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「素敵。これからどんどん知らない世界を知れるのね」


 清音さんは目を細める。


「私もそんな気持ちを思い出したくて糸島ここ移住たの」


◇◇◇


 私は清音さんに案内され、浜辺に設営されたイベント会場に向かった。


「ちょうど今朝テレビで見た光景と全く同じですね」

「明日からイベントだからね。大忙しよ」


 たくさんの出店の準備をしているスタッフさんは、みんな清音さんのような黒髪ロングヘアの美女だ。お揃いの真っ赤なスタッフTシャツを着ていて、健康的で目に眩しい。


「あ、清音ちゃんお疲れー!」


 美女軍団が、清音さんを見てにこやかに手を振る。

 清音さんが差し入れのパスタを持っていたので、私も手伝って彼女たちの休憩所まで運んだ。


「清音、その子誰? 霊力あるけど人間よね」

「篠崎さんのところの新人さんよ!」


 私は荷物を置いて、名刺を準備してペコリと頭を下げた。


「初めまして、あやかし転職サービスの菊井と申します。いつも弊社がお世話になっております」

「ああ、あの若い狐ちゃんのところの子ね」


 篠崎さんでも若い狐扱いされるのかと、ちょっと驚く。

 そういえば篠崎さんはいくつくらいなのだろう。見た目は20代に見えるけれど。


「みなさん浜姫の方なんですか?」

「ううん。浜姫は清音ちゃんだけ。私たちは磯女よ。知ってる?」

「付け焼き刃で勉強した程度ですが……」


 磯女とは九州の海辺に住まうあやかしのことだ。浜姫の清音さんと同じように、みんな女優さんみたいに美しい。海でこんな美女に出会ったら、そりゃあ色々命が危ない。


「まあ、みんな海の女ってことで。よろしくね」


 とてもフレンドリーな磯女の皆様は、わいわいと早速長テーブルにパスタを広げ、ランチタイムを開催する。私も一緒に食べさせてもらえることになった。


「いいんでしょうか、私まで」

「いいのよ、いいのよ」


 もっちもちの太麺に真っ赤なトマトソースが絡んだパスタと、とろとろチーズの香りが芳醇なパスタ。二種類をみんなで取り分けていただく。


「わ、美味しい……」


 思わず口元を押さえてもぐもぐと味わう私をみて彼女たちは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「でしょ?」

「糸島の野菜やチーズを使っているのよ。土地の食材だから美味しいし霊力も満ちるから、いつも助かってるのよね」


 糸島は特に「食」にまつわるブランド戦略が発達した土地だ。あまり物事に詳しくない私でも、糸島産の乳製品や卵や食材といった様々な美味しいものが、「糸島産」として取り上げられているのをレストランやスーパーで見たことがある。両親も時々食材を買いに車を走らせている。

 そんな土地の食材はやはり、あやかしにとっても美味しくて元気が出るものなのだろう。わかる気がする。だって美味しいもん……。

 美女集団のみなさんは当然のように私を輪に入れてくれる。

 こんな楽しいランチは久しぶりで、私は自分でも驚くほど感激していた。

 食後、早速仕事に戻っていく彼女たちを見送り、私と清音さんは二人でテーブルを片付けた。


「菊井さん、大丈夫だった? 騒がしくてびっくりしちゃったでしょう」

「とんでもないです。みんなでわいわいご飯を食べるのって美味しいなあって思いました。清音さんも、もうすっかりこの海に馴染んでらっしゃるんですね」

「ええ」


 彼女は笑って頷く。


「篠崎さんには、ここの磯女さんのコミュニティに顔繋ぎしてもらったの。地元のあやかしにも人にも、とても良くしてもらっているわ」

「困りごとなどはありませんか?」

「ないわ。毎日とても楽しいの。……あなたも少しは、浜姫について調べてきたでしょう?」

「はい」


 ――浜姫。石川県加賀市橋立町近海に住む、影を呑む絶世の美女のあやかし。

 清音さんは休憩室の窓から海をみて、そして懐かしむように目を細めた。


「私が住んでいた場所、北前船が盛んだった場所なの」


 彼女が窓を開けると海風が流れ込む。水平線まで続く海を、高い位置の午後の太陽が眩く白く照らしていた。


「最盛期はそれはもう、賑やかな港だったのよ。私が住んでいた浜辺近くの集落は豪邸が立ち並んでいて。彼らの船を見ていると、いつも、どこにいくのだろうって羨ましくなってた」


 彼女の黒髪が風をはらんで大きく広がる。まるで翼のようだ。


「5年前かしら……夜の海をみていたら不意に、その時の憧れを思い出してね。思い切って地元を離れてくらしてみようと決めたの。そして友達の縁故でちょうど、良い狐さんがいるって噂を聞いて篠崎さんのお世話になったのよ」

「そうだったのですね……」

「新しい場所で暮らしてみたい、けれど地元の海から見る夕日も好きだから、ホームシックになった時の慰めになるように、夕陽が沈む海に暮らしたかった。だから、引っ越すとすれば日本海側が良かったのよね。里帰りもしやすいし」

「里帰りって、もしかして海を渡るんですか?」

「浜姫だもの。泳ぎは得意よ?」


 私も清音さんに倣って、海岸線と空へと目を向けた。私は福岡から離れたことがない。北陸の海はどんなものなのか知らない。清音さんにとっての『新天地』である糸島芥屋の海を眺めながら、私は遠い北陸の海に想いを馳せた。


「で、菊井さん。私があなたを呼んだ理由というのがね…」


 その時。作業中の設営から、一人の磯女さんが離れてこちらに歩いてきた。

 真っ赤なTシャツに、ビーチサンダルに、黒髪ロングの美少女。見た目は私より少し年下のようで、すっぴんでもゾッとするほど美しい。

 先程のランチで、長テーブルの端っこの方に座っていた磯女さんだ。彼女は私が先程みなさんに配った名刺を持っていた。私が頭を下げると、隣で清音さんが口を開いた。


「改めて紹介するわね。彼女は雫紅しずくさん。芥屋の海に住む磯女よ。まだ若くて今は70歳。人間で言うなら、そうね……18歳くらいかな?」


 年齢の感覚がよくわからない私にもわかりやすい表現をしてくれる清音さん。人間との会話に慣れている方で助かった。

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