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夢の足跡  作者: 留菜マナ
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あなたに約束の花束を

柔らかな音がゆっくりと重なっていく。目覚めそうで目覚めない意識の中で、私は寄せては返す涙の音を聞いていた。

「・・・・・・うん・・・・・・」

私が身じろぎすると、手のひらに見慣れた一切れの花があった。

どうして、ここに月の花があるんだろう?

ソディ・・・・・・。

そう思って、私はハッと目を開けた。

あっ……、私・・・一体・・・・・・?

私は慌てて身体を起こすと、辺りをキョロキョロと見回す。そしてすぐに、そこが白い砂浜らしいことが分かった。

強い太陽が照りつけており、振り返ると透き通る海がまぶしくきらめいている。

海・・・・・・?

なんで・・・・・・?

あの時、確かに私はソディとともにインリュース大陸の砂漠地帯にあるルトンの塔の中にいたはずなのに・・・・・・。

私は髪についた砂を払い落とそうと首を横に振った。淡い黄緑色の髪の房がさらさらと揺れる。

あの後、一体、何が起きたってというのだろう?

私は必死に何かを思い出そうとしたが、まだはっきりしない頭の中には、あの時の出来事がなかなか浮かんでこない。

・・・・・・あの時、そう確か、ソディとともに「古の王」と呼ばれる魔王−−そうあの魔物と対峙して、それで倒そうとしたんだけど、失敗して・・・・・・そ、それで・・・・・・えっと・・・。

そこまでで記憶は途切れている。

でも、あの後、ソディが私のことを呼んでいた気がする・・・・・・。

私はゆっくりと砂の上に立ち上がってみた。ふらつく足取りで波打ち際まで歩くと、つま先を濡らして波が引いていく。

「ソディ・・・っ!ソディってば!」

私は何度も何度もそう問いかけるように叫んでみた。だが、返事はない。

その時、突然、背後で何かが動く気配がした。

振り返った私は

「!?」

思わず息をのんだ。

それは、私が全く見たこともない魔物だった。まるで巻貝の形をしたかのような魔物だ。どうやら、砂浜に続く茂みの中から出てきたらしい。

魔物はずるずると砂をこする気味の悪い音とともに私に近づいてきた。

「何これ?」

私は激しい恐怖に身を震るわせた。

こ、こんな魔物、私、見たこともないよ!

その時、立ち尽くす私の視線の端から、一人の青年が飛び込んできた。手にした剣で二度三度魔物の殻に斬りつけると、恐れをなしたのか、魔物は逃げていった。

「あっ・・・・・・」

魔物が去っていくのを見据えると、私は全身の力が抜けてしまったかのように、思わずその場に膝をついた。

そこに先程の青年が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「あっ・・・・・・!」

驚いたように目を見開き、私は息をのむ。そこには懐かしさと愛しさが入りまじっていた。

「あの、大丈夫か?」

どうしてそんな顔をするのだろうか分からないように、青年は思わず、私に声をかけてきた。

その顔を見た途端、私の顔が理解と喜びで輝いた。

「うん。・・・・・・ソディ、ありがとう……っ」

「えっ?いや、俺はソーシャルという・・・お、おいっ!?」

彼の言葉を全部聞き終えないうちに、私は再び砂の上に倒れ、気を失った。


肩先まで毛布に包まれ、小さな寝息をたてていた私の唇が微かに動いた。

「・・・・・・うう・・・・・・っ」

ベッドの傍らに立ち、心配そうに私を見下ろしていた青年はハッとなる。

「気がついたのか?」

まつげが震え、うっすらと開いた私の目に一瞬、怯えの色が走った。

「・・・・・・ここ、どこ?」

「ここはリンフィ王国にある俺の家だよ」

「リンフィ王国!?」

それを聞いて、私の唇が震えた。

リンフィ王国とは、インリュース大陸の南西にある大陸に存在する国だ。

どうして、そんなところにいるのだろう?

