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良子の歩いた道  作者: 大黒純
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濡れ衣を着せられて

 鶏が血まみれになって殺されたことや泥酔した男がナタを振りまわしてあばれたこ

とは小学生の良子にはトラウマになってしまった。やさしかった母の死顔も決して忘

れられないことだが、酒乱の男の気絶した顔も忘れられなくなってしまった。

 それ以来、妹は良子につらく当ることはなくなった。人間という者は何かを切っ掛

けにして変化してゆくのだが、子供ならそれを成長といい大人は円熟というのだろう。

 そして、伯母の旦那は戦後まったく顔を見せなくなっていて女だけの所帯は物騒だ

ったが、妹の部屋には複数の男が出入りするようになってしまった。

 伯母は世間体が悪いからと、妹とよく口喧嘩をしていた。そんな時、良子はどっち

の味方もせず素知らぬ振りをしていた。でも、最後には妾をしていた母親をなじって

妹は母を黙らせていた。

 彼女の不幸の原因は妾をしている母にある。すべてこの環境が悪いのだと、母親へ

の恨み辛みに終始した。

「良子、お前だっていつまでもここにいてもいいことないよ……。早く長野に帰りな」

と、良子に八つ当たりしてきたりした。

「行きどころない子に何てこと言うだい!」

伯母は良子を抱きしめてかばってくれた。

「女が女である以上男に追いまわされるのは宿命なんだよ……。民主主義で男女平等

だって言ったって、男を頼りに生きるように女は出来てんだよ。お前は、男を馬鹿に

して利用してるだけだ。だから、男運がないのさ。ちっとは考えなさい……」

伯母は涙ぐみながら妹をしかった。

「あたしが小さい時はよく可愛がってくれた優しい父さんだって、母さんに女の魅力

がなくなりゃ冷たく捨てるだけ。男なんて女を利用して良い思いをするだけ……。薄

情な者ばかりさ。あたしが利用して何が悪いのよ……」

 

 戦後、進駐軍の兵隊さんの相手をする女の人を“パンパンガール”と呼んだ。語源

は諸説あるが、パン2個で買える尻軽さからというものある。

 妹が夜の上野界隈で街角に立ってそのパンパンガールをしているという話を良子は

遊び仲間の男の子から聞かされたことがあった。

「そんなこと、絶対にないよ!」

「だって、うちの父ちゃんが声をかけられたって言ってたもん」

「やーい、パンパンちの子〜」と、数人の男の子に囃したてられた。しかし、良子は

泣かなかった。棒切れを振りあげて彼等を追いまわした。

 いいかげんな話には腹が立った。人違いにきまってる。濡れ衣を着せられて卑しく

軽蔑されることは日常茶飯事だが、良子は幼いながらも何が正しくて、何が間違えて

るか、自然と考えるようになっていた。

 普通の感覚なら、恥ずかしいことをしてるのだから知ってる人に会えば逃げるだろ

う。声をかけたりするものか……。うわさ話なんてデタラメだった。

 

 そんな良子の遊ぶ行動範囲に小石川植物園があった。東京大学理学部の植物学の教

育・研究を目的とした附属施設だったが、戦後の食糧不足を補うために空地や施設の

一部を利用して近隣の住民が畑を作り野菜類を栽培していた。

 大根、さつまいも、きゅうり、なす、トマトなど種類は豊富だった。しかし、原則

として栽培者の所有物で他人が取れば泥棒になる。植物園を遊び場としている子供も

そのルールは知っていた。しかし、トマトやきゅうりを軽い気持で取って食べる子供

はたくさんいた。

 良子もいけないこととわかっていながら、遊び半分でトマトなどを取って持ち帰っ

たことがあった。それを横丁の井戸で洗っているところを妙子に見付かってしまい、

彼女は良子を“ぬすっと”呼ばわりされてしまった。妙子自身栽培者に無断で持って

きたこともあるのに。

 やがて、妙子が流したうわさ話は尾ひれがついて近所中に流れた。その中味は勝手

に変化して、良子の盗んだ野菜を水道橋の大蔵の店で売っていることになってしまっ

た。良子が小遣い銭欲しさに盗みをしている……。本当に良子のことを知っている人

はそんなうわさを笑いとしてくれたが、一部の顔見知りの態度はどことなくよそよそ

しく素っ気なくなった。

 そんな話はやがて伯母の耳にも入りひと騒動となった。

「井戸で洗ってたのはおばちゃんに食べてもらおうと思ったから……」

良子はしおらしく言い訳をした。

「うそつきは泥棒の始まり、おまわりさんに刑務所に入れてもらおうか」

浮浪者狩りをしている怖い警察官の姿を見ている良子は泣きべそをかきながら言った。

「盗んだ物を売ったりしてないよ。通りがかったダイゾウさんがお小遣いをくれただ

け……」

 良子は言いふらした妙子を憎んだ。何でそんなことを言わなければならないのかわ

からなかった。日頃、仲良く遊んだりしているのに、意地悪なことなど何もしていな

いのに……。妙子に憎まれるようなことなど、何もしていないのに……。

 良子の目から自然と涙が出てきてしまった。必ず、仕返しをしよう。妙子をメチャ

メチャにしてやる……。自分より数段恵まれた環境で暮らしてる妙子に強烈に憎悪を

感じてしまった。












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