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1話

それなりに長いのではないでしょうか。

山の国の首都は、レンガに囲まれた中世ヨーロッパのような場所だった。

その中の寂れた路地に入ったゼイは、先ほどの会話を思い出していた。

(政略結婚に、植民地か)

珍しい事ではない。彼がここに来た時に見た、あの美少女が王女のシャルレットならば、それもあるだろう。

だが、植民地というのは意外だった。

(ここの産業はそこまで発展しているようには見えない。山とつく位だから、畑や街も作りにくいだろう)

その場合、ここを取るメリットは何だ?とゼイは路地裏で首を捻る。

その時だった。

後ろから何かが近づいてくる。

振り返った瞬間、ドス、と鋭い何かが腹に刺さった。

「…ぐッ!?」

激痛が脳を襲う。脂汗が顔から吹き出すと共に、ボタボタと血が腹から零れる。

血に紛れ、鈍い輝きが見えた。

ゼイは、無我夢中で突っ込んできた人影を振り払う。

余りの痛みに膝をつくが、それでも後ろに下がり、少しでも距離を取る。人影は、血のついた大振りのナイフを、尚もゼイに向けながら立っている。

小柄な人だった。顔はフードで見えず、マントの下に、ちらと白い服が見える。

「疾風は?」

目の前の人間が、初めて口を開いた。

押し殺したような、小さな声だ。

ゼイは、ニヤリと笑いながら返す。

「…か弱そうな女の子に、乱暴な殺し方は似合わないな」

「…っ、バカにするか!!」

挑発すると、彼女の本性であろう声が飛び出してきた。

力強い、女性にしては低い声だ。

「もう一度聞く…疾風はどこだ!!」

ダッ、と少女が駆けてくる。

「ち、っくしょうが!」

傷口から、左手を離す。手をまっすぐに突き出し、ナイフをそのまま手のひらで受け止めた。

「な…」

そのまま手を捻ると、ぐちゃぐちゃという音と共に手から血が吹き出す。ナイフを掴む。

ぐいっ、と引き寄せると、ゼイは右手を握りしめ、顔にパンチをお見舞いする。

あまりの荒業に目の前の少女も一瞬動きを止めたが、すぐにナイフを仕舞い、体勢を立て直した。

「ちぃ!」

舌打ちを一つ残して、少女が路地裏の角に消える。それを見届けると、ゼイはその場に倒れ伏した。

身体の中に、どくどくと血の流れだけが響いた。



目が覚めると、まず最初に目に着いたのは木の天井だった。

傷口があるだろう所に手をやる。包帯の感触があり、左手にも包帯が巻かれていた。

柔らかいベッドから身を起こす。わずかにきし、きしと音が鳴る。

「お、気付いたか」

声が聞こえる。少年のような、少女のような。性別不詳な声だな、とゼイは思った。

起き上がろうとすると、腹に激痛が走る。刺された時程では無いが汗が噴き出し、力なくベッドに倒れた。

「まだ起き上がらない方がいい。治癒魔法は知らないから、残念ながら民間療法だ。治りが遅いが我慢してくれ」

性別不詳の声の主はケラケラと笑いながら、ベッドの側にあった椅子にストンと腰を下ろす。顔も骨格も中性的で、ますます性別が分からなくなった。

フードを脱いだ彼ないし彼女は、金髪を手櫛で整えながら名乗った。

「私はヒカル。お前は?」

その仕草に、恐らく女性だとあたりを付けたゼイは、取り敢えず名前を名乗る。

「ゼイだ」

「そうか。よろしくな、ゼイ」

すっ、と手を差し伸べてくるヒカル。

ゼイは、その手を握らずに尋ねた。

「俺を刺した奴はどこだ?お前ではなさそうだが」

「…何のことかな」

「とぼけるなよ」

ゼイの視線はヒカルではなく、その向こうのキッチンに注がれていた。

「なんで気づいたのかな?」

ヒカルがゼイに尋ねる。

「感じる。俺を刺した人間の、残滓というか、そのような物が残っている。…俺をどうするつもりだ」

感覚的な話だったが、彼はそれを確信していた。普通なら呆れる…どころか、激怒されてもおかしくない物言いだ。

「ふうん…」

だが、ヒカルは意味あり気な笑みを浮かべ、相槌をうった。

「成る程、成る程ね。流石は蒼の使者だ」

「その蒼の使者ってのは何だ」

ヒカルに詰め寄るゼイ。

「簡単にいうと、世界を救う勇者様」

「ふざけるな」

「ふざけてない。現にお前は『蒼』を使いこなしてる」

「質問に答えろ。蒼の使者とは?なんで俺は城の中に居たんだ?」

