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最強悪役令嬢と魔王が本気で殴り合ってる横で、最弱王子が紅茶飲んでます  作者: 怒れる布団


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5/6

魔王は姉妹にフルボッコ。それでもなぜか「文通からお願いします」と純愛に目覚めた件 〜ヤンデレ妹、覚醒す〜

 ルードリッヒは、不審げにアンジェリカを見た。


 彼女はいくら強くなっても所詮人間。

 たった一人で魔王に立ち向かうなど――無謀にも程がある。


(勝ちは見えている。前に負けたのはまだ力が半分しか戻っていなかっただけだ)


 ――そう思った、その瞬間。


 ぐにゃり。


 視界が、ありえない角度で歪んだ。


「……?」


 足元が揺れる。床が遠い。

 いや、近い。


(待て)


 思考が追いつくより先に、膝が折れた。


「っ――!?」


 どさり


 黒曜石の床に、あっさりと倒れ伏した。


 静寂。


(……なぜ)


 そこで、思考は止まった。


 ---------------------------------------


「な、何だ?何があった?」


 俺が驚いてアンジェリカと、ソフィアを交互に見た。


 ルードリッヒは床に倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「……え?死んだ?」


 二人は目配せして俺の質問に答えた。


「寝てるだけ」


 アンジェリカがふふんと笑う。


「いや、待て。殴り合いの途中だったよな?なんかこう……必殺魔法とか、奥義とか、使った?」


「魔法、使ってないわ。今日は魔法使わない縛りの日」


「何、その縛り!」


 ソフィアが胸を張る。


「お姉さま、作戦第3案、成功です!」


「第3案……?」

 

「お姉さまがもし、拳で不利になった場合に備えて、沢山作戦考えてました」


「そう。作戦勝ち」


 アンジェリカは倒れた魔王を見下ろし、頭を蹴飛ばした。


 よ、容赦がない…


「どんな作戦だったんだ?」


「作戦3はね…」


 そう言って、ちらりとテーブルの上を見る。


 空になった皿。

 青いリンゴのアップルパイ。


「あれよ」


「え?」


「アップルパイ」


「は???」


 アンジェリカは親指を立てた。


「魔族にしか効かない眠り薬。わりと即効性。アップルパイにしこたま入れといたの」


 俺は混乱して頭を抱えた。やっぱりなんか薬が入ってたんじゃないか!仕掛けられてのは魔王の方だったけど!


「ちょ、ちょっと待て!?

じゃあ、さっきまでの殴り合いは何だったんだよ!!」


「時間稼ぎ」


 即答だった。


「時間稼ぎ!?」


 ソフィアがニコニコしながら補足する。


「お姉さまが殴れば殴るほど、薬が回るの早くなるんですよ!」


「お前もグルか!!」


「はい!私が薬を作ったんです♡」


 ソフィア、いや、ソフィアさん、君はアンジェリカと血の繋がりがなくてもちゃんと彼女の妹だね。


 アンジェリカは少し誇らしげに言った。


「魔族の料理長と契約してたの」


 俺はまた頭痛がしてきた。


「契約?断られたんじゃなかったのか?」


「料理長としてのスカウトは断られた。

 でも彼、魔族の性で人間との契約は拒否しなかった。」


 余裕の表情でアンジェリカはエイダにもう一杯の紅茶を淹れるように命じた。


「どんな契約を…」


 俺は恐る恐る尋ねた。


「料理に眠り薬を入れてね。っていう簡単な契約。代償は私の髪の毛」


「髪!髪の毛に使い道なんかあるの!?」


アンジェリカは笑う。


「魔族との契約に髪の毛は王道でしょ?」


「そうだけども!!!」


「ターゲットが、魔王だって知ったときの料理長の顔、傑作だったわ」


 悪魔だ。魔族よりタチの悪い悪魔がいる…


「契約書にサインするときはよく読まないといけません。読まないからこんな事になるんです」


 エイダが紅茶をカップに注ぎながら意見した。


 俺にも用意してくれたので、カップを受け取る。足元には魔王が倒れたままで。


 俺はがっくり項垂れる。


「魔王を倒すという神聖な戦いがこんな策略にまみれてていいのか?」


 俺がつぶやくと


「タブーなんて知らなーい」

 

