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うきぐもがたり  作者: towa
第二章 竜の国――嵐を呼ぶ婚儀
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其の三 歳火国へ


「では『天轟』…とは、この竜の名前だと?」

「さよう。この天轟こそ我が騎竜。歳火の二十一代目の『王竜』に選ばれし竜になる、示詩殿。どうか可愛がってやっていただきたい」


事の顛末を座龍から直々に教えられている最中、天幕の中にいた騎竜が座龍のものであるということが判明した。

示詩は、自身が何かの力によって天幕の外へ押し出された際、誰かが「てんごう」と叫ぶのを耳にしていた。

それが気にかかって座龍に尋ねたところ、それは座龍が己の騎竜の暴走を止める為に呼んだ名だということが分かり、更には示詩を押し出したのは座龍本人だったという事実も知らされた。

それにしても、誰かに投げ出されたというよりは、何かにぶつかったような衝撃のように感じられたのだが、その疑問を口にする前に座龍が天轟を天幕から引っ張り出してきた。


「……っっ」


示詩は精いっぱいの理性をもってして悲鳴を飲みこんだ。

天轟は、やはり並々ならぬ迫力に満ちていた。

先ほど、その爪牙にかけられようとした時の恐怖が蘇り、示詩はぶるりと身を震わせたが、持ち前の気の強さでなんとかその場を離れずに済んだ。


「お、大きくて、とても強そうな騎竜ですわね。それに、聡明そうで…」

「これはお褒めにあずかり恐悦至極。これでいて、私が乗りこなすまでは暴れ竜として有名でしてな。騎竜となる竜はたいていが炎峰を住処とするのが、この竜は街道まで出没しよく人を襲っていたので、退治されそうなところを、私が捕らえて騎竜としたのです」

「それは見事な…陛下はお強くていらっしゃいますのね」

「いやいや、気が合った、という程度のこと。騎竜兵は皆、己の乗る竜をほとんど勘のようなもので選ぶゆえ、大したことではござらんよ」


そう座龍が謙遜すると、隣の天轟は不満そうに「ぎぃ」と鳴いた。

まるで人間の言葉を解するかのように表情豊かな竜に一瞬親しみがわいた示詩であったが、初めてまともに目にする竜に、それ以上近づくことは叶わなかった。

何しろ、恐ろしい。

これまでなるべく見ないようにしていたのが、明るみに出て間近で見ると、恐ろしさとともに、竜という生き物の隅々までがすべて見て取れてしまう。

竜は、蜥蜴を大きくして二足歩行を可能にしたような体形で、首から腹にかけての影になっている白い部分以外は、すべて苔色の乾いた鱗で覆われていた。

足と手は二本ずつあり、どちらも頑強な筋肉で構成されてはいるが、短い。

指は三本で、爪はよく研いだ小刀のように鋭く光っている。

頑丈な顎の上の口からは伸びた牙が二本ずつはみ出ており、さらにその上に乗っている大きな目玉は、燃え盛る炎のように赤く、猛禽類独特の凶暴さが秘められた瞳だった。


―――ま、まともに見ていられませんわ…。このような生き物と、これから毎日顔をつき合わせていかねばならぬというのでしょうか…


目を反らし、そんなはずはないと頭では考える示詩だったが、実際、これほどに歳火に定着している竜の文化を目の当たりにしてしまうと、さほど楽観はできない気がしてきた。


「しかし、歳火国王。一体どうして、山道を通って遠回りをする必要があったのでしょうか。我が姫は、とてもお辛い思いをなされてここまでたどり着いたというのに、さらにこのような場での歓待とは…」


座龍が示詩に詳しく説明を述べているのに便乗し、護衛隊長が口を挟んだ。

確かにそれは国にとって重大な事であったが、聞き方が悪かったのか、座龍は「それは後に陳謝と共に詳しく書状にしたためるゆえ、ここでの解答は遠慮させていただきたい」と素気無く断った。

もう少し頭の回る物言いをしてほしいと思った示詩だったが、もう何も言うまい、とこっそりため息をついて己の国の落ち度を嘆いた。

そして、結局、示詩付きの侍女だった縫自が不在のまま、天幕にて儀式が行われるとの説明が下された。

示詩にとって認識したくなかった事実であったが、やはり婚儀は天幕内で行われるとのことだった。

歳火では緋翔林で天幕を張り婚儀を執り行う伝統があるらしく、その慣習は、遡れば歳火国の建国時にまで行き着くらしい。

示詩が参考とした「歳火国見聞録」にはそこまで詳しい記述がなかったし、仕入れた情報も細部までには至らない物だったので、それが真実かどうか示詩には判断できなかった。

しかし、いかな伝統的作法とはいえ、あまりに質素で地味な婚礼の儀に、示詩は納得のいかない気持ちで天幕に座していた。


(そうはいっても、もう嫁いでしまってはこちらに従うしか術がないのですわ)