「質問が増えてるんだけど?あと、城って何のことだ?」

はあ、とヒカルがため息をつく。

「…まあ、お前の疑問ももっともだし、前者の質問だけ答えてやるか。ついでにこの世界の事も説明してやるよ。どうせ右も左も分からないんだろ?」




「まずは蒼の使者から説明してやる」

向かいに座ったヒカルは、テーブルを挟んで、ゼイにそう切り出した。

「まあ、いわゆる伝説だよ。国が滅びる時、救世主が現れる…ってね。ものすごく簡略化して言うと、そんな様な事だ」

馬鹿らしい、とヒカルは笑う。「お前もそう思うだろ?」と、ヒカルはいたずらっぽい目でゼイの方を見やった。

「お前は…」

ん?とヒカルが声を出す。

「お前は、蒼の使者を信じているのか?」

「信じてない。だけど、この伝説の面白い所はこの先なんだ」

ヒカルが取り出したのは、古ぼけた茶色い本。

開くとそこには、ミミズが走ったような文字が書かれていた。

「国王の住むダイレン城…多分お前が居た城の北に位置する山から出土した文献の一部だ。蒼の使者の事が書いてある」

「信じてないんじゃなかったのか?」

「だけど、お前は現に『蒼の力』を持っている。文献の内容とも一致しているし、お前の存在は認めているよ。目の前に存在するものを信じないなんて、バカか盲目の人間だけだ」

ヒカルは、文献の一部分を指差す。

「山の国の古い文字だ。今生きてる人間は殆どが読めない文字で書かれている」

「どうでもいい。続けてくれ」

「ここには、蒼の使者について、その外見や能力、武器が書かれている。外見は今のお前とほぼ一致する。黒い服に黒い髪だそうだ」

ゼイは自らの服を見下ろした後、髪を弄る。確かに、合ってはいた。

「能力についてだが、これが蒼の使者の最大の特徴と言われているな。蒼の力…と書かれているが、実際には私たち普通の人間が使う翠の魔力とは性質の違う魔力だろう」

待て、とゼイが止める。

「魔力だと?」

「…ああ、そうか。知らないのか」

じれったい、と言わんばかりにヒカルは呟き、右手をグラスを持つように掲げる。

すると、右手に綺麗な緑色の光が生まれた。

「これが魔力だ」

その光景を、ゼイは興味深そうに見つめる。

「触ってみても?」

「ああ、良いぞ」

快諾してくれたので、遠慮なくその輝きに触れる。

「特に何かが変わっている訳でも無いんだな」

「ははっ、まあ何も変化を加えてないからな。ただ単に魔力を垂れ流すだけじゃ、私達は魔法を使えないんだよ」

「…じゃあ、俺の蒼の力はどうなんだ?」

尋ねながら、光の球体を触るゼイ。

「恐らくだけど、魔力の『色』が違うんだろう。文献にも、蒼の使者の魔法は防御出来ないと書かれている」

「成る程ね…強いな」

言いながら、光の中で手を握ったり、開いたりする。

「ひぁっ!?」

軽くヒカルの手のひらに触れた時だった。

甲高い声を出して、ヒカルが飛び退く。音もなく光が消滅し、ヒカルが座っていた椅子がガタリと揺れた。

「悪い」

「…気をつけろ、バカ」

座り直しながらヒカルが悪態をつく。心なしか、顔が赤かった。

「…お前の力の説明に入るが」

先ほどより若干ドスの効いた声で、ヒカルは続ける。トス、と軽い音を出して椅子に座ったヒカルは、懐から二つの物を出した。

「お前、『これ』から何か感じるか?」

「…?」

石だった。何の変哲もない、そこらへんに転がってそうな石。

しかし、ゼイはそれに違和感を覚える。

普通の石とは、違う。

「…片方からは、なんとなく熱い感じがする。もう片方は、なんでもないタダの石だ」

ゼイが言うと、ヒカルは目を大きく見開く。

驚いた、と言わんばかりの顔だ。

「…これは、いよいよ本物かもな」

「どういう事だ」

「説明してやるから噛み付くなって。蒼の使者の能力の一つが、魔力の探知だ」

「その石に、魔力が?」

ああ、とヒカルは答える。

「世界樹の石という石だ。世界樹の道…別言い方で言えば龍脈だな。その周りは、大量の魔力が渦を巻いている。その魔力が染み込んだのが、この世界樹の石なんだ」

ヒカルが石をランプに近付けると、石がほのかに赤く光った。

「私たちは、こいつらを見分けるために魔法で作った炎を使う。魔力で作った炎に反応し赤く光るから、それで判別するんだ。世界樹の石は、砕いて薬にも使えるし、武器にも使える。端的に言えば、何にでも使える万能鉱石ってところかな」

