5 選択と決定
「肉体の最適化ですか?」
ここにきて、候補の一つが上がって嬉しく思う反面、不安もある。遺伝子様の神秘が怖いんだよなぁ。
「あぁ。まぁ、どちらも君にとっては悪くないものだと思うがな。
実際、肉体操作だって重宝するだろう。武芸だけでなく、技術力として効果を発揮するからな。仮に虚弱に生まれたとしても、豪華な暮らしを望まなければ、生活出来るだけの基盤を築くことは難しくはないだろう。頑健に生まれても、予期せぬ事故で体の一部を失ったら、それまで通りの生活なんて到底送れない。向こうでは地球以上にそう言う目に遭いやすいからな。肉体操作があってもそれは変わらないことだが、そう言った不具合に対しても効果を発揮するから、まだマシにはなるだろう。
無論、君が望む自衛程度の技量、すぐに身につくだろう」
肉体操作、確かに悪くない。むしろ、心が今の説明で傾きかけている。確かに、丈夫に生まれても、事故や災害で体を壊したり失ったりすることもあるだろう。全然思いもしなかった。そんな時、生活の糧になるような技術や、体をカバーできるのはありがたい。
「そして肉体の最適化。
やはり健康は何にも勝る財産とも言うだけのことはある。治療魔法や薬ではどうにもならんことも多々あるからな。それに、最適化は鍛えれば鍛えた分だけ身体能力をその時の極限まで引き出せる。例え武道が使い物にならない腕前だったとしても、最悪走って逃げればなんとかなるだろう。逃走も自衛の需要な要項だ。
また、異性に関しても頑健である方が好かれるし、同性からの信頼も集まりやすい。魔法はあるが、それでも基礎体力がものを言う。特に何か問題が起こった時はそうだ。体力があれば、解決出来る問題が向こうには多い。体力がないために悲惨な目に遭う事案は決して少なくはないのだ」
どうする? と言わんばかりに俺を見る三ツ石さん。
もう俺の心はブレブレです。両方共本当に悪くない。むしろ良い。人間として生きるには十分過ぎるくらい高性能だから迷う。
「もし肉体操作を選べば、虚弱に生まれる可能性があるんですよね?」
「あぁ。下手したら死産や流産、堕胎の可能性もな。まぁ、死産等に関しては肉体の最適化を選んでも変わらんが」
まさかの生まれることすら叶わないフラグが。くそ、転生を甘く見ていた。
「肉体の最適化を選んで生まれた際、生みの親と見た目がかけ離れるようなことってありますか?」
「見た目か? すまない、私から見れば人間の見目の差異はあまりつかないから何とも言えない」
遺伝子様の神秘について聞きたかったが、まさかの判別不能ときた。まぁ、確かに人間ではないもんな。俺だって雀の親子の違いが分かるか、と聞かれても分からないとしか答えようがないし。鷹である三鷹さんも答えは期待出来そうにないな。
とりあえず、懸念を少しでも減らすため質問を投げかけていく。些細なものも多かったが、嫌な顔一つせず三ツ石さんは全て答えてくれた。
「決めました」
迷いが吹っ切れたわけではないが、決めた。
「言語理解と肉体の最適化にします」
結局、三ツ石さんのオススメにすることにした。これ以上迷っても、どれが最善なのか分からないし。何かあったとしても、向こうで頑張って解決しよう。それにまだ決めてないものもあるし。
「そうか。行き先はどうする?」
そう。生まれ落ちる土地。これも重要なのだが、土地や情勢について質問出来ないのが辛い。部下の仕事に関わっているみたいだから、オススメも聞けそうにない。
「迷ってます」
正直に答える。まず、どこまで質問出来るのかが分からない。
「寒い所ですか?」
「気温か…。まぁ、その程度なら答えても差し支えないか」
良かった。これはセーフ。
「南部も北部も冬は寒いが、それ以外は温暖だ。むしろ、暑いくらいだろう。天候は聞いてくれるなよ。あと、土地の良し悪しや人口も」
先に釘を刺された。どうやら、そこら辺が部下の仕事の領分らしい。そうしたら、それ以外のことで何か聞けることは…。情勢は駄目って言われてるし…。
「南部と北部では住人の気質って違いますか?」
これはいけるか?
「違うとしか答えられん」
ダメか。そしたら、もう運だな。
「それじゃあ、南部にします」
俺の故郷は雪国だったから、暖かい所に行きたい。雪は本当に大変なのだ。運転もそうだが、洗濯物は干せないし、寒いしで散々だ。気温はどちらも暖かいと言っていたが、南とついた方が暖かそうな気がするからそちらにした。
「わかった。今から送ろう。短い間だったが、面白かったぞ」
「達者で暮らすんですよ」
二人から暖かい餞けの言葉をかけられる。
「はい。こちらこそ短い間でしたが、お世話になりました。本当にありがとうございます」
出来るだけの誠意を込めて、お礼を言う。
「それでは、私はこれ以上この場に留まることは出来ないので失礼致しますよ」
そう言って三鷹の輪郭がぼやけたかと思うと、一羽の見事な鷹となって、俺の頭上をクルリと回って光となって消えた。
「では、私も君を送り出そうか」
そう言って無数の腕を俺の額に寄せる。はっきり言って怖いが、我慢する。
「いってらっしゃい」
その言葉と同時に、今まで景色を映していた足元が一層強く輝き、足元が消えた。
いきなり足場が消え、ジェットコースターなんかとは比べものにならない勢いで落下していく。そんな俺を悪戯が成功した子供のような笑顔で見届ける三ツ石さん。その姿はすぐに遠くなって見えなくなった。
声にならない悲鳴をあげながら、俺の意識は途切れた。