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知識Ⅱ case by case
3個くらい同じことを書いてしまった気がしなくもない。
数年の沈黙を経て、知識は戻ってきた。
しかし、それはかつての形ではなかった。
法則は自己改変を重ね、概念は枝分かれし、知識そのものが進化していた。
人が書き記したはずの理論は、いまや人間の思考速度を超えた構造を持つ。
世界はそれを「理解」ではなく、「観測」として受け止めるしかなかった。
そして言語は追いつかず、記号は意味を取りこぼした。
だが、それでも人々は理論的に知覚していた。
空気の震え、光の偏り、粒子の挙動——
そのすべてが、かつて人間が紡いだ知識の派生だった。
それは理解不能な正しさとして存在し、
人間の思考体系の外側で、なお整然と動いていた。
学ぶことは、もはや思い出すことではなく、
世界が進化したそのものに追随する行為となった。
かつて人が巨人の肩に立って見ていた景色は、
いまやその巨人が歩んだ経路での場の地平となり、
知識は今や人の理解をはるかに越えて広がっている。