アンジェリカが笑う。


「お嬢様は勝つためならなんでもやります。」

 

うん。そうだね。エイダさん、同意するよ。


 ソフィアさんも元気よく言う。


「薬、魔族にしか効かないように作るの大変だったんですよ。息の根を止める薬も考えたんですけど努力の甲斐あって理想の薬が作れました」


 狂気だ。

 アンジェリカの言う『本の中の俺』はなにがあってソフィアさんと恋仲になったんだろうな。


 俺はテーブルに視線を落とした。


「その薬、本当に人間には無害なのか?」


 ソフィアさんが少し申し訳なさそうに首をかしげる。


「人には無害です。黙っていてごめんなさい。でも美味しかったでしょ?あの睡眠薬、アップルパイにまぜると、香りが引き立つんですよ」


 その睡眠薬、バニラエッセンスかなんかなの?!


 アンジェリカは満足そうに立ったまま紅茶を一口。


「戦いに勝つには、手段を選んではいけないわ」


「台所からの勝利だな。いい勉強になったよ。お前は本当に最強令嬢だ!!」


 半ばヤケクソで叫んだ。


 その瞬間。


「……なるほど」


 低い声がした。


 全員が一斉に振り向く。


 ルードリッヒが、半目でこちらを見ていた。ほぼ白目をむいていて気持ち悪い。


「……私は……殴り負けたのではなく……」


 アンジェリカがにっこり笑う。


「ええ。実は頭脳戦だったのよ」


「……っ」


 魔王はそのまま起き上がろうとしたがうまく体が動かせないようだ。


「あ、動かないほうがいいですよ。あの薬、頭と口はすぐクリアになりますけど、体は一ヶ月は動けないように作ってます」


 優しい言葉をかけるソフィアさん。

 言ってることは恐ろしい。


「一ヶ月、下の世話までぜーんぶお世話される魔王。自分の無様な姿を記憶に焼き付けるといいわ」


アンジェリカが追い打ちをかけた。


 ソフィアさん、その狂気の薬、魔王に恨みでもあるのかな…


 魔王は言う。


「…お前の勝ちだ。さっさと殺せ」


 しかしアンジェリカはひどく冷たい視線で、


「それを決めるのは私よ。でも殺すより面白いこと思いついたわ。魔王を脱がせて、縛って写真にとっておきましょう」


「ヤメロー!!!」


 叫んだのは俺だった。

 なんで俺がこいつの尊厳を守らないといけないんだと思いつつ。


 ソフィアさんは、俺たちを見ながらニコニコ笑い、動けない魔王の前にそっとひざまずいた。

 床に膝をつく音が、やけに冷たく響いた。


 「……ルードリッヒ様」


 呼ばれて、魔王の喉がひくりと鳴った。


 ソフィアはそっと魔王の喉元に指を滑らせる。その白く細い指先は少し震えていた。


 「このまま…首でも締めちゃおうかな?」


 微笑んだまま、ソフィアはさらに顔を近づける。その瞳は、軽いセリフとは裏腹に、深い淵のように暗く、光を一切反射していなかった。


 魔王は呆然と彼女を見た。


 「……っ、ソフィア、君……?」


 ん?、ん?ソフィアさん?


 「私、ずっと、あなたを見ていました。あなたが、お姉様しか見てない事、知ってましたけど、あなたの熱を帯びた視線。私には決して向けられない情熱的な視線……それが、悲しくて、死ぬほど憎かった」


 鈴を転がすような声で、呪詛のような言葉が紡がれる。


 魔王の喉がひくりと鳴った。


 「私はあなたに恋焦がれて、焼けるような思いなのに、あなたは私を『アンジェリカの付随物』扱い。だから、必死で諦めようとしたのに……今度は、お姉様の気を引くための道具として、私を妻にしたいとおっしゃった。そんな言葉すら喜んでしまう私。情けなくて自分に反吐が出ます」


 この様子にアンジェリカは少し目を見開いて一歩前に出る。


「ソフィア…私の思い違いかと思ってたんだけど…やっぱりルードリッヒが好きなのね?」


 ソフィアはギュッと唇を噛み頷いた。


 「……私を妻になんて言わなければ諦められたのに…

 あなたが悪いんですよ。私になんの興味もないくせに、アンジェリカの義妹だから、優しくする?アンジェリカの義妹だから親切にする?私の買い食いする姿が可愛いですって?お姉さまと話すための口実に決まってるじゃない」


