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 翌日。

 通り魔巫女の件については朝礼でも共有された。

 私は通常通り業務を済ませ、定時で上がって帰宅し、一旦シャワーを浴びて改めて身支度を調える。母が買い物から帰ってきた。


「お母さんごめん、これから出かけるからお夕飯はいらないよ」

「あらそう? お食事に行くの?」

「ううん、お仕事。ちょっと大がかりなことがあって、帰りは明日の朝になるかも」

「ええっ、それって大丈夫なの?」


 前の会社で随分無理をしていたので、母は血相を変えて心配する。

 その時、外で人の声がする。

 母と一緒に外に出ると、ちょうど帰宅した父と篠崎さんが、玄関先で朗らかに談笑していた。母が嬉しそうにする。


「あらあら、篠崎さんがお迎えに来てくださったなら安心ね」


 父も笑顔だ。


「うちの娘がお世話になっております、どうぞどうぞつかってやってください」」


 篠崎さんうちの両親に好かれすぎでは? 

 首をひねる私に篠崎さんは促した。


「さあ行こうか菊井さん。……では、失礼致します」

「行ってらっしゃい楓!」

「篠崎社長の迷惑になるんじゃないぞ!」

「??? いってきます……」


 私は文字通り狐につままれたような気持ちで見慣れた社用車に乗り込む。

 篠崎さんはエンジンをかけ、車を走らせた。


「迎えに来てくださったんですね」

「夜まで引っ張り回すわけだから、不審に思われると悪い。楓の『普通』の暮らしは守るって約束したんだからな」

「ありがとうございます。でも好かれすぎてません? なにか妖しい術でも遣ってるんですか?」

「……」

「あっ黙った」


 篠崎さんは無視を決め込んできたので、私は諦めて窓の外を眺めた。

 車は都市高を通って中州まで向かう。

 夏至が近い空は赤紫色に明るくて、中州の繁華街のネオンは、水面に輝いて宝石箱をひっくり返したみたいだ。高く登った満月も、まるで夜空を彩る装飾のよう。

 中洲に近づいていくと車道に占めるタクシー率が増え、歩道を歩く人の雰囲気も変わっていく。

 夜の街に繰り出す人々、そして煌びやかな薄着のお姉さん。

 これから私たちは中洲に行く。

もちろん飲みに行くのではなく、通り魔巫女の件と関係しているのだ。

通り魔巫女はなんとかしなければならない。

しかし、あやかしが人間相手に手を出すと、仮に人間が加害者だとしても面倒な問題になりやすい。ならば人間の御社社員きくいかえでが人間の巫女に接触すればどうか、という話になったそうだ。

 

 篠崎さんは浮かない顔をしている。


「……こういう街に、お前を連れ出したくなかったんだけどな……」

「私も社会人ですし、大丈夫ですよ」

「そういう問題じゃない。調整しているとはいえ、だだ漏れ霊力の人間を飛び込ませたくないんだ」

「あ、そっちの意味ですか」

「それに……」


 ちら、と篠崎さんが私を見る。そして溜息をつく。


「無防備すぎる若い女が入るべきところじゃありません」

「お父さんみたいなこと言わないでくださいよ、仕事ですし、リクルートスーツですし、大丈夫ですよ」

「……そういう問題じゃない」


 篠崎さんは私を見て、軽く頭を撫でた。


「気をつけろよ」


 私を案じる眼差しと、髪に触れてくる優しい仕草。

 つい、私はドキドキして目を逸らす。

 最初はあまりに綺麗すぎて迫力があって、怖いばかりだった篠崎さん。今では頼もしくて素敵な人だと思う時が増えてきた。

 推しと一緒に仕事ができるって幸せなことだ。尻尾と耳は触り放題だし。それに、き、キスだって……

 ――待って。触れたいと思うのって、推しとは違うのでは?


