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うきぐもがたり  作者: towa
第三章 緋竜城の愉快な面々
11/25

其の四 担う者たち

爆発音を耳にした示詩と座龍は、取り合えず事情の説明よりも原因を探ることを優先させた。

しぶしぶといった体の示詩とは反対に、座龍は焦っているような素振りで足を速めさせていた。


「ったく、あいつら…。俺が塔にいる間に何か起こったら、全部俺の責任になっちまうじゃねぇか」


不貞腐れた表情でぶつくさと口にしている座龍を横目に、示詩は暗い廊下を歩きながら、はて、と首を傾げた。


「それはどういうことでしょうか?陛下はこの国においての最高権威をお持ちのお方。でしたら、この件を不問にするなど造作もないはずでは?」

「それが今回、俺は無理やり権力を行使して勝手にこの塔へ入ったって筋書きになってる。その場合、責任の所在は沃賀にはねぇのさ。…だからここに連れてくる前に、見つからねえように手はずを整えといたってぇのに、竜脊はまったく…」

「……?」


またも独り言のようにぶつぶつ言いだした座龍には、今なにを聞いても空返事以外は期待できそうにない。

示詩は早々に見切りをつけて、歩幅の違う座龍についていくことに専念した。

そのとき、何かが近くをよぎるような気配を感じたのだが、振り返っても前を見ても変わったところはなかったので、不気味に思いながらも座龍の背中を追うことにした。

塔の廊下は薄暗く窮屈で、先の見えない不安を駆り立てるようだった。






「おい、緋仔。てめぇ、またやらかしやがったな」


第二研究室にたどり着いた座龍は、扉を開いて開口一番に恫喝した。


「あれほど大人しくしてろと言ったじゃねぇか。その耳は飾りか?沃賀に今隙を見せちまったら、お前はここに居られなくなるかもしれねぇんだぞ」


声は低く唸るようだったが、どちらかと言うと、王としての苦言、というよりは、親しい友人か何かのような情の深さが感じられる。


「そ、そ、そんなことを言われてもですねぇ、あんたの息子がまっっったく言うことを聞かねぇからこんなことになったのであって、ぼ、ぼくはむしろ被害者であって…」


示詩の耳には、先ほどの得体の知れない眼鏡男のしどろもどろな声が届いていたが、それがどこから聞こえてくるのかは見当もつかない。

何しろ、第二研究室は、扉を開けた時から一面が白煙で覆い尽くされていて、何がどこにあって誰がどこにいるのか全く分からない状態となっていた。


「竜の卵に、卵に触らせろって聞かないから、この王子サマが。だ、だから、ぼくは。必死に止めようとしたワケですよ、ええ、ぼくはぼくなりに必死にやったワケですよ。でも、でも王子様は、そりゃもう容赦がないワケでして、逃げ回ってたら薬壺かなんかに、ぶ、ぶつかって、ドッカーーーン!!ってね。ドッカーーーン!!ギャハハハハハハハハ…………笑えねーなこれ、今笑ったけど」


座龍はそれを聞いて、がしがしがし、と乱暴に頭をかくと、ことさらに大きな声で「竜脊っ」と己が息子を呼び立てた。


「父上」


白煙の向こうから、幼い声の、冷静な返事がすぐに返ってきた。


「俺は今朝、お前に『俺が行くまで待っていろ』とは言わなかったか」

「…聞いてない」

「そんなはずはあるまいよ。お前は『はい』と返事をした。そうだろ?」

「…覚えがない」

「そいつは道理が通らねぇ。お前は俺が『母上と一緒でなければ許可しない』って言ったのを覚えてたんで、示詩を伴って竜舎へ向かったんだろうが?そんなら、そのあとに言った待ってろって言葉を覚えていられねえとは、おかしいじゃねぇか」

「覚えがないものは、覚えがない!」


あくまで強情を張る竜脊の態度に、座龍がふっと息を吐き出して俯いた。てっきり呆れ返ったものと思っていた示詩は、次の瞬間の座龍の行動にぎょっとした。


「ざ、座龍陛下!?」


慌てて呼びかける示詩には目もくれず、座龍は腰に下げていた剣帯の鞘から、上背ほども長さがある両刃の剣を取り出した。見事な意匠が施された、大ぶりの剣である。


「陽炎!!」


鋭く叫ぶと、どこかから風が流れてきた。

こんな重厚な壁の隙間から漏れてくるはずもない、と驚くのもつかの間、座龍は狭い部屋で長剣を器用に一振りして、流れてくる風の威力を倍にすると、一瞬で室内の白煙を消し去ってしまった。


「な、なんということ…」


絶句する示詩の脇を、座龍が剣を収めながら通り過ぎる。

一気に視界の良くなった研究室の中央の方に、両腕と上半身で竜の卵を隠すように丸くなっている男と、竜脊の体をぎゅっと抱きしめて座り込んでいる桃衣の姿が現れた。


「強情なのは、『あいつ』の血か俺の血か知らねぇが……」


そう言って、座龍は前触れもなく竜脊の体を持ち上げると、思いっきり殴りつけた。


―――ドカッ!


