第三話 力の作用点
家に戻ると決めた、ハクは再び学校前を訪れる。
荒廃したスラム街が甘色の贄を待ち構えていた。
と、何だかシリアス臭がプンプンしてきます(笑)
僕は、鳥のさえずりが聞こえ目が覚めた。
傷だらけの体をゆっくりと起こすと、窓から暖かい光が射しているのが目に入った。
すがすがしい朝だな……まるで、昨日の出来事が全部嘘みたいだ。
いや、そうだきっと夢だ。悪い夢を見ていたんだ。
僕は、怪我をして病院に来ているだけなんだ。
早く、家に戻らないと……
僕は、ベットの横に立てかけられたバッグを手に取り部屋から飛び出した。
廊下の奥のEXITの文字が僕を引き寄せた。
イヨリさんも今日は休暇だし、僕が料理を作ってあげないと――――
希望を抱いた矢先、ドアの向こうには悪夢の爪痕がどこまでも広がっていた。
倒壊した建造物、根元から消し飛んだ木々の痛々しい残骸。
川や下水の水が氾濫し、虫や鼠に紛れ人が僕の前を流れていった。
そして、何よりも大きな天井が、空を隠すように覆う。
その黒い空は、狂逸な光を不気味に点滅させる。
「あれ、「宇宙進拓プロジェクト」の一時ドーム型バリア。
こんな時に起動するなんてね奇跡か不幸か」
源さんは、静かに冷たい笑みを浮かべる。
彼女には僕がここに来ることも、何もかも知っているようだった。
「東京は、崩壊した。
君が知るには早すぎたかもしれない」
「東京丸ごと?」
「えぇ……」
「じゃぁ千代君や、イヨリさんは?」
「まだ、死んだとも言えないわ」
僕が、口をつぐみ少しの間沈黙が続いた。
「けれど、このままじゃどう喚こうが無力。
でも、病室の生活も案外慣れると快適かもね」
千代君だけが僕の便りだった。千代君だけが……
でも、僕の他にも何の罪の無い人が植物状態でやっと命を繋いでいられるんだ。
この命を少しくらい粗末にしても罰は当たらないだろう。
「帰ります。僕は家に戻らないと」
「こちらは、加戦してくれると嬉しいんだけど。
そう言うなら、君の学校まで送るよ」
「結構です。もう歩いて帰れますから」
「いや、遠慮とか結構だから。
ここ、政府の秘密機関で関係者以外立ち入り禁止。
無許可で踏み込めば衛兵達は射殺も厭わないよ」
「分かりました。お願いします……」
僕は、源さんに場所や通路が把握されるといけないという訳で、
目隠しをされている。
ただ、どこを走っているかは知らないが、
都会の中で岩山の中を走るように車が揺れ、時折人々の悲鳴や助けを求める声が、
気が狂いそうなくらい胸を締めつけてくる。
「もうすぐ、学校だ。
研究所付近より刺激的だが、約束は約束だからな
後、これはオマエの持っていた持ち物だ。今の内に受け取れ。
洋服は、代えをやる程余裕無いからな。病人の服で我慢してくれ」
地震の被害を受けた後のような状況を想像しておけばいいのだろうか。
いつの日か見た、ニュース番組で流れていた崩壊する東京のCGの映像。
考えれば考えるほど、受け止めるのが困難になってくる。
駄目だ、吐き気が――
「到着した。最後に私の連絡先だ。
仲間になると決めた時以外は、掛けて来るなよ。
ま、生きていられたらの話だがな」
無理やり車から降ろされると、目隠しの結び目を解かれハラリと僕の目から流れ落ちていった。
そして、目に飛び込んだのは無造作に点々聳え立つビル。
瓦礫と、その下敷きになった者。校舎の塀はバラバラに崩れ去り、校舎自体は元は四階建てであったが、
一階から二階までがまるっきり消え失せ、不逐の臭いが辺りから立ち込める。
息を吸えば、むせ返るような塵の混ざった淀んだ空気が入り込む。
僕は、しばらく家に向かって足を運び始めた。
口をふさいでいれば歩けないことはないな―――
不意を着いてナイフが頬の横をすり、目の前に突き刺さった。
「なんだ、一体!?」
「おっと、昼間から出歩くなんてどんなやつかと思えば、見ねぇ風貌だなぁ」
「こちらとしては、好都合じゃないか」
「そうだなッッ!」
二人掛りで殴りかかってくるが、
避け切るくらいは、なんとかいけそうだ。
しかし、降ろされた途端に襲いかかられるなんて。
少しでも、トレーニングをしておいてよかった。
「オマエ、クニャクニャ避けんなよ。
黙って、サンドバックになれよ!!」
男は、僕の隙を突いて胸目掛けて、飛び込んできた。
思わず手を出し、相手の腕を封じようとした。
だが、相手の方が早く僕の手は、ナイフの刃を強く握りしめた。
「うわっオマエ何、考えてんだ!?
