表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 義倉 茶房

 珍しく、私を訪ねる人があった。

 その人は、迎え入れて早々に、私はロイドになりたいのだと言った。そうか、と私は答えた。何故なりたいのかと問う。答えはない。ふむ、少しだけ悩む。何故そんなにロイドになりたいと思い、何故私を訪ねたのか。別に私は、彼に詳しいわけではない。

 だが、そのまま帰すのも酷かと思い、私は一つ、質問してみることにした。

「あなたは、アイーザが好きかい?」

 その問いを聞いたその人は、目を見開いて呼吸を失くした。おや?と、私は思った。私は特に何かを言うでもなく、相手の答えを待った。明るかったような気がしていたが、いつの間にか周囲は薄暗くなっていた。漸く答えが返ってきたのは、そんな頃だった。

「いいえ」

 たった三文字だ。その三文字に、その人はそれ程までの時間を要したのだ。余程答え難いものだったのだろうか。不思議に思いながら、そうか…と返した。夏の夕暮れのような明るさと、匂いと、音がする。暗く、少しだけ眩しいその場所で、私は口を開いた。

「それなら君は、ロイドにはなれないよ」

「何故ですか?アイーザを好きにはなれませんが、他の誰かを愛することはできます」

 それこそ、ロイドがアイーザを愛するように…。真っ直ぐな目だった。濁りがなく、澄んでいて、焦げ茶色だろうか。在り来りな色の目だった。

「だから無理なんだ。ロイドが誰かを、アイーザ以外を愛するなんて、有り得ない」

 私は、それ以外の理由も、答えも持たない。だが、はっきりと否定できる言葉だ。君は、ロイドにはなれないと、目の前に突き付けられる、唯一の凶器だ。

「あのロイドが、アイーザ以外を求めると思っているのかい?ロイドがどれ程、アイーザを求めてきたのか、君は知らないのだろう」

 その人は、愕然とした顔をして、項垂れた。

「君は一つ、勘違いをしている。ロイドはね、アイーザ『が』好きなんじゃない。アイーザ『しか』求めていない。アイーザの愛じゃないんだ。アイーザだけなんだ」

 彼は別に、純真な青年ではない。私には真っ直ぐに見えるが、他人から見たら、時に曲がりくねっているかもしれない。直線のようで、大きく捻れて歪んで、それでもアイーザだけだから、私にはそう見えるのかもしれない。それがロイドだ。

「まぁ、私個人の意見だがね」

 これ以上は踏み込んでほしくなかった。私は、踏み込まれても言葉を持たない。運の良いことに、その人はそれだけで諦め、この場を後にした。

 何故私だったのか…。私は溜息をついた。


 また、訪ね人があった。また来たのか…。普段来ないものがこうも続くと、驚きよりも嫌気が勝る。仕方なく出迎えた。

 また君か…、諦めたと思ったのに。声には出さずとも、心の中で毒づいた。またロイドになりたいと世迷い言を話すのだろうか。目眩がした。しかし、意外にも今回の問いは別のものだった。

「私は、アイーザになりたいんです」

 またか…。そして、ロイドが駄目ならアイーザか。そうかそうか。

「なんでまたアイーザなんだ?」

 私は問うた。あんな生き難いものに、何故態々なりたがる。純粋な興味もあった。

「羨ましいじゃないですか。彼は、何でも持っているでしょう?」

 さも当然だと、訪ね人は答えた。

 成る程、確かに。その答えには一理ある。確かに持っているだろう。美しい顔も、恵まれた身体も、良く回る頭も、力も、何でも持っている…ように見えるだろう。だが、私はアレほど、己の渇きを知っている者も居ないと思うのだ。

「もし、君がアイーザになったとして、何が欲しいんだい」

「全部。あの顔と身体があれば、誰からも好かれるでしょう?」

 アレを好きだという物好きは、この世に一人だと思うが…。

「そうか、君はアイーザが、誰からも好かれるような人物に見えるのか…」

 広角が上がる。肩が上下し、声がスタッカートのように途切れて漏れる。そんな男に、見えるのか…。アレが。

「残念ながら、君はアイーザにもなれないね」

 私の答えに、訪ね人は眉間に皺を寄せる。何故だ?と、言葉にせずとも問うている。ある意味、こいつも物好きなのだろう。

「アイーザが、何でも持っている?彼奴程、砂漠という言葉が似合う男もいないだろうに…」

 泰然自若のようでいて、無欲恬淡のようでいて、いつも飢えている。アイーザは、宿り木のような男だ。常に誰かに依存して、誰かの熱を感じていなければ、あの男は生きてはいけない。その執着は狂気に似て、そんな物騒なものを懐に抱えて生きるのは、本当に心が折れるだろう。余程酔狂な人物なら別だが。

