっとしている。
瞬きすらしない。
それは、時が止まっている証拠。
現にそこで飛んでいた鳥は、羽ばたきが止まっているのに、重力に引かれてはいない。
え、どうして俺は動けるのかって?
それは、まあ、不本意ながら理由があるわけで。
それよりも、ほら、来たぞ。
闇の勢力から街を、いや、世界を守る可愛い正義の味方達が。
「「「そこまでよ!!!」」」
声高らかに登場したのは、三人の少女たち。
それぞれ赤色、青色、黄色を基調にした衣装に身を包み、怪獣の前に立ちふさがった。
「みんなの大切な街を壊すなんて許せない!」
赤色の子は、ポニーテールを怒りで震わせながら
「これ以上、負のエナジーを貯めさせないわ!」
青色の子は、腰まで伸びたストレートの髪をはためかせながら
「アタシ達があなたの心の闇を払って上げる!」
黄色の子は、ツインテールをなびかせながら
「「「ラブリージュエル、参上!!!」」」
彼女達こそ、精霊から光の力を授かった正義の味方。
闇の魔王から、この世界を守る戦士達。
・・・・まだ中学生なのに、世界の命運を背負う子達。
「行くわよ!」
赤色の子の掛け声で、三人が怪獣との戦闘に入った。
彼女達は、オリンピック選手を超える速度で走り、ジャンプで怪獣の顔まで飛び上がる。
繰り出したパンチやキックは、その細い身体とは裏腹にアスファルトを砕き、地面にクレーターを作る。
怪獣もただその攻撃を受けているわけではない。
腕や尻尾を駆使して反撃する。
「きゃあ!!」
その一撃を食らった黄色の子が大きく吹き飛び、ビルに衝突する。
コンクリートが大きく凹み、クモの巣状の亀裂が走った。
「ま、まだまだ!!」
普通なら間違いなく死んでいる一撃だが、彼女達の纏うバトルドレスが身体能力を強化し、ダメージを軽減する。
彼女はすぐに戦線に復帰し、戦闘が続く。
お互いに決定打を欠いた戦いは、次第に硬直状態になる。
いや、怪獣には疲労の概念が無い分、彼女達の方がジリ貧になるだろう。
「ルビー、シトリン、一気に決めましょう!」
青色の子、サファイアの提案に、二人は頷いた。
三人の手に光が集まり、形を成す。
現れたのは、片腕の長さほどの杖、ラブリーロッド。
三人はそれに、自身が宿す光の力を溜め込んでいく。
って、ここで必殺技かよ!?
いやいや、怪獣まだ元気だし、耐えられちゃうんじゃない?
その技、消耗激しいんだから、もし耐えられちゃったら一気に不利になる・・・・。
・・・・・。
はあ、しょーがない。
「ドロップ、変身するぞ」
「わかったペロ!」
俺の隣にいた、クマのぬいぐるみのような精霊がその姿をラブリージュエルへ変身するための手鏡へと変わる。
それを手に取り、変身のために鏡を覗く。
そこに映っているのは、四十歳の冴えないおっさん。
中年腹と内臓脂肪が気になるお年頃。
そんな俺が、眩い光に包まれる。
その光が晴れたとき、俺のビジネススーツはラブリージュエルのバトルドレスに変わっていた。
基調は緑、さしずめラブリーエメラルドといったところか。
「ホント、この衣装何とかならんのか?」
「無理ペロ」
絶対他人には見せられない。
だって、想像してみろよ。
中年のおっさんが、フリフリの可愛いドレス着てんだぞ?
しかもスカート丈は短いし、生足はすね毛生えてるし。
逮捕されるレベルの変態だよ。
・・・・ともかく、こんな姿はさっさと終わらせなくては。
「武器生成、モード『ライフル』」
先程の彼女達と同じように、俺の手元にも光が集まる。
しかし、彼女達と違い、現れたのは無骨な大型ライフル。
およそ光の戦士に似つかわしくないそれを握ると、怪獣に向けてスコープを覗いた。
ここは、彼女達から二キロ離れたビルの屋上。
怪獣も彼女達も、こちらに気づいてはいない。
っと、どうやら溜め終わったみたいだな。
「私たちの!」
「光の力!」
「食らいなさい!」
「「「ジュエリーレイ!!!」」」
彼女達のロッドから眩い光の光線が迸る。
赤、青、黄色のそれはお互いが絡まりあい、一本の光となり怪獣へ向かう。
怪獣もただ見ているだけではない。
こちらは口から炎を吹き、彼女達へと迫る。
その二つのエネルギーはちょうど怪獣と彼女達の中間で衝突した。
激しい爆発が起こり、巻き上がった粉塵が彼らの視界を奪う。
しかし、流石に二キロ離れたここまでは粉塵はやってこない。
お陰で状況がはっきりと分かる。
「やっぱり、倒せてないじゃん」
スコープ越しに、粉塵の中で動く怪獣の影を捉える。
やはり、子供は詰めが甘い。
怪獣の頭部に照準を合わせ、引き金を引いた。
銃身より飛んだのは、緑の光。
威力を増すために絞った光は細く、一本の糸のよう。
だがそれは粉塵を切り裂き、怪獣の頭部を貫いた。
「ゴオオオオオオ!!」
怪獣が悲鳴を上げ、その体が光に変わっていく。
それを最後まで見届けることなく、俺は変身を解いた。
あんな格好は一秒でも短いに限る。
改めて彼女、ラブリージュエル達を見ればハイタッチを交わしているのが見えた。
その姿に、子供に戦わせる、大人としての罪悪感が浮かんだ。
せめて、格好がマシならば俺が前線に出るのに。
ともかく、今回の闇の手下は倒した。
この時間停止もすぐに解けるだろう。
俺は仕事に戻るべく、屋上を後にした。
この時、もう少し彼女達を眺めていれば、ルビーの表情に気づけただろう。
粉塵の隙間から緑の光線を見た、ルビーの驚いた顔に。
彼女達に、他のラブリージュエルが居ることを気づかれてしまったことから、物語は始まる。