「そっ、そ、そういえば篠崎さん」

「ああ、どうした」

「どうして雌の猫又さんはホステスさんが多いんですか?」

「あいつらは元々客商売に慣れてるからな」


 篠崎さんは細い路地を上手に運転しながら、私の質問に答える。


「楓、九州のあちこちに、雌猫ばかりの猫又屋敷の伝説があるのは教えただろ?」

「はい」


 研修で聞いた内容を思い出す。


「確か、雌猫又は各地に異界に通じる猫又屋敷を形成して生きてるんですよね。九州なら熊本阿蘇くまもとあそ根子岳ねこだけに登って修行する雄猫とは対照的に、麓に作られた雌猫だらけの猫屋敷の伝説とか。南西諸島の猫の島の伝説とか」


 雄猫は福岡や大分や、海を超えた山口からも一箇所に集まって修行すると言われているが、雌猫は里に近い場所でコミュニティを作るらしい。子猫の子育てなども関係してるのかな。


「佐賀の猫は……確か違うんですよね?」

「肥前鍋島の猫騒動は、どっちかっつーとウチの夜の分野だな。大陸伝来の妖猫を使役する呪法の名残りだ。だから夜は、主人あるじが必要な主従ありきの猫だ」

「主従ありき……」


 ここで働きだしてから気づいたことがある。

 夜さんのような、人間との主従をよすがにしているあやかしは、ほとんどいないという事。

 篠崎さん曰く、そういう人間に使役されているタイプのあやかしは、人間社会から捨てられて今はほぼ『此方』に残っていないのだという。

 私はちらり、と篠崎さんを見る。

 篠崎さんは胸に、特定の主人との主従を結んだままだ――彼も、本当は此方に残っているのが珍しいあやかしなのだろう。

 篠崎さんの、大切な主人って――誰なんだろう。


「楓? どうした、ボーッとして」

「はわ!? あ、あ、申し訳ありません」

「話続けんぞ」


 篠崎さんは肩をすくめて続ける。


「中洲のクラブのいくつかが、いわゆる『猫又屋敷』のクラブ版みたいになってるんだ。ママからキャストまで全部雌の猫又。出資者は人間の場合が多いがな」

「へー……」

「猫はそもそも夜行性だから、夜の商売の方が調子がいい」

「あ、だから夜の保育園も完備してるんですね」

「そういうこと。子供ガキの方も夜に運動会できる保育園の方が調子が出る。猫はあっという間にでかくなるから、その後の義務教育も何も必要ないしな」


 話しているうちに社用車は駐車場へと辿り着く。

 飲み屋に向かう客の流れをかき分け、私たちは中洲のビルへと向かった。

 九州屈指の夜の街、中洲。

 きらきらと輝く歓楽街は、既に黒服とキャストと客引きと老若男女の客でごった返していた。


「行くぞ」

「は、はい!」


 人混みを篠崎さんはするすると慣れた足取りで進んでいく。普段は天神の人混みも歩ける私だけど、酔っ払いや客引きの人々の動きがまったく読めない。


「おっ、お姉ちゃん! うちで働かない!?」

「えっ!?」


 横からずいっと声をかけられ、私は鞄を抱いてぎょっとする。

 二の句が継げないでいるうちに、篠崎さんがさっと肩を抱いて私を連れて行ってくれる。


「あ、ありがとうございます……」

「悪いな、しばらくこうして歩くぞ」

「は、はい」


 私は近い距離にどきどきとしながら、篠崎さんにエスコートされるように歩く。

 連れがいると思うと声をかけないのだろう、そこからはスムーズに歩けるようになった。

 ちら、と篠崎さんを見上げる。

 私たちはどんな風に、周りからは見られているのだろう。

 とろくさい部下と上司? でもそれなら、肩は抱かないよね。

 じゃあ恋人? ないない、篠崎さんと私じゃ、不釣り合いすぎる。


「……売れっ子ホストに連行される客かな……」

「何の話だ」

「あ、いえ。私たちが周りの人にはどう見えてるのかなって」

「お前みたいな遊び慣れない社会人をカモにするホストには見られたくねえな」

「ですよねえ」


 そんな話をしながら歩いていると、目的地のクラブへとたどり着く。

 大理石の床がキラキラと輝き、黒服さんたちが外に並んだクラブだ。

 

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