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良子の歩いた道  作者: 大黒純
7/7

焚き火

 良子の悪い噂話は数カ月で聞かれなくなったが、記憶に残した人々の彼女を見る目

が変わったのは小学生の彼女だったが感じとれた。また、良子自身も妙子を憎むこと

を忘れなかった。いつか、仇は取るぞ……。        

 その年も木枯らしの吹き荒む季節になり、子供達は中に綿の入った半纏のような形

をしたドテラという物を着て遊びまわっていた。寒い寒いと言いながらもみんな屋外

で遊ぶのが好きだった。

 午後になって路地の奥の井戸端に“紙芝居屋”が来ると、子供達は遊びを中断して

集まってくる。手に五円玉をにぎりしめている子は金持ちだ。二円、三円がいいとこ

だった。その小遣いも近くにある工場の焼跡で拾った鉄くずや溶けたガラスの破片を

白山通りにあるくず鉄商に持ってゆき、換金して手に入れる子もいた。

 路地裏で遊ぶこととしては、馬とび・長うま・石蹴り・縄とび・ゴムとび・かくれ

んぼ・鬼ごっこ・缶けり・駆逐水雷など、男の子、女の子も混ざって種々あった。そ

して、冬になると各家庭にある庭木の落葉や廃材などをはき集めて路地の奥で焚き火

をするのが習慣だった。

 その日も午後の紙芝居屋が帰ってから、路地の奥で焚き火にあたった後、良子達は

缶蹴り遊びをはじめた。少し広くなった共同井戸の脇に空缶を伏せて置き5,6人で

遊びがはじまったが、妙子は焚き火に一人であたっていて参加しなかった。

 空缶が蹴飛ばされて遠くに飛んでいったものを鬼の男児が取りにいっている間に良

子達は家と家の細い隙間に身を隠して鬼に見付からないように逃げた。鬼は隠れた者

を見付けに後を追い、見付けると名前を叫んで缶を踏みに戻るのだが、その間に置い

てある空缶を他の者に蹴られてしまうと見付けられた者は逃げられるのだ。

 良子は生まれつきの俊敏さ機敏さを発揮してその遊びを得意としていた。仲のいい

子が呼ばれて次の鬼になりそうになると缶を蹴りにいってよく助けた。

 缶が蹴られて遊びがはじまると一斉に子供達が路地裏に駆け込んで消えた。家と家

の隙間を駆け抜けて、良子が焚き火付近に戻ってみると妙子が一人であたっているう

しろ姿が目に入った。缶の側には鬼も誰もいない。良子は缶を蹴りに猛突進した。焚

き火の横を走り抜ける時、妙子の背中に激突した。一瞬、妙子の身体が宙に浮き焚き

火の上に覆い被さった。良子も缶の方向から外れて蹴らないまま家の隙間に潜り込ん

でしまった。必死に駆けて逃れようとした。

 垣間見た妙子の焚き火に倒れ込む姿が目に浮かぶ。

「ざま〜見ろ!いいきみだ……」

良子は心の中で叫んだが、しばらくするとみんなが気になりだした……。妙子にぶつ

かるところを誰かに見られていまいか。妙子がどうなったか、急に心配になりだした。

急ぎ足で焚き火に戻ると大人の人が数人いて子供達も戻ってきていて大騒ぎになって

いた。

 妙子の悲鳴を聞きつけて近所の大人が駆けつけてきて火の中から助け出し井戸水を

かけて消したらしいが、ドテラやズボンは焼けてボロボロになっていた。

「どうしたの?どうしたの?……」

良子は不思議そうな顔を作って人集りを掻き分けた。戸板の上に焼け焦げたドテラを

着た妙子が横たわっていて、近くの医者にゆくところだった。

「タエが、焚き火にあたっていてヤケドしたんだ。着てる物に燃え移ったんだって」

「そう……。死んじゃったの」と、良子はソラとぼけた。

「そんぐらいで死ぬわけないだろ」

あおい鼻汁をすすりながらター坊が良子を小突いた。

「あいつよ、いつもえばりくさってるから、バチが当ったんだよ」

「そうだ、そうだ!」と、何人かの仲間と一緒に良子も囃し立てた。

「焚き火の中にイモがあると思って、ガッついたからヤケドしたんだ」

 妙子には火傷の後遺症として腰から脚にかけて赤茶けたアザが残った。そんなアザ

を気にした妙子は小学校高学年、中学生となるにしたがって陰険で捻くれた性格にな

ってゆき、成人してからは街角で近所の人と出会っても見て見ぬ振りをして通り過ぎ

るようになってしまった。

 妙子は良子が生涯で仕返しをした唯一の人間だったが、火傷が妙子の人生を変えて

しまったようで、それを思うと良子の心は痛んだ。どんな悲惨なめにあわされても、

恨んで憎んで仕返しをしてはいけない。良子はそう心に誓った。

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