「ぐああっ!!」


竜脊の小さな体は木の葉のように宙を舞い、そのまま研究室の壁にぶつかって落ちた。


「陛下!!」

「こ、国王陛下!?」


叫ぶ女達の声が耳に入っているのかいないのか、座龍はニカっと笑みすら浮かべて倒れ伏した息子に言った。


「状況が見えねえ生意気は、ただの馬鹿になりかねねぇぞ、竜脊。痛くて悔しいんなら、もっと賢く我を張るこった。分かったか、バカ息子」


正面に立ちふさがる壁のような父親を、小さな息子はきっ、と睨みつける。震える体は投げ出された衝撃によってすぐにでも倒れてしまいそうだったが、竜脊はよろよろと立ちあがって壁に打ち付けた肩を抑えた。


「嫌だ……父上のように、…賢く我を張って手遅れになるのは、絶対に嫌だ!!」


子供とも思えぬ叫び声は、王子らしからぬ乱暴な口調になっていた。

あくまで反抗的な息子を、座龍はつ、と片眉を動かして口元で嘲笑う。


「ほざくじゃねえか、木端のように軽々と飛んでった餓鬼が。言っておくが、今のお前は手遅れ以前の問題だ。俺に啖呵を切りてえのなら、まず同じ土俵に立つことから始めな」


容赦のない、手厳しい言葉だった。

竜脊は、辛そうに青ざめさせていた顔をみるみるうちに赤くさせていった。

肩を抑えている手には皮膚に食い込むほどの力をこめられ、燃え立つ若草色の瞳がきらりと光る。そして、頼りない足元にぐっと重心が置かれ始めた。


―――まずいですわ!


示詩は予感していた。

おそらく竜脊が座龍に飛びかかるつもりであろうことを。

なぜそうしたのかは分からない。

けれど示詩は、竜脊が体勢を変える前に、とっさに座龍との間にその身を躍らせていた。


「竜脊様、おやめなさいまし!」

「!?」


突然割り込んできた新しい母親に竜脊はつかの間怯んだが、しかし意思を曲げるつもりはないらしい。

腰をかがめて重心を低くすると、示詩が前に居るのにも構わず竜脊は飛び出していった。


「うあああ!!」


ぶつかる、と示詩が身構えた時だった。


「陽炎!光野こうや!」

「はっ」


座龍の声に、どこかから応える声があがった。

それが分かると同時に、示詩の体は突然何かに抱えられて宙へ浮き上がった。


「え!?」


見れば、生成り色の衣装に身を包んだ、目元以外を布で覆った人物が示詩の体を抱えて、瞬時に座龍の方へと飛び退っていた。


「そ、そなた…!?」

「………」


示詩の困惑した声にはぴくりとも反応を見せず、覆面の男はそっと示詩を地面へ下ろす。もう一声かけようとしたところに、示詩の耳にけたたましい声が流れこんできた。


「放せ、放せぇ、光野!貴様、タコ殴りにするぞ!それから海へ流すぞ!」

「りゅ、竜脊様、お願いですから、お静かに!私たちがここへいることは極秘なのであってですな…」


見れば、緋色の衣装に身を包んだ金髪の若者が、暴れる竜脊の体を羽交い締めにして持ち上げ、弱り果てた様子で諌めていた。

唖然と口を開けてそれを見ていると、いつの間にか桃衣が横に駆けつけてきて、布巾を取り出し、衣装についた汚れをはたいていた。


「せ、正妃様、ご無事でようございました!私、心配で心配で、もう少しで卒倒するかと……」

「ええ、桃衣、ですが私より、竜脊様のお体の具合の方が深刻でしてよ。あのような小さき身で陛下のお力を一身に受けてしまったのですから…」

「そ、そうでございました!……あっ、ですが正妃様、それならきっと心配には及びません、陽炎様が居られますゆえ。陽炎様は、治癒の知識では並ぶものなきお人だそうですよ」

「陽炎?」


桃衣の言葉にまたもワケが分からなくなりそうになった示詩に、上から座龍が声をかけてきた。


「お姫さんには紹介がまだだったな。本当ならもっと然るべき場を用意するつもりだったんだが、こうなったら仕方がねぇ。…こいつらは俺の腹心の『陽炎かげろう』と『光野こうや』だ。あんたの役に立つこともあるだろう、覚えといてやってくれ」


