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第一話 封楽の夜

第一話目です。

呼んでくださって有り難うございます。



悪夢の前日僕は何時も通り、コーヒーの香りで眼を覚ます。


コーヒーを入れたのは、神薙《かんなぎ》イヨリさんという僕と同じ使用人の人だ。

彼女は僕や他の使用人以上に千代君の世話をこなしている。


彼女は見た目からすると二十代半ば位だと思っているが、年齢を女性に聞くのは悪いと思い、

実のところ一度も年齢を聞いたことはない。


彼女は裁縫も得意で細かいことをする時はきまって眼鏡をかけていても、

若さが引き立っていて、綺麗で清潔感のある女性だ。

こうやって僕が物を考えている間にも、彼女は料理を終え食卓に朝食を並べる。


「今日は、フランスの朝食をテーマに作らせていただきました」


「それでは、この良い香りはもしかしてブリオッシュとバケット、

クロワッサンは良く焼き上がっていますね」


「はい、ご察しの通りです、バケットやブリオッシュも後しばらくで

焼き終えるころだと思います」


「ところで、神薙。今日は、シナモンティーの用意できたか?」


「朝食に飲まれると思って淹れておきました。

本当に千代さんは、シナモンティーが御好きなんですね」


「母のよく僕の為に、シナモンティーを淹れてくれてさ。

神薙の淹れてくれた紅茶もおいしくて好きなんだ。」


イヨリさんが、洋食の時はパンを生地から作り上げるのは

何時もながら凄いが、新聞を見ながら臭いで出来上がったパンを言い当てる層樹さんも同じくらい恐ろしいが、その光景が日常になってしまっている千代君も異質だ…


「素晴らしいです。朝食では飽きさせることは無いですね」


「いえ、恐縮です」


千代(はるか)朝食だ席に着け」


朝食はいつも全員で食べる。

決まった時間通りに、毎日三食欠かすことは無い。

これは、層樹さんが作った決まりで、開発とか研究にする自分も、

僕達学生も朝から夜までちゃんと決まったリズムで栄養を取り入れるべき

だからだそうだ。


食事を終えた後、僕と千代君は制服に着替えて登校した。


「おはよう、ハクと千代君。」


朝の挨拶を毎回欠かさず僕にだけ呼び捨てするのが、クラスメイトの夕橋(ゆうばし)雪路(ゆきじ)だ。

登校の時間になると決まって、家の前で待ち構えていて、

実は、この女の子と僕は交際関係にある。


「雪路、朝からハイテンションだな。頼むから余り大きな声は出さないでくれないかな?

ていうか、家の前で張ってるの中学の入学当初からだよな?

僕達にもプライベートと言う物が……」


「だから、そのプライベートが気になるんじゃない」


少しかぶせて返答してくる辺りが、こちらの不快感を買うことが分かっているのだろうか?

