法則(その物)case.2:”ほぼ”法則がない世界
これはとある世界の日常である。
――重力は消えた。
人々は空に浮かび、川は天へと流れ、城は根を失った大樹のように漂った。
慌てふためく声も、叫びも、もはや下ではなく四方八方に散っていく。
翌日、重力は戻った。だが代わりに「燃焼の法則」が失われた。
薪は火を拒み、松明は闇に沈んだ。
人類は一夜にして、文明を照らす炎を失った。
混沌は加速して減衰していた。
ある朝、村人は畑の作物が「下から芽を出している」ことに気づいた。
根は空へ、葉は土の中へ――植物は逆転の法則に従い、逆さに成長していた。
別の日には「死の法則」が消えた。
戦場では兵士が斬られても倒れず、痛みに叫びながら歩き続けた。
屍は積み重なり、だが誰も終わりを迎えられない。
地獄が、終わらぬまま地上に広がった。
またあるとき、「言葉の法則」が消えた。
王が命令を下しても、兵は理解できず。
母が子を呼んでも、声はただの音にしか聞こえなかった。
社会は一夜にして崩壊し、人々は孤立した沈黙の牢獄に閉じ込められた。
学者たちは一瞬で記録していた。
「今日失われたのは計算の法則。
貨幣は価値を失い、建築は寸法を測れず、暦も書けぬ。
世界は“数えられぬ”混乱の中にある。」
人々は「何が消え、何が現れるのか」を毎朝くじ引きのように待った。
昨日の理は今日にはなく、今日の理は明日には続かない。
世界は生き延びることすら、運に左右される賭博場と化した。
ある日、人類の前に現れたのは――「法則」そのものだった。
その後、人々は理解した。
法則とは守護者でも敵でもなく、ただ在るもの。
人の祈りや願いに応じることはない。
――それだけで十分だった。
黙して世界は法則により安定化していた。
人類はただ、観測者としてその法則を導き出していた。




