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3 フーダ明け

 初めて部屋から出た。

  部屋を出るとL字型の廊下で、床は全て板張りだった。天井は高く、壁は土壁で、所々煉瓦やタイルで装飾されている。ここでは土足で家の中を出入りせず、帆布のような丈夫な生地で作られた靴下型スリッパを履いて移動する。


  廊下はさほど長さはなく、階段まですぐに着いた。階段は三人が優に通れるくらいの幅があり、磨きあげられた木製の手すりを支えに、母さんはゆっくりと降りていく。母さんが万が一足を滑らした時に備え、チュークさんとドルゴニュッシシュさんが両脇に並ぶ。父さんは落ちた際の支えとして、母さんの前を歩く。階段くらいで大袈裟な、とも思わなくはないが、育児をしたこともなければ間近で見たこともないので、これが案外妥当な扱いなのかもしれない。そんなことを思っているうちに階段を降り終えた。一階からは楽しげな声が賑々しく聞こえる。ちびっ子達は声のする方へと俺達を誘導していく。どうやらそこが目的地らしい。


「母様! 呼んできたわ」


  そう言って、ちびっ子達は階段の近くにある部屋に駆け込む。扉は取り払われており、代わりに厚手の暖簾がかけてあった。暖簾を潜れば、そこはいつも母さんといる部屋よりもずっと大きくて広い部屋だった。学校の教室より広いかもしれない。壁は壁布ではなく絨毯で覆われており、日本育ちの俺には異国情緒溢れた趣となっている。まぁ、それは今まで過ごした部屋もそうなのだが。


「ありがとう、ホウリィ。それにアイリ、テイリ、コルシュカも」


  そう言って品良く着飾った妙齢の女性(恐らくと言うか確実にちびっ子達の母親なのだろう)が四人を褒める。ちびっ子達の一番の年長が少女のホウリィ、次に同じ年くらいのアイリとテイリに、一番幼いコルシュカ。このちびっ子達は部屋にいる者達の中で、俺を除いて一番幼い。


「ファティーマさん、とっても綺麗よ。とてもフーガを過ごした様には見えないわ。それにアージ坊やもとても立派ね」


「ありがとうございます、サーシャ姉様」


  ちびっ子達の母親はサーシャと言う名らしい。色白で、茶色のたれ目の温和な雰囲気の女性だ。髪は白い布をすっぽり被っているので分からないが、ちびっ子達の髪はみな大なり小なり癖っ毛の茶髪なので、サーシャさんもそうなのだろう。


「本当ですね。初めての子供だったけど、こんな立派な子が生まれて本当に良かったです」


  そう言ったのは今日初めて見る女性だ。まぁ、きっと父さんの奥さんの一人なのだろうけど。

  父さんに並ぶくらいの長身で、こちらも白い布をすっぽりと被っているため、髪の色は分からない。周囲に子供らしき者もいない。色が白く、目鼻立ちがすっきりとした美人だ。切れ長の目は黒く、怜悧な雰囲気を一層引き立てる。


「シャール姉様が色々と気にかけてくれたおかげですわ」


  長身の美人はシャールと言うらしい。にしても、俺、家族の名前全員覚えられるかな? 少し不安になってきた。


「そうですよぉ〜。シャール姉様がいてくれたおかげで、私の時も安心して子供を産めましたもの〜」


  母さんの言葉に、小麦色の肌をした女性が同意する。トルコ石のような明るい水色の瞳をしており、どこか間延びした口調と合わさって、どこか不思議な雰囲気の女性だ。こちらも例に漏れず、頭に白い布をすっぽり被っている。周囲には彼女の子供と思われる、ホウリィより年上と思われる年の近い娘が二人、興味深そうにこちらをじっと見ている。


「タニヤ姉様だって色々と気遣ってくださったじゃありませんか。それに、この子のおくるみに素敵な刺繍を入れて頂きましたわ」


「それくらい良いですよ〜。刺繍は好きですし〜。今度時間があれば、またみんなで刺繍しましょう〜?」


  なんと。俺のおくるみはこの人が作ってくれたのか。とても肌触りが良くて重宝しています。ありがとう、タニヤお母様。

  そんなこんなでお母様や娘&ちびっ子達は会話に花を咲かせている。これは当分終わらないんじゃないかって勢いで。

  好奇の視線を受けつつも部屋を見渡せば、床にも立派な絨毯が敷き詰められてあり、中央は細長いテーブルでも入りそうなスペースが開けられており、そこを囲んで皆自由に座っている。椅子や座布団はなく、絨毯の上に直接胡座をかいて座って(ただし女性陣はもう少し上品な感じで崩して座っている)おり、用意された飲み物を手に寛いでいる。まぁ、話ぶりから身内しかいないようだしそうなるわな。


  父さんの言っていた通り、主役は俺と母さんであることを改めて実感した。みんなこっちに来てはお祝いの言葉を述べていく。その間父さんはほっぽり出されている。どんまい、父さん。しかし、手持ち無沙汰という訳ではないらしく、お坊様と思われる身なりの整った、立派な顎髭を生やしたご老人に何やら色々渡したりしている。他にもこちらに来ない男性陣(少年や青年くらい。しかし、父さんと言うハイパー童顔の実例がいるため、見た目通りの年齢かは不明)や老夫妻に何か包みを渡したり、世間話のようなものをしている様だ。使用人にも何か色々と指示を出したりと、忙しそうである。

  父さんが何を話しているのか気になる所だが、こっちは大量のちびっ子とその姉妹、そして母親からなる赤子包囲網を形成されたため、何一つわからなかった。


「さぁ、それでは皆々様」


  お坊様の声で皆、居住まいを正す。俺と母さん、それに父さんは空けてあった上座の近い所へ腰を落ち着ける。俺は揺籠に入れられ、父さんと母さんの間に置かれる。少し高い位置に置かれたので、周囲の様子が揺籠越しでもよく見える。


「さて、御一同におかれまして、この佳き日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます」


  その言葉にその場にいた一同が頭を下げる。


  そこからお坊様はつらつらと祝詞らしき言葉を紡ぎ、傍らに置いてあった小箱から花弁の入った小鉢を取り出し、俺の頭上にかけた。それから、母さん、父さんの順で花弁を頭上にかけてゆく。それからお坊様から小鉢を手渡され、母さんと父さんが互いに掛け合い、最後に俺に両方からかけられる。それが終われば、こちらを見ていた身内に、使用人が用意した大きな陶器製の容れ物を渡した。その中にも花弁が入っており、皆お互いに掛け合って、一巡すると使用人が容器を持ってその場を後にした。


  洗礼か何かかな?


「これにてフーダを開ける。神のご加護を」


  早っ! でも、嬉しい誤算だ。短い方が助かる。


「蜂の者を」


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