2 死因とキリ番
「落ち着いたかね?」
「えぇ、多分」
自信のない返答だが、素直な気持ちだ。いや、だって、いきなり「貴方は既に死んでます」って言われたかと思えば「キリ番なんで異世界に転生出来ます」と言われたのだ。混乱しか出来ない。
マジマジと爺さんの顔を見るが、その表情からさっきの発言が冗談の類いではないことが窺える。
「俺が既に死んでいるってどういうことですか?」
とりあえず、一番気になっていることを尋ねる。記憶を辿って確かめようとするが、妙に霧がかっており、ここに来る直前の記憶がない。その他のことは普通に思い出せるのだが。
「そのままの意味じゃよ。君は寝不足で階段から足を踏み外し、そのまま転落。敢え無く死亡した。若いのに残念じゃのう。ほれ、これがその時の記録じゃ」
そう言って懐から真っ白な懐紙を取り出し、ちゃぶ台の上にふわりと広げた。最初はただ白いだけだった紙面が徐々に色づきながら絵柄を構成してゆく。それに伴い、霧がかっていた記憶が徐々に鮮明になってくる。紙面に絵が完成する頃になると、俺は完全に記憶を思い出せた。
絵は俺が立体歩道橋から転落し、絶命した瞬間を描いたものだった。
そうだ。俺は死んだ。思い出した。三徹で必修科目の課題を仕上げ、提出した帰路で。
「なんてこった」
蚊のなくような弱々しい声で呟く。己の微妙過ぎる死因に色々と言いたいことはあったが、この言葉しか出なかった。
「まぁ、人なんてあっさり死ぬものじゃ。そう気落ちするでない」
「そうでしょか?」
「そういうものじゃよ。世の中には更に微妙な死因で死ぬ者が大勢おるからの。
それに、君に限って言えば、不幸中の幸いにキリ番を踏んでおるから、異世界へだって転生出来る」
しょぼくれる俺を慰めるよう、爺さんは明るく告げる。
「そう言えばさっきもキリ番がって言ってましたけど、キリ番ってなんのことです? それに、異世界転生って言うのも」
「うむ。ちゃんと説明しよう。
まず、遅くなったが儂はあの世の管理をしている神の一人じゃ。そうじゃの、儂らのような者に名前なんてものは特にないが、それだとちと不便じゃの。そうじゃな、とりあえず三鷹とでも呼んでくれ」
待ってましたとばかりに語りだす爺さん、もとい三鷹さんに少し驚きながらも、話の続きを待つ。
「儂らの主な仕事は魂の選別じゃ。魂を持つ者なら人も獣も問わずに選別し、相応しいところへ送っておる。本来なら流れ作業でしかなく、三嶋君のようにわざわざこちらへ招くことも、語らう様なこともしない部署なんじゃよ」
「はぁ…」
「しかし、あの世を統べるお方からの意向で、魂が一定の数と条件を満たした場合、その流れ作業を一旦区切り、新たな選別規定に作り直すのじゃ。数と条件は上で決められておるから儂らにも分からぬ。
新たに規定された規格で一番最初に測る魂。それがキリ番じゃ。キリ番の魂は扱いがちと特殊での。そのまま規定の通り、その魂を選別も出来るが、異世界へ転生させることも可能なのじゃ。
ここまではいいかの?」
「えーと、何とか。ちなみに、魂の選別って具体的には何をするんですか? あと、異世界へ転生するって言うこともよくわからないのですが?」
「そうじゃの、もう少し詳しく答えていこう。
まず選別と言うのは魂の規定にかけられ、今までの一切の記憶を持たず、新たな生命となる、とでも言えばよいかの? 無機物や元素になる可能性もあるし、何にもならん可能性もある。全ては選別の規定次第、というところじゃ。まぁ、どうなろうとも君の三嶋綱紀として生きてきた記憶は選別にかけられた時点で消滅する」
説明をしながら、さり気なく溢してしまったお茶のお代わりを淹れてくれる三鷹さん。神様なのに、とても人当たりが良い。お礼を言いつつ、説明の続きを聞く。
「次に異世界と転生じゃが、異世界とは言葉通り、地球とは異なる世界のことじゃ。この世界におる限り知る得ることのない場所にある。その中で人間である三嶋君でも生存可能な世界が選ばれる。
更に転生は選別と違い、転生する種がその魂の生前の種に固定されており、記憶も継続する。三嶋君の場合、記憶を全て残した状態で赤子から生まれ変わることとなる」
「なるほど。異世界へ転生するに当たって、何か特典があったりするんですか?」
三鷹さんの説明を聞いて、俺は異世界への転生を九割がた決めた。だって、やっぱりまだ死にたくない。いや、もう死んでいるんだけどさ。でも、せっかくもう一度人生を始められる可能性があるのだ。簡単には諦めたくない。
「特典はない」
少しは期待していたが、バッサリと切られた。
「しかし、オプション、とでも言うのかの? 生前の行いに対して、幾つか能力が選べる仕様にはなっておるぞ」
「本当ですか!? 鑑定とか、魔法とか、身体強化とか手に入りますか!?」
「う、うむ。よく分からんが、無茶なものでない限りはあるんじゃないかな?」
身を乗り出して食いついてきた俺に三鷹さんは引き気味だが、そんなこと気にしていられない。やっぱり異世界転生ときたら転生オプション。あるのだったら欲しい。とても欲しい。生前の行いに対してってところが心配でもあるが。
「どうやら三嶋君は転生したい様じゃの。転生先の世界は選べんし、生まれ落ちる家や場所も殆ど選べんが良いのか?」
苦笑気味に三鷹さんに尋ねられ、俺は決意を込めて小さく頷いた。