エピローグ:哀しい結論
夜も更け、居酒屋「舞子」のざわめきは少し落ち着いてきた。
追加で頼んだ氷見うどんをすすりながら、黒川がぽつりと切り出した。
「……で、結局のところさ。一之石と波多野、くっつくと思うか?」
唐突な問いに、宮本が噴き出した。
「なによその話題転換! でも……まぁ、あの子たちの距離感は、見てて微笑ましいわね」
中条も盃を傾け、にやりと笑う。
「でも結奈ちゃんって、この街の一番高いビルを所有してるITコンチェルンの会長の孫娘でしょ? 千尋、そこはどう思う?」
黒川はジョッキを掲げ、真顔でうなった。実際問題、結奈の祖父は経団連の幹部が未だに挨拶にわざわざ訪れる重鎮。北陸経済における最重要人物である。
「そこがなぁ……。わたしなんか庶民すぎて想像もつかんわ。けど、あの会長さんにとっては孫娘の相手が一之石って、むしろ“歓迎”なんじゃねぇの?」
宮本がすかさず頷く。
「そうよ。だって数学オリンピックの金メダルはほぼ間違いないんでしょう? 基幹数学って、いまやAI研究の人材輩出において最重要の学問分野よ。結奈ちゃんのお祖父様にとって、これほどの良縁はないんじゃない?」
中条が肩をすくめた。
「でも……美羽ちゃんも紗月ちゃんも、明らかに孝和くんのこと好きよね。私は結奈ちゃんだけを応援するってわけにはいかないなぁ」
三人は顔を見合わせて、同時に吹き出した。
「おいおい、“正妻戦争”はまだ続いてるってか!」
「結局、わたしたちが一番楽しんでるのかもね」
「……青春って、ほんと残酷で、でも眩しい」
笑いの余韻が収まると、ふと静けさが戻った。
それに、と3人とも思うのだ。最終的には美桜がいない限り、一之石孝和にとっての本当の答えは出ない、と。
黒川が天井を仰ぎ、大きく息を吐く。
「……でもな。一之石みたいな男、大人になったら何故かいないんだよなぁ」
その言葉に、宮本も中条も、思わず黙り込んだ。
胸にじんわりと広がる哀しさと、それを包み込むような誇らしさ。
グラスの中の氷がカランと鳴る。
笑いから始まり、哀愁で締めくくられる夜。
――一之石孝和という存在は、三人にとっても、そしてこの街にとっても、消えることのない影と光であり続けるのだった。