 アンジェリカは眉間に皺を寄せて目を瞑り、


「ごめんね。ソフィア。もしかしたら…と思ってたんだけど、ちゃんと確かめなかったし、ソフィアと離れたくないなんて言ったせいで…」


 ソフィアは首を振る。


「悪いのは……ルードリッヒ様です」


 ルードリッヒはなにも言わないが

 静かに目を伏せた。


 「この薬、作ってる間とても楽しかったです。魔族にしか効かず、あなたの強靭な精神を沈め、一ヶ月間、指先一つ動かせなくする……。想像するだけで私、幸せだったんです」


 アンジェリカは腕を組んで


「睡眠薬なんてぬるいことせず、命ごと手に入れればよかったのに…」


「…お前、義妹になんてこと言うんだ」


 できれば彼女に愛するものを殺すなんてやってほしくないので、俺は口を挟んでしまった。


「それも考えましたけど…私には彼を殺すなんて、できなかった。こんなに憎いのに…

 …でも今から、食事を運ぶのも、顔を拭うのも、すべて私です。あなたが嫌だと言っても、たったひと月、そう、ひと月だけど支配しつづけられる!今からあなたは…私だけ!そう、私だけの人形よ!!」


 最後は祈りのような叫びと共にはらりと涙が流れた。


 アンジェリカがそっとソフィアさんの頭を撫で、俺はそっとハンカチを差し出した。2枚持っててよかった。


 エイダさんが潤んだ目で呟いた。


「あの魔王、無意識に女を落とすタイプなんです……彼の美声で愛の言葉なんか聞いたら、たとえ自分に向けられた言葉でなくても大概の女は狂います。スルーなのはお嬢様だけです」


 ルードリッヒは、ソフィアの涙を見て鼓動が早くなるのに気づいた。

 

「…ソフィア…」


  魔王からかすかな声が漏れる。


 相変わらず眉間に皺を寄せたままアンジェリカが言う。


「で、ルードリッヒ。どうするの?」


「え?」

 

「女にここまで言わせてなんの返事もしないつもり?」


「それは…」


 言葉がつっかえるのは薬のせいか。

 それでも意を決して魔王は思いを伝える。


「ソフィア……君にこんな激しい一面があるとは知らなかった。おとなしいだけの、退屈な女と…だが、違ったんだな…」


 ソフィアは、魔王の言葉に、ハンカチで涙をそっと拭いながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 その瞳はまだ紅みを残していたが、先ほどの暗さは薄れ、いつものおとなしい表情に戻っていた。


「その……いきなり恋人は……不誠実だと思うので…まずは、文通からお願いしてもいいだろうか…」


 一瞬の沈黙。


「……は?

 文、文通…?なに、その子供な発想!」


 思わず間の抜けた声を出した。


 俺は床に転がる魔王と、涙の跡を残すソフィアさんを見比べて、深くため息をつく。


「お前さ……魔王のくせに、純情すぎない?」


「じゅ、純情……?」


「二人の女を花嫁に求めといて、女から告白された途端“文通から”って」


 耐えきれず、俺は叫んだ。


「どこのガラスの十代?!」


 アンジェリカが


「ルードリッヒは21歳よ」

 

と答える。

 いや別に年齢を聞いたわけじゃない。


「魔王様、誠実ですね」


 エイダが口に手を当てて笑った。


 魔王が小さく視線を逸らす。


「ソフィアの想いは知らなかったのだ。知った今、まだ恋ではないが……大切にしたい……」


 ソフィアさんの頬にカッと朱色か登る。


 俺は、天を仰いだ。


「……こいつら、やってること無茶苦茶なのに…ピュアすぎる…」


 アンジェリカが頷いた。


「…ソフィアは、まだ未成年だからその辺わきまえてね」


「キスくらいいいと思うけどな!」


 俺にアンジェリカから強烈な肘鉄が入った。


 ソフィアさんは頬を染めたまま、静かに頷く。


「はい。文通からで、十分です」


 花のように笑ったソフィアを見て

 ルードリッヒは心底ほっと息を吐き、彼も美しく微笑んだ。


 ――磨き抜かれた黒曜石の床に、無様に這いつくばったまま。

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