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「なあ、話があるんだがいいか?」
唐突に話を切り出す千鶴のいつもと違う様子に、冬樹は不思議に思い首を傾げる。
「うん、なんだい」
やけに緊張した、強張った声音の千鶴は今までに感じたことがないほど、他人行儀に思えた。
決意したように息を深く吸うと、意識したようにゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「俺は、オッサンになるまで結婚する気はない!」
「うん?」
いきなり独身宣言をされて再び首を傾げる冬樹。
今さらだが、ここは教室のど真ん中。
日頃から人の目を集める2人ではあったが、今日に限っては教師までもが様子を固唾を飲んで見守っていた。
「いや、違う。いやあってるんだけど、俺の言いたいことはこれじゃなくて...」
「...まあ落ち着け」
先程の決意が嘘のように動揺しておろおろしだす様子に、思わず手をさしのべる冬樹。
慰めるようにポンポンと肩を叩くと、千鶴は面白いほど真っ赤になった。
「今日の千鶴は、行動が女の子のようだな」
真っ赤になった千鶴に無意識に追い討ちをかける冬樹。
すっかり二人の世界に入っている彼らを見守る周囲からは、同情するようなため息と視線を集めていた。
「ち、がう。いやもうそれでもいい。それでもいいから、聞いてくれ冬樹」
「ああ、どうした千鶴」
踏ん切りがついたというより、もはややけっぱちな気分の千鶴は今度こそ決意を固めたように、話す。
「俺は、冬樹のことが好きだ。だから、俺がオッサンになるまで冬樹は結婚しないでくれ...!」
「予約か...」
そこか、そこなのか?
見守っていた一同は驚愕した。
二人ともずれている。二人ともずれている筈なのに何故か会話が成立している。
もはや、どこから突っ込めばいいのか、むしろ突っ込んではいけないのか、混乱するものが続出。
普通、好きだ、俺はお前のそばで年を取りたい結婚してくれ。とかそれくらい言うんじゃないだろうか?
いくら冬樹がオッサン好きとはいえ、オッサンになるまで結婚するなは告白としては間違った部類だろう、確実に。
しかもそんな千鶴に突っ込むどころか驚くことすらしない冬樹の回答もまたずれている。
予約って、人を物みたいに...っていうか自分のことだろ!?
冬樹は冬樹で妙に納得したように神妙な顔をして、それもありか、などと買い物を検討するかのような表情を浮かべている。
未来への投資...などと呟いている冬樹を見つめる千鶴は、売り込みに必死なセールスマンにすら見えてくる。お前らそれでいいのか、若い男女がそれでいいのか...
たった数分の間に周囲は僧侶のように悟った者がいたとか。
「ひとつ聞くが、千鶴がオッサンになる頃には私はオバサンだ。千鶴は確か、女子高生好きではなかったか?」
沈黙
物音どころか息づかいすら聞こえないほどの沈黙。
あるものは顔を真っ赤にし、あるものは顔を蒼白にし、またあるものは膝から崩れ落ちた。
教師など、あらぬ方向に目を背けていた。
「俺は、お、俺は」
意識せぬ冬樹の猛攻撃に言葉のでない千鶴。
ただの告白だった筈なのに、どうしてこうなったのか。
その理由は、たったひとつ。
告白する側もされる側も、どうしようもなくずれているせいだ。
「俺は、冬樹が女子高生でもばーさんでも好きだ!冬樹だから好きなんだ...!」
よくい言った!!よく頑張った!!!
回り回っての千鶴のまっすぐな告白。
そうだよ、これだよ。これを求めてたんだよ!
長年の焦れったさと、苦労を目にしていた周囲のクラスメイトは誰もが涙していた。
見守り隊など抱き合って号泣するものや、二人を盗撮するものすら現れていた。即カメラを没収する教師すら苦笑を浮かべていた。
「...そうか。私は千鶴を恋愛の対象として見たことはなかったよ」
.....ん?
思わぬ冬樹の返答に耳を疑う周囲。
聞き間違いでないか確かめるために、ブリキのように視線を二人に向けると、真顔の冬樹と涙目の千鶴が顔をあわせていた。