薄暗い天幕内をぼうっと照らす蝋燭の火を見ながら、示詩は目の前に座している己が夫を意識しないように気を張っていた。


「では御両人、準備はよろしいですかな?」


先ほどの熊男、名を燈源とうげんと名乗る男が、顔を皺皺にして笑いかけてきた。


「しからばこれより、神前にて、歳火国王座龍様、そして王妃となられる赤社国の一の姫、示詩様の婚礼の儀を執り行いましょう」


示詩が驚いたことにこの髭面のでっぷりとした男は、歳火国における最高神官なのだという。

「我が良き理解者であり、尊敬する叔父でもある」と座龍が紹介した通り、元々は王位継承権を持った先代王の弟だった。

そんな人物に対して、示詩は失態の限りを尽くしてしまった先ほどの自分に果てしなく後悔していた。

だが、言い訳が許されるのならば、彼はどう見ても神官には見えなかった。

せいぜいが、身分の高い豪族、といった印象だ。

下位の身分であれお高くとまった神官が多い赤社では、絶対に考えられないほどの気安さに、示詩もつい油断してしまったのだ。

事前の打ち合わせや、歳火からの書状にあった指示を覚えてきたこともあり、婚儀は無事滞りなく行われた。

だが、騎竜を使った獣狩りや、騎竜同士を戦わせるなどの野蛮な祭礼もあり、示詩はますますこの先の不安を思って表情を暗くさせた。

その間、唯一の救いだったのは、夫となる歳火国王座龍が、優しく噛み砕いた説明をしてくれたり、示詩をたっぷり褒めあげてくれたことだった。

国元では不遇な扱いや罵りを受けることも多かった示詩だが、外見にはかなりの自信を持っていたので、その頼みとするところが実りそうでほっとしていた。

だが、ちくりと胸を指すしこりがあるのもまた事実だった。


―――これほど理想とする殿方を前にして、私は普段の私のままで望みを遂げられるのかしら。


己の目的は王位簒奪だったはず。

しかし、眩いばかりの座龍の笑顔が向けられるたび、体のどこか奥の方が熱くなり、なにも考えられなくなっていた。


―――私は、…私はこの方に心を奪われたとでも言いますの?私はこのようなことで恋情にひれ伏してしまうような人間だったのでしょうか…


座龍の、謎めいた深い赤の瞳に見つめられるたび、肌がぞわりと泡立つようだった。

それは心地よくもあるのだが、どこかに気を許せないような得体の知れなさも感じられた。


「示詩殿、あれに見えるは、我が城、緋竜城。貴殿の住処となる場所です」

「あれが歳火の…」


馬車の窓から見える、首都・郡雷の中心にそびえる塔。

それがかの有名な緋竜城だ。

噂通り、外壁は全て朱色の塗料で塗られており、遠目で見ると、まるで城全体が燃え盛っているかのようだ。

婚儀は長いようで短く終わり、丁度昼下がりから夕刻にかけての時間で王都に到着した。

華麗というよりは厳重といった作りの馬車に座龍と揃って乗り込み、乗り心地の微妙な座席で揺られること一刻半。てっきり国民へのお披露目もかねての同乗かと思いきや、馬車はむしろ人目のつかない裏通りのような所を通っていった。

歳火の王城へ通じる大通りは大変な賑わいで、いくつもの出店が並び、様々な国から来たもので溢れ返ると行商人に聞いていた示詩だった。

見るのを楽しみとしていた節もあって少し残念に思い、加えて、お披露目の行進も見せないとなると、歳火の意図を勘ぐるのも已むなし、むしろ当然の成り行きといえた。


―――何かがおかしい。


分かってはいても、歳火の王には隙というものが見つからず、何を聞いても上辺だけで、遠まわしにごまかされる始末だった。

最初こそ、座龍のあまりの男振りに浮わついていた示詩だったが、出会ってからの言動、所作、態度などから、少しずつ冷静さを取り戻し、疑いを抱き始めていた。


王城につくと、驚いたことに、赤社の伴の者たちは皆帰された。

これにはさすがの示詩もしおらしい美姫など演じてはおられず、強い調子で訴え出た。


「これはどうしたことですの!?陛下!!私は、誰からもこのような話、聞かされておりませんわ!」


座龍は表情だけはすまなそうに装って、懐から一通の書状を取り出した。


「それは、大変ご無礼をいたした、示詩殿。しかし、困りましたなぁ…私は、事前に貴殿の元へ、その旨をしたためた書状を送っておりまして…して、このように返事も頂戴いたしたゆえ、指示を出した次第にて」


示詩は、急いでひったくりたい気持ちを鎮めながら、姫らしい優雅さを保って書状を受け取った。

見れば、確かにそれは父である律草の筆跡であり、ご丁寧に押韻も添えられてあった。


―――はめられた!


