最後の舞踏会
更新は、平日の夜9時です。
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第一話
『最後の舞踏会』
帝都エルディア。
冬。
ヴァルグレイス公爵家の馬車が、皇城へ向かっていた。
窓の外では雪が降っている。
白い雪が石畳を覆い、
街灯の明かりが淡く滲んで見えた。
セレナ・ヴァルグレイスは静かに窓の外を眺めていた。
十七歳。
皇太子妃候補。
帝国最高の令嬢。
そう呼ばれる立場だった。
だが今夜。
なぜか胸騒ぎがしていた。
「お嬢様」
向かいに座る侍女のエミリアが小さく声をかける。
「少しお顔の色が優れません」
「そうかしら」
「はい」
「大丈夫よ」
セレナは微笑んだ。
完璧な微笑みだった。
鏡の前で何百回も練習した笑顔。
相手を安心させるための笑顔。
自分の本心を隠すための笑顔。
エミリアは少しだけ困ったような顔をした。
「……本当に?」
「ええ」
それ以上の言葉は続かなかった。
馬車の中は静かになる。
セレナは窓へ視線を戻した。
雪が降っている。
綺麗だと思った。
だが同時に。
その感想を誰かと共有したいとも思った。
――綺麗ね。
そう言える相手はいるだろうか。
少し考えて。
答えは出なかった。
幼い頃から勉強ばかりだった。
政治。
外交。
財務。
礼儀作法。
魔法薬学。
帝国の未来を支える皇太子妃になるために。
父は厳しかった。
母は優しかった。
だが二人とも忙しかった。
友人はほとんどいなかった。
必要なかった。
そう思っていた。
思い込もうとしていた。
「寂しい」
そんな感情は贅沢だと教えられてきたから。
馬車が止まった。
皇城に到着したのである。
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大広間にはすでに多くの貴族が集まっていた。
シャンデリアが輝いている。
音楽が流れている。
笑い声が響く。
華やかな世界。
帝国の中心。
セレナは姿勢を正した。
ここから先は公爵令嬢だ。
個人ではない。
ヴァルグレイス家の娘であり、
未来の皇太子妃でなければならない。
「セレナ様」
貴族たちが頭を下げる。
「今夜もお美しい」
「光栄です」
「お会いできて嬉しいです」
「ありがとうございます」
完璧な受け答え。
誰もが称賛する。
誰もが羨む。
誰もが憧れる。
だが。
誰一人として。
彼女に
「元気ですか」
とは聞かない。
聞く必要がない。
セレナは完璧だから。
弱ったりしない。
傷ついたりしない。
泣いたりしない。
みんなそう思っている。
だから誰も近づいてこない。
まるで美しい彫像のように。
遠くから眺めるだけだ。
その時。
視線を感じた。
振り向く。
青紫の瞳。
白銀の髪。
ユリウス・リュミエールだった。
「相変わらず人気者だな」
「皮肉?」
「事実だ」
彼は肩をすくめた。
「誰も君に本当の意味で近づこうとしない」
セレナは少しだけ眉を動かした。
鋭い。
相変わらず。
この男だけは。
時々。
見透かしたようなことを言う。
「それは私の責任よ」
「そうか?」
「私が近づきにくいのでしょう」
「違うな」
ユリウスは即答した。
「みんな勝手に怯えているだけだ」
そして。
少しだけ視線を逸らす。
「君は昔から変わらない」
その言葉に。
なぜか胸が痛んだ。
昔。
まだ子供だった頃。
庭園で本を読んでいた日々。
あの頃は。
もう少し笑えていた気がする。
だが。
思い出そうとしても。
うまく思い出せなかった。
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夜会が始まる。
音楽。
ダンス。
社交。
政治。
噂。
駆け引き。
すべてが混ざり合う。
その中でセレナはふと思う。
私は何のためにここにいるのだろう。
皇太子妃になるため。
帝国のため。
家のため。
それは分かる。
では。
セレナ・ヴァルグレイス自身は。
何を望んでいるのだろう。
答えが出ない。
いつからだろう。
自分の願いを考えなくなったのは。
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ふと視線を上げる。
大広間の中央。
皇太子がいた。
周囲には改革派貴族たち。
何かを話している。
表情が硬い。
空気がおかしい。
ざわめき。
視線。
不穏な気配。
胸騒ぎが強くなる。
理由は分からない。
だが。
風向きが変わった。
そんな気がした。
そして。
セレナはまだ知らない。
今夜が。
彼女の人生の終わりであり。
本当の人生の始まりになることを。
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第一話はここで終わりです。
断罪は第二話冒頭になります。
更新は、平日の夜9時です。




