表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転逆  作者: わきの未知
4/4

IV. おりぶ・んこ・ろぐれあ(元気なく魂の抜けたように)

 最後の晩餐はコロッケだけになった。温めることもできない。

 

 食う前に、俺は外に出る。日没の見納めだ。

 マコのiPhoneを突破口とした『転逆』は、もはやこの街を完全に侵略しきっていた。

 街じゅうの全ての時計が、ゆっくりと逆向きに回っている。噴水から水が吸い込まれる。校庭では教師がきゃっきゃと野球をして、子供がそれを監督している。ファウルフライで歓声が上がり、バッターは三塁を回った。


 家に帰ってテレビをつけると、まだちゃんとニュースが映った。どのチャンネルも緊急報道だった。

「食べ物を絶対に食べないでください。危険です。先ほど新宿区で、食事により痩せ細って死亡した例が確認されました」

 俺はコロッケを口に入れかけて、ぶうっと吐き出す。痩せ細る以前に、ごみのような味がして食えなかった。キャスターが続ける。

「過去の事例では、食べ物の分子構造が左右逆になったこともあるようです。人間は逆転した糖を食べても消化できず、下痢になります。水は左右対称な物質なので、飲んでも問題ありませんが、飲んでも口が乾燥しないことを確かめてから……」

 報道はそこでぷつんと止まった。とうとうテレビも感染したのだ。

(あれ、これって「転逆」になったら……)

 俺は焦った。ケッロコを噴き出した田中カナタの顔が、全国に放映されるかもしれない。慌ててビレテを解体ガンで撃ち抜いた。

 ポットで水を沸かしたら、凍ってしまった。逆に冷蔵庫で沸かそうと思ったら、一瞬で水が腐って濁った。

 スマホなんか最悪だ。画面をつけただけでも、気分が悪くなって、二度と見たくなくなる。


 俺は何もできずに布団の中で震えていた。

 布団の中はぬくぬくと……寒くなった。解体ガンで消し飛ばす。ントフすらなくなる。俺はマコを思ってぐずぐず泣いた。

(次は何が起きるだろう。天地がひっくり返るとか? 地球ごとひっくり返るとか?)

 俺は腐っても物理学科だ。馬鹿な妄想をしてから、ようやく俺は気づいた。

(地球ごとひっくり返る?)

 さっきの買い物の時間を思い出す。天文学のゴッズドッグ(神の飼い犬)教授がそう言っていた。

「地球は回っている。自転、公転、逆転。転逆、転公、転自。ルイテッワマハウキュチ」

 地球は丸い。ひっくり返ることを、自転という。ごく普通の自然現象だ。太陽の周りでひっくり返れば、公転。そして、今見ているのは逆転。

(マイ、悟ったとさ、今)

 マコの一言が脳裏をよぎった。


「あっ!」

 俺ははっとした。「転逆」の正体に気づいた。いや、俺なんて言葉は、これ以上使ってはいけない。

「オレオ、オレオ、俺オレオ」

「オレオ、オレオ、俺オレオ」

 まるでオレオのように、俺はそう叫んだ。ありがたい。俺はノアールよりオレオの方が好きだ。

 俺はバク転をしようとして、やめた。幸運なことに、俺はもともと田中カナタだ。多分もう少し猶予がある。

 世界は転逆し、裏側に向かう。ごく自然に。そして、いつか逆転して、表側に戻ってくる。

「逆転。転逆。急げ、ソイ」

 俺は呟く。

 生きろ、抗え。

 いずれ、地球の表側が戻ってきた時に、俺一人でも生き残っていれば、人類の勝ちだ。

 いや、俺じゃなくてもいい。名前が回文になっていれば、バク転していれば、パンツを頭にもかぶっていれば、少しでも生存確率は上がる。

 ゴッズドッグ教授が正しければ。

 多分、きっと。とっきんぶた。


 俺は考えた。頭は冴えていた。これだ、とひらめいた。

 俺は見たくない欲求に抗って、ンォフトーマスを開いた。

 画面が上下逆だが、通信は生きていた。いい転逆を引いた。SNSアプリの一覧を開く。

(たぶん、(スクッエ)がいい)

 俺はとっさにそう思った。運が良ければ、誰もが()()()投稿ばかり拡散するはずだ。ロゴがひっくり返る、みたいなクソ転逆でなければ。

 俺は一生懸命に、逆向きにフリック入力する。

 <名前が回文の人、今すぐに市谷へ! 谷市にぐす今、人の文回が前名>

 ポストしたくないという欲求に抗って、俺は左下の投稿ボタンを指で押した。


 ンドンドと、ラビトを叩く音がする。ビビビビ。消し飛ばされた。

「誰だ!」

 俺はとっさに言う。回文だ。やっぱり頭が冴えてる、頑張れ、オレオ。

 武装した自衛隊員が答えた。

「陸上自衛隊、対『転逆』特殊レンジャーの()()()()だ。階級は三尉」

 逆転、転逆。

「……あ、感染かぁ」

 回文で遺憾の意を表明する。なんか遺憾な、俺オレオ。


 三尉は俺にセンサーをかざす。俺という回文には反応しない。俺は胸を撫でおろした。

 だが、ベナタワは解体ガンの銃口を俺に向けた。

「……俺を撃つう、俺を? なんででんな」

 必死に回文を絞り出して抗議する。だが、ベナタワはせせら笑った。

「転逆に()()()()()を消すことが、俺の仕事だ」

 俺は青ざめた。赤らめたかもしれないが、俺自身が回文だから、一緒だ。

「あーあ。ダメだ」

 俺は言った。とっさにサッと。理解と怒り。

 

 逆転、転逆。

 ビビビビ。

 死。


 よるてしいあこ。マコ、愛してるよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