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言語(そのもの)case.5
ある日、とある世界に「言語」が転移した。
ひとつの対象に、数えきれないほどの呼び名が出現していた。
人々は同じ机を前にしても、互いに異なる単語でしか指し示せない。
ある言葉は温もりを、別の言葉は冷たいを約束、さらに別の言葉は概念的象徴を呼び寄せる。
さらに別の言葉を口にすれば、まったく異なる観念を呼び覚ましてしまう。
そのどれもが間違いではなく、しかしどれも決定的ではない。
最初、ある人は言葉の豊かさだと笑った。
だがすぐに、一つの判断を下すの、膨大な言葉の候補を検討せねばならなくなった。
裁判の判決は無限に延期され、病院の指示は混乱し、会議は言葉合わせだけで終わった。
日常の会話でさえ、意味をそろえるために延々と前置きを必要とした。
普段の会話でさえ、互いがどの言語の層に属しているかを確認するだけで時間が過ぎた。
言葉は思考の道具である。
だが道具が過剰に氾濫すると、人はその中で立ち尽くす。
言葉による語りや表現の量は、かつてないほどに増え続けたのに、理解は減った。
やがて世界は「言葉を持ちすぎたがゆえに」日に日に長き停滞へと追い込まれていった。




