運命の出会い
見覚えがある方へ。リメイクです。
夕暮れの駅前。
開幕シリーズで地元球団が三連敗から逆転連勝中、球場に向かうユニフォーム姿のファンたちの顔は明るい。
私は三件面接に行き、そのどれも手応えがなかった絶望でぐったりしていた。
「普通に生きるって、難しいなぁ……」
大画面側の壁に背中を凭れさせ、私は溜息をつく。
街は今、街の再開発事業の真っ最中だ。
花形ビルが相次いで消え、街のあちこちが歯抜けのようになっている。けれど街は変わらず賑やかで、浮かない顔をしているのは私だけみたいだ。
ビルの隙間を、空港へと向かう飛行機が横切っていった。
私の心も、隙間だらけだ。
「はあ、私はただ『普通』でいたいだけなのに……」
私は菊井楓。
高卒で地元中小に務める一般事務の会社員だ。地元に残りたくても大学にいけば?という親の反対を押し切り、私は早くから働き始めた。
元々あまり出世思考もなくて、東京のオープンキャンパスにも行ったけれど、人酔いしてしまって、選択肢が多すぎて、私には不相応だと見切りをつけた。高校時代の同級生達のように、地元をでて上京する! といった気概も特になく生きてきた。
実家から通える範囲の高校に進学して、高校時代に簿記の資格を取って学校の紹介で地元企業に入社した。近所のイオンモールで時々買い物をしたり、ちょっと遊んだりしながら楽しい日々を過ごしている。いつか市内で結婚して、土地勘がある場所で家庭を持てたらいいなあーと思っているような人生だった。
普通。
ごく普通の人生を生きたい。
それが私の夢であり、理想だった。
それなのになぜか今、社長に異常なまでに寵愛されて会社で大変居心地が悪い。
大企業ならセクハラです! とでもいえばなんとかなるのだろうけど、パートも入れて50人足らずの中小だ。それも古い。何かとベタベタされてあちこちの飲み会に引っ張り回されて、しまいには先輩に「愛人だからコネ入社なんでしょ」と噂を広められてしまって、もう最悪だ。
仕事を教えて貰う立場の新卒から、スタートダッシュで悪目立ちして躓くのは地獄だ。
何かと私を目の敵にする先輩と、気が強い先輩のていのいいサンドバッグを助けることもない他の先輩方。学歴と立場で言うならそれなりの収入を得られて、なかなか転職したくない私。
――そのまま三年が経過して、今に至るのである。
でもこれじゃダメだと、私は友人の結婚報告を聞いて気付いたのだ。
このまま社長の愛人扱いされたままじゃ、『普通』の恋も結婚も遠のいてしまう!
というわけで最近少しずつ転職活動に取り組みはじめたが、そこで壁にぶち当たる。
やりたいことなんてないのだ。
やりたいことなんて『普通になりたい』くらいだから、会社選びもぴんとこない。
正直悪目立ちしていなかったら、今の会社で十分満足なのだ。
こうしている間も、スマホが通知を鳴らしてくる。
グループチャットに流れるのは上京したクラスメイトの食事会の写真。
友達は、みんなキラキラの日々をアップしている。
「……いいなあ」
人は人、私は私の幸せ。
今日まではそう思えてきていたのに、急に眩しく見えてきた。
私だけがなんだか、ものすごく人生『詰んだ』感じがする。
もの悲しくなってきた、そのとき。
「……あれ? 占い?」
露天の占い師が無表情で私に手招きしているのに気づいた。
黒いローブをすっぽり被った占い師だ。若い男性なのが、ちょっと珍しい。
「こんなところに露店出してよかったっけ……?」
ここで占いの露店を見たのは初めてだ。
なんか変だ……と思ったけれど、通行人は気に留めていないようだ。
「ああでも、ちょっと占い師さんに鑑定してもらうのもいいかも……」
ふらふらと引き寄せられてしまったのが、運の尽きだった。
――占い開始から10分。
500円でいいと言われた鑑定は最初、私の話を真剣に傾聴してくれて嬉しかった。
私の言葉に、占い師さんは神妙な顔をして頷いてくれる。
「辛いと思う。俺ならそもそも朝から働けない。昼寝を挟まないと無理だ」
「ロングスリーパーさんですか、お辛いですね占い師さんも」
占い師さんは私と同世代くらいの若い男性だ。背筋が伸びて姿勢がいいのが、ローブ越しにもよくわかる。切長の目が鋭くて、薄い唇が紡ぐ声も凛々しくて綺麗だ。まるでちょっとしたモデルさんみたい。
こういう占い師さんもいるんだなあ。
ぼんやりと思っていたところで急に彼は話を切り出した。
「悩みがあるなら、この腕輪を受け取ってほしい」
「え?」
彼が突き出したのは明らかに怪しい、パワーストーンブレスレット。
「え、あ……あー、お金がないのでちょっと……」
ぐいぐい。彼はとにかく押しつける。
「金はいらない。この腕輪で幸せになる。まずは手に取って欲しい」
「ええ……」
「転職して金を稼いで、名誉を得て、良い繁殖できたら人間は幸せなのだろう?」
「は、繁殖!? そ、そんなこと私一言も相談してませんが」
「金と異性と名誉を、腕輪一つで手に入れるのが、人間の一番の願いだ。俺はそう学んだ。だからこれを受け取れ、幸せになる」
「あの、私の話聞いて……」
「霊験あらたかな腕輪さえあれば、良いツガイも見つかるだろう、毎日が酒池肉林だ」
「話聞いてください……」
占い師はずい、と腕輪を見せてくる。
私は彼の眼力から逃れようと視線を逸らす。
――その時。
私たちのところに向かって、狐色の長髪が目立つ男性が近づいてきた。
駆け出さんばかりの勢いの早足で一直線にやってくる彼は、パリッとした淡い色のスーツを纏ったとんでもない美形だ。
肩を滑るさらさらの綺麗な狐色の髪。
鼻筋が通って鋭い眼差しは女性的な艶っぽささえ感じるほどに美しく、美男子と美女の良い所を全て盛り込みました、といった美貌の男性だ。
人ごとのようにボーッと眺めていると、本当に彼は私の目の前までやってきた。
肩で息を切らし、怖い顔をして私を見下ろしている。
「………見つけた……」
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