 月も星もない砂漠に一人。在るのは乾いた砂と骸ばかりのその場所で、一滴の水を求めて彷徨う覚悟が、君にはあるかい?あの男が抱えるものは、そういうものだ。そして、君がアイーザになったとき、求める者がロイドとは限らない。存在するかも知れない者を探し、永い時を彷徨う覚悟が、君にはできるだろうか。そして、残念ながら、手に入ったとて、その渇きが癒えることはない。更に増すだろう。愛しい者に縋りながら、それでも指の腹の皮膚を擦り減らし、血を流し、歯を食いしばりながら、それでも広角を上げるのだ。その腕に大切に抱えながら、壊れぬよう、逃げないように閉じ込めて、飢えを隠して生きるのだ。

「君には、それができるかい?」

 首を横に振った。だろうねと、私も頷いた。

 重そうに足を引きずる背中を見送って、私は息を一つ吐いた。私に聞いて、どうしたいのだろう。「しらん」の一言で片付けられたら、どれ程楽か。だが、そうもできないのが、なんとも居心地が悪い。

 もう二度と来るな。そう毒づいて、私は戸を閉めた。


 二度あることは三度ある。また来たのだ。

 今度はルネかと思ったら、本当にそうだった。少し肩透かしだ。ロイドだったら、少しは笑えたのに。

「なんでルネだ?」

 私は問うた。

「アイーザと同じで、全てを持っていながら、彼のほうが自由そうだろう?」

 そう言った。成る程な、確かに奴が背負う荷物など何も無いだろう。だが、それが自由なのかと問われれば、私は否と答える。

「あの男が、自由に生きているように見えるのか…」

 灰色掛かった茶褐色が、視界の端で僅かに揺れた…ような気がした。気の所為だろう。

 何を定義として自由とするのか、私は知らない。だが、ルネという男は決して自由ではないと、私は思っている。あの男に対する答えを言葉にしてみたところで、全て空虚にしかならないが、返答をするなら形にせねばならない。全く持って面倒だ。

「ルネはね、自由ではないのだよ。何も無いだけだ」

 アイーザには砂漠がある。しかし、ルネには無い。

 ルネに在るのは、天と地だけだ。ただ、足がついていることだけがわかる地と、空間があることがわかる天と、空気だけがルネの世界だ。

 ルネの地は、柔らかいのか硬いのかもわからず、天がどれ程広いのかもわからぬ、色の無い世界だ。

 つまり、真っ暗なのか、だと?残念ながらそうではない。真っ暗を黒と定義した場合、本当の色の無い世界を、君は知っているか?

 ルネは知っている。彼が居るのは、そんな場所だ。

 だが、あの男はそれを、言葉にはしないだろう。伝わらぬと知っていて、故にはぐらかす。だからこそ、アイーザ(空気)がいる。アイーザも、その世界を知っているからだ。

 だが、アイーザも言葉にはしないだろう。意味がないからだ。それを言葉にしたところで、何になる。だからこそ、アイーザは語らない。だからこそ、一つが分かたれ、二つになった。

「それでもまだ、君はルネが自由だと思うかい?」

 返事は無い。そもそも、あるわけがない。どうやら訪ね人は帰ったようだ。ふぅ…と、大きく息を吐く。

 長いようで、短かった。ここまでくどくど話したが、残念ながら、私は全てを知っているわけではない。単純な話だ。

 私は彼等ではないのだから、最初から間違っている。

 これは、私の目から見た彼等の一面にしか過ぎない。不思議かい?では問おう。あなたは、自分以外の誰かの全てを知っているか?きっと誰もが、首を横に振ると思う。何故なら、自分のことすらままならぬ者が、どうして他者を語れるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