「便利だな。それを見つけられるこの力も」

「それだけじゃない。お前のその力は魔力を持つ人間や、魔法自体も察知する事が出来るんだ。この文献に登場する蒼の使者は、いつ、どこで、どんな魔法が使われたのかを完璧に把握していたらしい。どこまで信じるかはともかく、これを習熟すれば相手の攻撃を予知したり、魔法による奇襲を回避することが出来る」

君も体験しただろ?と、ヒカルがニヤリと笑う。

「…あのナイフにも、魔力が?」

「魔力によって武器をコーティングし、攻撃力と硬さを格段に上げる魔法だよ。割とポピュラーな魔法だ」

「俺を蒼の使者か確かめる為だけに、俺の腹と手に穴を開けたのか?」

「アレで死ぬようなら、そもそも私の計画には必要ない。試練だと思ってくれよ」

計画?とゼイが眉をひそめる。

「クーデターです」

ゼイの疑問に対する答えは、後ろから帰ってきた。

「ヒカル様はクーデターを起こすつもりなのですよ」

小屋のドアを開けて、誰かが入ってくる。

「その声と魔力は、俺を刺したやつか?」

「言い逃れの余地も無いね。その通りすぎて」

「…やはり、あなたが蒼の使者でしたか」

フードを取った彼女の顔は、声に違わず美人だった。いかにも大和撫子といった顔立ちで、弓を持ち佇む姿は様になっている。

「サクラと申します。刺したのはヒカル様の指示ですので、思う存分痛めつけてくださって結構ですよ」

サクラと名乗った少女は、一礼した後にヒカルを指差し、そんな事を口に出した。頭を上げるのに合わせて、ふわり、と黒髪が揺れる。

「な、なんだよそれ!?」

「私は刺すなんて乱暴なやり方には反対でしたよ。それなのに、あなたが必要とかいうものだから」

「なんだかんだノリノリだったじゃん!!『疾風はどこだ!!』とか言っちゃってさ、最終的に彼に身長のこと言われて怒ってたのは本気でしょ?」

「う…だが、あなたは本気でやれと」

「疾風ってのは、なんだ?」

埒が明かない。

そう考えたゼイは椅子から立ち上がり、二人の間に割り込む。

どちらも自分の肩ほどの身長で可愛らしいと、少し緊張感の無くなった頭で考えた。

「あ、ああ。疾風っていうのは、蒼の使者が唯一持つと言われる武器だ」

少し狼狽えた表情のヒカルが答える。

「形状は東方に伝わる片刃の剣に似ていて、刃は黒く輝いていると言われています。持ち主の魔力を吸い、形が自由に変わるとも。槍、大剣、弓、鎧…。また一振りで山を斬り裂いたとか、伝承によってその武器の能力は様々です」

サクラが続ける。

「クーデターっていうのは?」

「この金髪ご主人様が考えてる、山の国再建計画です。あなたは、今山の国がどういった状況に置かれているか知っていますか?」

「四ヶ国に植民地化と政略結婚を迫られているって話だろ?」

「それを阻止する為に、山の国に新しいリーダーを作るっていう事だ」

そこで、とヒカルが続ける。

「私が欲しいのは、つまるところ民意だ。国民を味方につければ、自然と軍も味方になる。国の為にという高い士気を持つ国民と軍隊が出来上がるんだ」

「そのために、扱いやすい勇者伝説を利用するって事か」

「この際、あなたが蒼の使者かどうかは問題じゃない。あなたが民衆に、蒼の使者と信じてもらうことが重要なのです」

そこまで聞くと、ゼイは少しの間黙りこくる。

「頼む。私たちと一緒に、戦ってくれ」

ヒカルが、ゼイを見つめた。

「…ここに来てから、色々な事があった」

ぼそり、とゼイが口を動かす。

「いきなり鎧の兵士に追われて、捕まえられそうになって。酒場では戦争があると聞いて混乱していたら、殺されかけた。で、今はここで英雄に祭り上げられようとしてる。正直一生分の疲労を溜め込んだ気持ちだ」

だけど、とゼイはヒカルとサクラを交互に見て、テーブルに腰掛ける。

「ここまで準備が整ってるなら…やってやるよ。カッコ良く天下統一でもしてやろうじゃないか」

ニヤリと、ヒカルが笑う。

「怪我が治り次第行動を開始する。それまでに、お前に私が知っている限りの蒼の力に関する情報と、魔法の基礎を叩き込もう」

「俺はお前らを信用しているわけじゃない。特にサクラ、お前は少し挑発に弱い。足元を掬われそうで怖いな」

「善処いたします」

「今日は遅い。薬をやるから、ゼイはもう寝ろ」

「分かった」

ベッドに寝転ぶと、少し笑えてきた。

「どうしたんだ?」

「いや、なんでもない」

昔の夢を思い出したなんて、口が裂けても言えるものか。

ゼイは心の中で呟きながら、眠りに落ちた。

アドバイス、批判、誤字脱字などありましたらご指摘願います。

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