そう言って座龍が陽炎と光野に目配せすると、二人は素早く示詩の前までやってきて、片膝をつき、頭を垂れた。


「お初にお目にかかります、正妃様。私は光野と申す者。国王陛下の近衛を務めさせていただいております。以後、お見知りおきを」


抱えられていた竜脊の身はいつの間にか陽炎に渡されており、陽炎はどういう業を持ってしているのか、暴れる竜脊を片腕で抑えて示詩に膝をついていた。


「同じく、陽炎」


丁寧で教養が窺える口調の光野と違って、陽炎の言葉はぶっきらぼうかつ簡潔だった。

まるで対照的な二人を交互に見て、示詩は座龍に強い視線をやった。


「陛下。そろそろ教えて頂きたく存じます。私をここへお連れになられたのは何故でございましょうか」


二人の腹心の部下を連れて来ていたことで、示詩はここへ来たのがただ息子の我がままに付き合っただけではないという事実に思い当たった。

そして、やはり、目の前の夫が、底の知れない人物かもしれない、ということにも思い至り始めていた。

だが、身を固くさせた示詩の様子とは裏腹に、座龍はあくまで飄々とした態度でこれに応じた。


「そういや、まだ教えていなかったか。だが、そんなに大した理由はねえんだ、これが。ただ、俺は、あんたにこの緋仔って男を会わせておきたかったのさ」

「緋仔?」


座龍が振り向いた先には、未だに前かがみになって大事そうに卵を抱えている、みすぼらしい男の姿があった。


「あの男は……?」

「あいつはな、実力で言やぁ、この国に置いて右に出る者のいない竜学士さ。俗に言う天才ってやつだ」

「あ、あの者が…ですか」


恐ろしく挙動不審な、風体の怪しい外見を見る限りでは、示詩にはとてもそうとは思えない。


「まあ、見かけや言動はちっとおかしいかもしれねぇが、あいつは間違いなくこの国一竜に詳しい。沃賀のじいさんなんぞ、目じゃねえほどに…な」

「それは…」


軽く目配せしてきた座龍の意図を、示詩はすぐに読み取った。

さきほど、応接室で二人きりで話していたことが思い出される。


―――沃賀を好きにさせてんのも、竜脊を放っておいてるのも、今はまだ機が熟してねえからだ。姫さんが言ったことはまったく骨身に染みる言葉だが、残念ながら今の俺にできることは限られてる。


「今はまだ、優秀な一介の竜学士に過ぎねえ。だが、今にあいつは、誰にも成しえなかったことをやらかしちまうだろうぜ。それを待ってみるってのも、中々オツなもんだと思わねえかい?」


―――今はまだ。


示詩には、座龍の思惑が手に取るように見え始めていた。

要するに、ここにいる者達は、皆、将来において歳火の重要な役目を担う者たちかもしれない、ということではないか。

そして、この場に示詩を呼んだ、座龍のその意思とは―――。


「私を、どうしようと言われるのですか、陛下」

「おっと、そんなにおっかねえ顔はよしてくれ。あんたには何もするつもりはねぇさ。……今はまだ、な」

「私とて、やられたままで居るつもりはありませんわよ」

「へっ、面白い。あんたは本当に面白いよ、お姫さん」


つかの間、男と女の視線に緊張が走った。


「あ、も、申し遅れました、わ、わたくし、緋仔、緋仔と申します、王妃さま!!おみしりおきをお願いします!あんなひひじじいなんかより、ぼ、ぼ、ボクの方が、将来性ありますんで、一つよろしくお願いいたしますよ、へ、へへへへへっ」


突然、緊張の糸を途切れさせるように、緋仔が二人の間に割り込んできた。


「こら、緋仔!正妃様にあまり近づくんじゃない!」


そこへ、光野がやってきて無理やり緋仔の体を引きはがす。


「な、なにを、ぼ、ぼ、ボクは、せいひ様にちょっと、あ、挨拶しただけ、だけですけど!?」

「挨拶はいい、お前の態度が問題なのだ!正妃様の御前でその見苦しい顔を近づけるんじゃない!」

「なななな、なにが見苦しい……み、見苦しい!?お、俺、見苦しい!?」

「鏡を見て来い、まったく」


ぎゃんぎゃんと言いあいを始めた二人の脇では、陽炎が黙々と竜脊の治療に当たっていた。

どういう業を使ったのか、見ていなかったことが悔やまれるほど、竜脊の体からは傷が引き、青白かった顔も元の血色のよい様子に戻っていた。

示詩は、そっと隣に立つ夫を盗み見た。

光野と緋仔の言いあいをからからと大口を開けて笑っているその顔からは、何の思惑も見て取れそうにはない。

だが、自分が何かの思惑に組み込まれ始めていることだけは、示詩にはひしひしと感じ取られていた。

おそらく、一筋縄ではいかないような何かに、巻き込まれ始めているのでは、と。


「正妃様、お早く御戻りになりませんと、ここは危のうございます」

「そうさな、姫さんはもう戻った方がいい。馬車ならさっきのを使いな。くれぐれも気をつけて行くんだぜ」


桃衣が促した所で、示詩は部屋へ戻るように言い渡された。

座龍の有無を言わせないような口調から、どうやらこれ以上示詩がここにいることに不都合があるらしいことが予測された。


竜研究塔。竜学士。沃賀。緋仔。竜脊。そして、座龍の腹心の者達…。


それと自分がどう関わっていくのかを頭の中で巡らせながら、示詩は竜研究塔を後にしたのだった。


暗い研究塔から外へ出ると、目を刺すような眩しい光が視界を覆った。

座龍一行は馬車に乗り込み、早々に陰惨で得体の知れない塔を離れた。

その様子を、塔の影から探っている姿があったことには、入口で見送っている緋仔だけが気づいていた。











第三章 緋竜城の愉快な面々・了






れ、恋愛……恋愛要素は、どこに……

もうしばらくお待ちください……

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