第二話――黒鉄の処刑人
月が鈍く輝く夜、俺は崩れかけた高架道路の上を歩いていた。かつては車がひしめき合い、人々の喧騒が響いていたこの道も、今はただの瓦礫と化している。風が吹き抜け、鉄骨が軋む音だけが静寂を破っていた。
「……今夜は妙に静かだな」
こういう時は嫌な予感がする。経験則ってやつだ。
《ヘルハウンズ》のホルスターに指をかけつつ、周囲を警戒しながら進む。すると、瓦礫の向こうから低いうめき声が聞こえた。
「……ぐぅ……あぁ……」
路地の隙間に目を凝らすと、一人の男が膝をついていた。血まみれの身体、裂けた服、そばには巨大な武器――いや、これは……?
「……処刑剣か?」
男の背後に転がるのは、巨大な漆黒の剣。刃は太く、刃渡りは優に2メートルを超えている。それを見た瞬間、俺は脳裏に噂を思い出した。
「まさか……“黒鉄の処刑人”か?」
黒鉄の処刑人――名の知れた賞金稼ぎにして、モンスター狩りの猛者。強靭な肉体と異常な剣技で魔物を切り伏せる戦士。だが、その彼が今、血まみれで倒れている。
「……クソッ……まだ……死ぬわけには……」
処刑人が顔を上げた。鋭い目つきの男だ。だが、傷は深い。普通の奴ならとっくに死んでるだろうに、こいつはまだ戦うつもりか。
「何があった?」
「……奴らが……“デス・ハウンド”の群れが……来る……」
「デス・ハウンド?」
その名を聞いた瞬間、俺の全身が警戒態勢に入った。デス・ハウンド――人の頭ほどもある鋭い牙を持つ魔犬。並の人間なら数秒で噛み千切られる化け物だ。しかも群れで行動するため、一匹でも手を焼く相手が数十匹にもなる。
「……おい、逃げられるか?」
「フッ……俺が逃げるとでも?」
処刑人はそう言って立ち上がろうとするが、足が震えている。くそ、これじゃ戦えねぇ。
――その時だった。
「グルルル……!」
闇の中から光る眼が現れた。ひとつ、ふたつ……いや、数え切れないほど。
「もう来たかよ……!」
俺は《ヘルハウンズ》を抜き、構えた。魔力を込め、弾丸に《フレイム・バレット》を装填する。
「――来やがれ、化け犬ども!」
デス・ハウンドの群れが一斉に飛びかかる。鋭い牙が闇を裂き、獲物を喰らおうとする瞬間――俺はトリガーを引いた。
「――《バーニング・ストーム》!」
連続射撃とともに火炎弾が炸裂する。炎がモンスターの体を焼き、悲鳴が夜空に響いた。しかし、それでも奴らは止まらない。焼かれた仲間を踏み越え、次々と襲いかかってくる。
「チッ……これじゃキリがねぇ!」
俺が後退しようとした瞬間、横を駆け抜ける影があった。
「――遅ぇんだよ!」
処刑人が黒鉄の剣を振り下ろした。
轟音とともに、デス・ハウンドの群れが両断される。巨大な剣の一撃は、まるで雷が落ちたかのように獣たちを引き裂いた。
「……よく動けるな」
「……死ぬ気で動けば、どうにかなるもんだ」
処刑人は口元に不敵な笑みを浮かべる。
「このまま一気に片付けるぞ!」
「ああ、仕方ねぇな」
俺は再び銃を構え、デス・ハウンドの群れに向かって突撃した。
この崩壊した世界では、生き残るために戦うしかない。
そして今夜も、俺たちは命を燃やして戦うのだ――。