どちらにせよ、言ったところで直す気がさらさらないのは、言うまでもないが。


「でも、友人がいるって良いことじゃないか。

それ以前に、二人は付き合っているんじゃないのか?」


「千代君でも公の場所でそのような発言は……」


「あ、ごめんね。からかうつもりは無かったんだ。

純粋に、羨ましいと思っただけなんだ」


「そんなに、恥ずかしがらなくても良いじゃん。

学校の皆だって、知っているんだし」


「そうしたのは、雪路だろ。

雪路のせいで皆の視線が気なって、居心地悪いんだからな」


雪路はこちらを向くと強引に腕を絡ませ体を寄せ付けて来た。


「ごめんごめん。執事さんは、日頃から大変だもんねぇ」


「一応言っておくが、もう直ぐ学校だからな」


学校の校門が見え、自然と足取りが重くなる。

今日は特別な日というわけではない。何時ものことだ。

そう自分を押さえつけても、この緊張感には何時までたっても慣れそうにない。

教室のドアを開けるとクラスの女子が既にクラスに来ていた。


「おはよう、夕橋さん」


「おはよう、綾さん」


血相変えずかわす、機械のように冷たい挨拶。

僕は席について机に顔を伏せる。

教室の空気が殺伐としているのは、この学校が特質のせいでもある。


この学校は氷洞高校という国立高校の一つだ。

設立から200年以上も経つ名門校だ。

「名門」という肩書きがつくのは、学校だけでなく学生の8割の一家も同じだ。

毎年、政治界に芸能界と類を問わずありとあらゆる業界から200人ほど入学してくる。けれど卒業できるのは各学科中、成績優秀者の上位10名のみ。

おまけに、卒業まで通して取らなくてはいけない単位は、100にも及ぶ。

一年目の時点で、30程の資格を会得する羽目にあう。

一単位でも落とせば成績が上位にランクインしていても、

その日の内に退学が命じられる。

ここまで、嫌な面しかない学校に毎年何人もの学生が入学するのか。

理由は一つだ。

卒業すれば、大学や職業に試験なしと全額免除という人間国宝並みの扱いを受けられるからだ。


そのため、家柄に恵まれていない生徒や学校生活についていけない生徒は、

自然と孤立していく。

また、競争世界の中で人格が変貌していく人間も多く、

クラスの中で上下関係が成立しているのはどのクラスでも言える。


僕自身この現状とは無縁というわけではない。

僕の両親は普通の庶民だし、母親は既に病気で他界している。

その上、居候の身で、千代君の執事と言う使用人の仕事で、

彼と共に入学させてもらっている。

無論、僕の素性を知る人で良く思っていない人も少なくない。


そんな中、夕橋は認めてくれた。

友人として、愛人として。


気付くと朝のホームルームが終っていて、

また教室に何とも言えない空気が流れていた。


思わずため息がこぼれる。


もやもやとした不快感にかられ教室を後にすると、

中庭の壁にもたれ掛かっている千代君が目に入った。


「千代君!」


驚いて思わず声を荒らげてしまった。


「良かった。ハクか、なんか調子悪くてさ。

保健室まで連れて行ってくれないかな?」


僕は急いで彼を肩に背負い、保健室に向かった。

保健室のある二階に上がる途中、体育館の前で足が止った。


女子生徒の悲鳴が体育館の中で響くのが聞こえた。


「雪路の悲鳴?」


千代君が少しかすれた声でつぶやいた。

僕も確かに雪路の声がしたように聞こえた。

少し悩んでいると千代君が僕の背中を押すように言った。


「大事なんだろ夕橋さんのこと。

だったら行って来い。俺はここで待っているからさ

主の願いに忠実なのが、優秀な執事だろ?」


僕は彼の言葉を後に体育館へ急いだ。

倉庫の方に近づくと話し声が聞こえてきた。

窓の中を恐る恐る除いてみると、二人の生徒が見えた。


椅子に座っているのは、ズボンが見えるから男子で、

立っているのはスカートだから女子生徒か……


「ていうかさ、絶対アタシの事ストーカーしてたでしょ」


「しないよ、そんないけないこと。

後をつけたことだって一度もないよ」


「キッモ!まずその女々しい喋り方やめてくんない?

虫唾が走ってまともに会話できないから」


そういうと、聞きなれた声の主は、座っている男子生徒の腹部にむかって思いっきり蹴り込んだ。

思いもよらぬ惨状に驚いた僕は、焦って近くにあったバケツを倒してしまった。


「誰!?」


僕は、とっさに倉庫の裏に隠れた。

必死になって息を殺すなんて小学校の鬼ごっこ以来か……

そういえば昔から僕は、争いごとは避けてきたな。

いや、僕が隠れる必要なんてないちゃんと話し合うべきだ。

僕と彼女は、繋がっているはずだから。

誤魔化さず本心を聞こう。


「雪路……」


夕橋は、僕に気がついて一瞬驚いたようだったが敵を見るような目で、

僕のことを睨み返してきた。彼女がこんな顔は見たこともなかった。


「何盗み聞きしてたの?」


「別にそういうわけじゃ……」


「女に責められて、女々しい顔で女々しい発言やめてくんない?

情けねぇなホント、反吐が出るッ」


「ゆき……」


「気安く名前で呼ぶなよ。彼氏面ももうナシな

いい機会だわ、もう嫌気がさしてたのよ」


「ちょっ、待って意味が分からない

ちゃんと説明してくれよ。」


「馬鹿にはもっと単純に要約しないといけなかったわね。

ようするにもう、終わり。あなたとは縁を切るわ」


「なんで、どうしたの……」


「別にアンタじゃなくても良かったってことよ。

じゃあね」


嘘だ、全部嘘だ。僕は、悪夢を見ているんだ。

こんなことが起きるはずがない。

急にそんな……


僕は、千代君のことを思い出して保健室に向かった。

僕自体、保健室で横になりたい気分だ。


保健室のドアを開けつつ声をかけると

いつも、マイペースな保健室の先生が、

落ち着かない様子で振り返ってきた。


「あの、千代君は?」


「それが、痛いとか、頭の中に誰かが入ってくる~とか言うから、

安静にするよう言っておいたんだけれど4時限目辺りにベッドを確認すると、

早退届けだけが机の上に残っていたの」


「そうですか、じゃあもう授業に遅れてしまうので教室に戻ります」


「千代君のことはいいの?」


「彼なら大丈夫ですよ。

今日は、千代君のお世話はイヨリさんの仕事ですし

僕が心配する必要はありませんよ」


そう言い放って僕は教室を後にした。

最低だ。

分かってる。あんな態度を取る気はなかった。

けれど、急に気持ちを切り替えることなんてできない……


僕が、教室に戻ると雪路が既に席についていた。

彼女の隣の席にいて、こうも嫌な気分になる日来るとは思わなかった。


「なんか、凄い数の鳥が飛んでるよ!」


そういや動物って地震とかを予測して事前に自然災害から逃げるとか聞いたことあるか。

何を考えているんだ。今は、そんなことどうでもいいじゃんか。


「もう全部、消えればいいのに」


そうつぶやいたとたん、閃光が僕の視界を奪う。

次の瞬間、凄まじい爆風が地面から吹き荒れ、

僕の体が虫のように吹き飛ばされる。

何が起きたんだ?今自分に降りかかっている現状に、判断がついていけない。

教室の床のタイルがジグゾーパズルのように崩れ、

恐ろしい狂気の悲鳴と共にクラスメイトの体がボトボトと暗闇の底に落ちていく。


僕は必死になって教室の壁にしがみついた。

もう、僕ここで死ぬのか?

彼女にふられてその日が最後の日だなんて最悪だな……


忘れられるなら丁度いいか……


手の感覚が徐々に弱まってくる。


「今、楽になれるから。この手も心も全部」


ゆっくりと重力に抗っていた指を離していき、

空に身を委ねるように投げ捨てた。


上を見上げると天井は消え去っていて、

代わりに紅色に染まった異質な空が僕を見下ろしていた。




実は、内容少し変えてあります。

これで、一話目は完成と……

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