血が、血が溢れてる……!」
自分の血を見て、僕はこっちがやらないとやられるそう感じた。
その瞬間、僕の握りしめていたナイフに、洋服のチャックのようなものが浮き出し
まるで、バナナの皮のようにナイフが裂けた。
「うわオマエ、能力者だったのかよ!」
能力?ナイフを紙のように裂く力がか?でもどうやったら能力が使えるんだ?
「くそ、こうなったら!」
男は、ハンドガンを取り出し、僕を目掛けて発砲してきた。
僕は、とっさに近くの影に身を隠した。
しかし何で、一般人が銃を?
声からして僕と年齢は大差ないはず。
街中ですれ違っただけで金の為に殺し合うなんて。
日本は何時からこんな物騒な世界になったんだ……
「よそ見するなよっ!!」
男が走りかかってきたかと思えば、
金属バットで首筋を打たれ、
腹を抉るように打ち込んできた。
思わず口から血反吐が噴出し、
額から、ゆったりと葡萄酒のような彩色が流れる。
これ以上まともに受けたら、軽い脳震盪じゃすまない。
「たく、早めに打ち切れよ。
後で、そこらの集落で女探すんだろ?」
「は、オマエここらの都会抜けたら郊外しかねぇよ
団地ばっかで糞ババァしか出ねぇっつの」
キエロ……この町から……
「何ブツクサ言ってんの?」
「抹消してやる、俺の前から!!」
俺は、相手に向かい全力で走りかかった。
今は、分かる。この力を使った人の殺め方が。
トリガーは、コンタクトのみ。
対処物に切れ目が入り、引き裂くように想像するだけ。
手で触れて、念じる。「引き裂かれる相手」の姿を……
まるで、チャックを開けるように、ブチブチと表皮を切り離し内臓まで至らしめる。
気付けば、バットの男をズッタズタに切り裂いていた。
「こいつッ!?」
仲間の死んだ巣を見て、目が動揺している。
今なら――――殺れる。
「くっ、まぁそんな殺気立てんなよ。俺がこんなところで死にたくないんだ」
そういうと男は、僕の前から去って行った。
万事休すか?さて、家に向かおう。
相手に気が行き過ぎて、こんなにも日が沈んでいたことに気づかなかった。
一気に殺気立っていた力が抜けて、傷口が開いた。
うつ伏せに倒れると、紅い活液が腹を伝って踝まで浸るが分かる。
こんなに出血したら――もう歩けないな……
結局闇雲にあそこから出て行っても、何もできなかった。
きっと腐った町の廃材の一部になるんだ。息絶えて大地の一部になるまで……
そういえばあの夜もこんな風にボロボロになって空を眺めたっけ。
あの時は、紅い空だったけれど今じゃそれすら見えないや……
宇宙に行くなんて愚か空を眺めることさえできない。
あのバリケード、本来の目的忘れているな。
くっ、意識が遠のいて行く――
僕もここ迄、か……
――――――――――――――――――――――――――
窓際の席。見慣れた情景。
騒然とした教室。教師は誰が見るかも分からない板書を書きとめ続ける。
好きに立ち歩き、教室を出入りする生徒。
生真面目に授業を受けている自分が馬鹿馬鹿しく思ってくる。
この教室の空気が、大嫌いで何時も窓を開けて裏庭の森を眺めていた。
でも、成績で三者面談に呼ばれるような生徒はいない。
直結記憶装置があるからだ。これも、皮肉なことにNOVATEKの開発した商品である。
この、私立校は幾つかの有名大学への推薦が免除される。
ただ、金と、大学に入った後の実力さえあれば問題ない。
僕が入学して1年。
同期の退学者が、12人。自殺、2人。
「退学者や虐めは、もちろん自殺なんてのも、毎年恒例なんだよ。
ま、僕はそういう汚い人間に興味ないから」
校内で耳にする話の内容は何時も気力を削るようなものばかりだ。
マスコミには賄賂で報道規制するそうで、
新入生の大半はそんなことも知らず、気の弱い人間から落ちていく。
高校に行っても千代君以外友達はできなかった。
彼の明るい笑顔が見れない時、僕は1人で孤独を噛みしめることしか出来ない。
僕は昔から化物だ。超能力だとか特別な存在も今に始ったことじゃない。
そう、幼い頃から僕は最悪だ。もう不幸になるのは沢山だ。
僕を邪魔するものは、全部引き裂いてやるッ!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――
学校の記憶に魘され、僕は目を覚ました。
この間目を覚ました場所よりも薄汚くて、暗い。
助けられた?
