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刺激物Ⅱ
──同じころ、転移先の世界では、
あらゆる存在が過剰な刺激に溺れていた。
元からある刺激物はもちろんのこと
風の音が歓喜の絶叫となり、
砂粒一つが体内を貫くような陶酔をもたらす。
生物たちは一瞬ごとに歓喜と苦痛を行き来し、
やがてその両者を区別できなくなっていった。
笑えば血が溢れ、触れれば焼けるような幸福が訪れる。
刺激が飽和した世界では、あらゆる体験が臨界点を越え
最終的に感知という行為そのものが崩壊していった。
“快楽”と“痛み”の境界が崩壊した世界では、
刺激は物質でも感情でもなく、
ただ存在そのものを震わせる波となって空間を満たした。
あらゆる体験が同化し、光も音も意味を失った。
その世界では、もはや「普通の物質」はない。
コーヒーの香りが脳や身体を起こし、
音楽が記憶を連鎖させるように、
刺激は意味へと変質している。
ここで学問は、精神的刺激の最も純粋な形として姿を現す。
学問はその世界において嗜好品と同じ分類を獲得していた。
娯楽が外界の刺激を拡張するなら、学問は内界の刺激を深化させる。
人はようやく「知ること」自体が陶酔であり、危険な嗜癖でもあることを理解する。
そしてまた人々は”刺激物”の前の普通の世界であることとのすばらしさを知った。