律草は示詩の反抗を予想して、歳火側の主張を一部しか話していなかったのだ。

額面通りに信用してはいなかったものの、まさか伴の者を一人もつけられず輿入れするとは想像だにしていなかった。

寵愛を失ったとはいえ、仮にも血を分けた実の娘を、身売り同然のように他国へ送り出すとは…。


「ご理解いただけましたかな?」


したり顔の座龍に睨み返すことも出来ず、示詩は不本意な怒りを抱えたまま、無表情で書状を返した。

座龍は、受け取ったと同時に示詩の身柄を家臣へと引き渡し、そのまま奥の王城内へ一人歩み去った。

その間、示詩は城の説明や今後の予定などについて家臣から説明を受けていたが、何一つ頭には入っていなかった。


―――味方の一人もいないまま、どうやって王位転覆を図れるというのでしょう。


問題はそこだった。

元々頼りになるかならないか分からない家臣とはいえ、間諜の真似ごとくらいは朝飯前に出来る者たちばかりだった。その上、赤社側、つまり国王自身に協力の姿勢がないとなれば、ますます動くことが困難となる。

もともと煙たがられ孤独に慣れている示詩ではあったが、今は真の意味で孤立無援と化してしまっていた。


「姫様、よろしいでしょうか。……姫様?」

「え…」


幾度か呼びかけられたところで、示詩はようやく気がついた。

何を話していたのかはまったく分からなかったが、後で詳しく聞くことを選択した。

もう、これ以上は睡眠もなしに何かを受け入れられるような余裕がなかったのだ。


「ええ、私はもう下がります。寝所はどちらになりますの」


分かっているのか分かっていないのか不安そうにしていた家臣は、突然しっかりとした口調で話し出した示詩の様子にほっと息をついていた。


「では、ご案内させていただきます。こちらへ」


王城内は、見た目の派手さとは裏腹に、ともかく質素だった。

ときどき漆喰を彩っている壁画は、自国の強さを表し、他国の者へ対する脅しの様な内容で、芸術性のかけらもなく、示詩を落胆させた。

石造りなのかと思いきや木造で、太い柱を支柱とし、中心が吹き抜けとなって上の階まで続いていた。

寝所はその一番上の階のようだった。

城門から入って奥にある階段を五回登ると、吹き抜けではない広い部屋が用意されており、そこは下の階の地味な様子が嘘のように派手だった。

一言で言うと、悪趣味である。


「む、無理ですわ、私、このようなところで体を休められませんわ!」


動揺がつい口をついて出た。

さもありなん、その一室は、どこまでいっても黄一色。

壁も床も柱も、全てが黄色で塗られているのだ。それも、淡い色ではない。勢いのある火のような、朱に近い黄。緋色である。

窓や調度品は流石に別の色であったが、それにしても目立つことこの上ない。

炎の中に放り込まれたような錯覚にまで陥った。


「そ、即刻、別の部屋を用意してください、それでないなら…」


さらに言い募ろうと後ろを向くと、いつのまにか、案内をした家臣の姿が消えていた。

示詩は冷や汗を浮かばせて階下へ戻ろうとしたが、鋭い声がそれを制止した。


「どこにいかれるおつもりで?赤社の姫君」


よく通る明朗な声は、馬車の中までは夢見心地で聞いていたはずの声だった。


「座龍…国王陛下」


見れば、入って右側の奥にある扉から、先ほど姿を消した座龍が、先ほどよりは緩い格好で姿を見せた。


「そのように堅苦しい名称でお呼びなさるな、示詩殿。貴殿には麗しい声で名を呼んで…」

「私、このような部屋では体が休まりませんわ!どうぞ、今日だけは別の部屋を用意していただけませんでしょうか、陛下」


座龍の声を遮って、示詩は必死に訴えた。

それは、切実さを伴って悲鳴に近い声となり、広い部屋に響き渡った。

座龍は口元に薄い笑みを浮かべて、ふっと短く息をつくと、野卑な所作でどっかと長椅子に腰を下ろした。


「まったく、我がまま姫の噂だけは真じゃねぇ方が助かったんだがなぁ…」


背もたれに腕をかけて天を仰ぐ様子に、示詩は思わず目を見張った。


―――これは、誰!?


今まで目にしてきた座龍という人物とは別人のような男が、示詩の目の前で盃を手にとって酒を注ぎ始めた。

見るからに野蛮なその動作に、示詩は自分が何を目にしているのか一瞬理解できなくなった。


「部屋を変えろといったって、ここが俺の部屋だ。そしてあんたは、これから新床を迎える俺の花嫁ときてる。さすがに通る言い分じゃないと思わねぇかい?」

「座龍…国王陛下……貴方はっ…!?」


その示詩の驚き様に溜飲を下げたのか、座龍ははっはっはっと快活な声で笑い出した。


「いや、悪ぃ悪ぃ。驚いたかい?あんたを騙すつもりはなかったんだ、あんたについてきた奴らの方は騙すつもりでいたがね。元々すぐ追っ払うつもりだったもんで、錆びついちまった教養ってのを引きずり出して、めいっぱい化けの皮被らせてもらったわけだが…」

「………」

「さすがに刺激が強すぎたかい、お姫さん?」


示詩の視界は、それっきり黒くなって途絶えた。


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