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良子の歩いた道  作者: 大黒純
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押絵羽子板

 占領軍によって昭和22年に六三制という義務教育制度が確立され、混乱した戦時

下で就学していなかった良子は二つ年下の学童に混ざって小学校に通うようになった。

しかし、伯母の家では朝早くから炊事、洗濯、掃除の手伝いをさせられて、用事をす

ませるのが遅れると遅刻してしまう日が多くあった。

 それほど大柄でなかった良子だが、同じクラスの学童とは2才年長ということで学

力、体力ともに勝っていた。しかし、やんちゃな男児のからかいやいじめの対象にな

ることは多かった。

 そんな時でも、持ち前の明るさと行動力で良子は切り抜ける術はすぐに身につけた。

いじめられっぱなしではいなかった。栄養不足で両手の甲にひび割れやアカギレがで

きて、それをからかわれても動じなかった。

 戦後の物資のなかった時代に、お古の継ぎはぎだらけの洋服は当たり前だったが、

満足に食事をとれなかった子供も多かった。そんな中でも良子は炊事を手伝いながら

何かと工夫してお腹を満たすことはできた。特に、母の死後、疎遠にしていた大蔵が

良子のことを気遣ってか、鶏を2羽ほどくれたのはうれしかった。栄養のある玉子に

不自由しないから。

「少し会わないでいたら、大きくなったな。色白な母さんによく似てきた」

「みのるは……」

「心配するな、元気だ」

「……」

良子は無言のまま笑って返したが、心中は複雑だった。実を産んでなかったら母は今

も生きてるだろうから……。

 良子は毎日、鶏に玉子を産ませるために小屋の掃除したり、丈夫な殻の玉子が産ま

れるように餌にあさりやしじみの空の貝殻をこかまく砕いてカルシュウム分を含ませ

たりして世話をした。

「よっ子は、田舎育ちだから鶏の面倒見がうまいね」と、伯母に皮肉混じりにほめら

れたりした。

 そんな時、長野の朋子を思い出したが、同時に着物姿の母を思い出し今にも良子を

迎えに来てくれるような錯覚を覚えるのだった。悲しくないといったら嘘になる。母

の膝の上で思い切り甘えたかった。しかし、いつの間にか良子は悲しく寂しい時は気

持を変えて違うことを考える術を身につけた。

「あたし、動物が好きなんだ……。犬や猫も飼おうかな」

「餌代がかかるよ、人間様が食べてゆくのがやっとなのに、贅沢だよ。それより、横

丁の井戸から水を汲んで来ておくれ」と、伯母はかまどの火加減を見ながら良子をせ

かした。

 戦後の混乱はまだ続いていたが、姉は霞ヶ関にある官庁の経理事務の仕事につき、

妹は上野のデーパートの臨時店員として働いていた。二人が稼いでくるので比較的優

雅な面もあった。妾を住まわす住居だったので木製の風呂桶と立派な洗い場がり、夕

刻になると当然のごとく良子が水汲みと風呂番をさせられていた。


 物がない戦後だが、平和な正月を迎える頃にはみんな思い思いに正月用品をかき集

めてくるものだ。しかし、贅沢は言えなかったのは仕方がない。

 子供達は寒さに負けずに横丁の路地を駆けずりまわっていた。男児はベーゴマ・め

んこをはじめ、女児を交えて石蹴りやかくれんぼ・鬼ごっこと遊びはたくさんあった。

 正月ともなると竹馬・羽根つき・凧揚げなどなどに余念がない。白山は上野・浅草

などに近いため庶民生活に必要な品物は手に入れやすかった。子供のおもちゃは学校

の近くにある駄菓子屋で手軽に買えた。主に女児の遊びだった羽根つきの羽子板は杉

の板にペンキで可愛い女の子の絵が印刷されたのが主だったが、東京には江戸伝統工

芸で新春の縁起物とされた押絵羽子板があった。高価な手作り品だが浅草へゆけば手

軽に買うことができた。

 伯母の家の横丁の奥に妙子という良子と同じ年の女の子がいた。無論、彼女は順調

に学校へ通っていたので良子より学年も上だった。遊び仲間で始終一緒にいて、けん

かもし、いじめたりいじめられたりした。

 そんな妙子が正月に父から買ってもらったという押絵羽子板を持ってきて良子にみ

せびらかしたのだ。押絵羽子板は歌舞伎の人気役者が演じる名場面が多かったが、そ

れはきらびやかな藤娘の絵だった。

 良子は生まれてはじめてみる美しい羽子板にびっくりした。桐の板に貼付けてある

お人形がまるで生きてるように感じた。そして、その藤娘の白い美しい顔が母にそっ

くりだったのだ。

「あたしに、ちょうだい!」

妙子の手から大きな羽子板をもぎ取ると両手で抱きしめた。なぜか、母のぬくもりと

同じ物を感じた。甘い白粉の臭いもする……。

 妙子が近所中に聞こえるような大きな声で泣きだした。遊び仲間の男の子が集まっ

てくる。妙子の母親や伯母も駆けつけてきた。子供のかん高い声や大人の叱る声がし

て、伯母の手によって良子は羽子板を取りあげられた。

「だって、母さんが……、母さんが……」

「なに、バカなこと言ってんだよ、この子は!他人(ひと)のものを欲しがるのは悪い

子だよ」と、伯母によって良子は頭を強くはたかれた。

「う、わああ〜」

良子の泣き声が横丁に響きわたった。ちょうど近づいてきていた寒波の冷たい北風が

路地を駆け抜けてゆく。

「今夜は、夕飯抜きで家に入れないよ」

良子の泣き声が一段と大きくなった。かあさ〜んと、声を出して泣きたかった。


 太平洋戦争という遠い昔の話になってますが、その頃も子供の世界ではいじめやけんかもありましたし、夢や希望もありました。明るい子、暗い子、元気な子、おとなしい子、今となんら変わりありません。お読みになって感じたことなど、何でもいいです。評価欄からご連絡下さい。

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