「お母さん、お兄さん目を覚ませたよ」
「あの傷じゃあ、まだ起きれるわけがないでしょ」
「あ、助かりました。あのままじゃきっと僕――」
「まだ、喋らないほうがいいよ。酷い内出血を起こしていましたから」
「お母さん、傷口消えてる!」
確かに、研究所にいた時に比べ少し体が重く感じるが、
腹部や額にあった傷は消えている。
恐るべき、回復速度。これも、能力者であっての力なのか?
しかし、我に返ると恐ろしい惨劇を起こしたな。
力に目覚めた僕は自分のことを「俺」と呼んでいた?
ただ、相手を引き裂く感覚が、未だにこの手に残っている。
大きなテントの中のようで、上を見ると柔らかそうな生地が何度も繕われている。
部屋の明かりは、ソーラー充電式のランタン1つがまかなっている。
辺りを見回していると1人の少女がテントに入って来た。
「ガラクタ売って来たよー」
「ありがと、じゃあ貯金箱に入れておいてね。後少しでご飯できるから待ってて」
少女は嬉しそうに返事をすると僕の方に振り返り目が合った。
小さな手の平が握っていたのは50円玉一枚であった。
「お兄さん誰?」
「僕は、冬架月 ハク。君は?」
「麗関 雪那。今年で、12才」
「じゃあ今年から中学かぁ」
「まだ、入学式してないけどね」
彼女の自分の現状と真剣に向き合っている姿が自然と伝わってくる。
「暖かいですね。この家」
「私もこの家好きなんだぁ。
みんな優しいし、外より落ち着くもん」
「みんな中の良い家族ですね」
そう言うと、何故か少女の顔から笑顔を薄れていった。
奥から来た女の人が、僕にご飯を運んで来てくれた。
「食べませんか、おかゆ。栄養つけないと……」
人とテーブルを囲んで食事をするのは、たったの二日ぶりだけれど、
遠い過去のように感じられてどこか懐かしさを感じた。
感傷に浸っていると、女の人がゆっくりと口を開いた。
「お名前、冬架月さんですよね?
私、荒城 美菜です。」
「どうも、ご丁寧に。
助けていただいて本当に感謝しています」
「いえ、助けたのは雪那ちゃんなんです」
「実は、私とそこの健時は、実の息子だけれど
雪那は、養護施設から預かったのよ」
「そうか……彼女には悪いことをしたな」
「でも、クヨクヨしていてはいけない。
あんな女の子でも前を向いて歩いているんです」
「取り敢えず、傷が治るまでは休んで行ってくれて構いませんから」
「有り難うございます」
衛生管理も整った施設の中で不満を抱き脅えていた僕なんかよりも、
あの少女の方がよっぽど恐怖に耐えている。
ただ、この人達には帰る場所がある。
雪那ちゃんにも、例え血縁関係じゃなくても迎えてくれる場所がある。
だけれど、僕の帰る場所も人も残されているか不安で怖いんだ……
今回も?読んでくださり有り難う御座います。
学生生活でメンタルがふにゃふにゃですが、
勘弁してやってください(笑)