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Bitter Chocolate

作者: 十月十日

 教室の中に、まだ甘い香りが残っているような気がする。

 放課後の教室に残っていた彼は、宿題を済ませながら一人息を吐いた。遠くから運動部の掛け声が聞こえてくるが、教室は至って静かだ。彼の他に残っているのは隣の女子だけで、それもヘッドフォンをしているためにひどく気まずい。

 悶々と思い悩んでいる間にも手は進み、いつの間にか宿題は終わってしまっていた。明日は休みなので予習もない。

「……帰るかな」

 口の中で隣に聞こえないように呟き、彼は帰り支度を始めた。上着のポケットから音楽プレイヤーを取り出し、ヘッドフォンを首に掛ける。

 教室を出ようとした彼は、しかし鞄のベルトを掴まれてたたらを踏んだ。

「……………あの」

 振り返ると、ヘッドフォンを外した女子がこちらを見上げていた。その指がしっかりとベルトを掴んでいる。

「何」

 答えた後で、返答のあまりの素っ気なさに目眩がした。

「これ、食べない?」

 当の本人はまるで気にした様子もなく、鞄をごそごそと漁って小さい包みを取り出した。

「え」

「はい」

 唐突に差し出されて、頭の中が真っ白になる。

 透明な袋と淡いピンクの不織布に包まれていたのは、紛れもなくチョコレートだった。


 女子からチョコレート。

 今までもらった記憶はない。


「………………ありがとう」

 恐る恐る袋を受け取って鞄にしまおうとすると、彼と同じようにヘッドフォンを首に掛けた彼女は軽く首を傾けた。

「食べないの?」

 冷静に尋ねられ、思わず言葉に詰まる。

「感想を聞きたいんだけど」

 淡々と畳み掛けてくる彼女に、ついに降参した。

 恐る恐る袋を開け、大きく丸いそれを取り出す。見たところ、これはトリュフというものだろうか。柔らかく頼りない感触に、慌てて口に入れた。

 トリュフは甘いものだと思っていた。


 苦い。


「どう?」

「…………カカオ99%?」

 飲み込んでから呟くと、虚を衝かれたように彼女は目を丸くし、それから小さく吹き出した。どうやら一度笑いだすと止まらなくなったようで、肩を震わせて下を向いてしまう。

「うん、いいね。カカオ99%」

「いいねって……」

「嘘じゃないって。本音だよ本音」

 彼が憮然としていると、少ししてようやく笑いを収めた彼女は悪戯っぽく見上げてきた。意識しているのかしていないのか、その上目遣いにどきりとする。

「美味しくなかった?」

「いや、俺甘いのあんまり好きじゃないから」

「なら良かった」

 彼女は嬉しそうに笑った。

「私も苦い方が好き。だって、甘いだけだとつまらないと思わない?」


 お菓子も、恋愛も。

 彼を覗き込んでそう言った彼女は、今では甘いものも好きらしい。


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