「ど、どうして・・・・・・?私、インリュース大陸にいたはずなのに・・・・・・」

先程と同じ疑問が私の口をついて出た。

「インリュース大陸だって?じゃあ、オーダリー王国から来たのか?」

私は大きく首を振ると、ムッとした表情で彼を睨みつけた。

「何言っているのよ?中和国から決まっているでしょう!」

私は、まるで彼がそれを知っていて当然のことだとばかりの表情でそう告げた。

だが、彼は−−。

「ちゅうわこく・・・・・・?それって、オーダリー王国のことか?」

それでも、彼は何のことやら分からないといった顔で肩をすくめてみせる。

私は納得いかないみたいに腕を組んで、頬をぷうっと膨らませてみせた。

「そんなはずないじゃない!だって、ソディの故郷だよ!!」

私の剣幕に彼は思わずうろたえ、困りきった表情で頭をかく。

彼は少しいいよどんだが、私に視線を向けると言った。

「・・・・・・そのソディっていう人が誰なのかは知らないけれど、俺の知る限り、そんな国は知らないな。オーダリー王国のことじゃないのか?」

「だから、違うって−−えっ?」

私は、目の前にいる彼の顔をじっと見つめる。スカイブルーの髪の色も顔立ちもソディによく似ていたけれど、よく見るとソディよりもどこか大人びた風貌を持つ青年だった。

彼は振り返ると背後に立っていた少女を見下ろした。

「おまえも知らないよな?テレフタレート」

「もちろんよ!」

そう答えたのは、彼よりも三つか四つ年下の小柄な少女だ。

長い甘栗色の髪を二つに大きく分けている。頭の上には変わった形のカチューシャーをしていた。夕暮れの空のオレンジと雲の白を基調した服は、肩と健康的に伸びた脚が惜しげもなくさらされた活動的な形で、彼女の活動的な性格を表しているように思えた。

「それよりもあなたの名前ってなんて言うの?」

そう言った彼女の顔には、想像どおり、元気の塊のような笑顔が浮かんでいた。

「・・・・・・あっ、うん。私はルーン。ルーン=アイルンだよ」

私は内心の驚きを何とか取りつくろいながらもそう答える。

テレフタレートの深い茶色の瞳が興味深そうに私を覗き込んだ。

「ふぅ−ん。ルーンっていうんだ!私はテレフタレート!よろしくね!!ところで、ルーンはその中和国ってところから来たんだよね?どんなところ?ねえねえ!」

「あのな・・・・・・、テレフタレート」

何度も何度もそうまくし立てるテレフタレートを見て、彼はこれ見よがしに溜息をついた。

「一度にそう沢山、質問ばかりするなよ」

「そ、そこまで沢山じゃ・・・ないもの!」

テレフタレートはそう言って、不満そうに頬を膨らませる。その表情はどこからどう見ても、駄々こねて、それを聞き入れてもらえなくて、そのままふてくされている子供のようだった。

「だって、ルーンのこと、気になるもの!」

テレフタレートの茶化しにも、彼はろくに反応しなかった。

「気にならないと言えば嘘になるけれど、今はそれよりもそのソディっていう人を探してあげないと!」

「でも、手がかりとか何もなくない?」

「・・・・・・手がかりなのかは分からないけれど」

「えっ?」

私は目を丸くする。

しばらく、間をおいた後、彼は言った。

「オーダリー王国は元々の国の名称が中和国って呼ばれていたらしいって聞いたことがあるんだ」

「元々・・・・・・?」

私は不思議そうに首を傾げた。

どういうことなんだろう?

彼は私をしっかりと見据えると、今度こそしっかりと言った。

「ああ、六百年前、オーダリー王国の初代国王であるソディ=オーダリー様がそう国の名前を命名したって聞いたことがあるんだ」

彼の−−その信じられない言葉に、私の表情は凍った。予想外の攻撃を受けた戦士に、よく似たうろたえ方だった。

六百年前に、ソディが国の名前を変えた?

オーダリー王国の初代国王とソディは別人なの?

それとも−−。

困惑した私は目に入りそうになった汗を拭うと彼に詰め寄った。

「どういうこと?ソディがそのオーダリー王国の初代国王?しかも、六百年前って?」

私は服の袖をぎゅっと握り締め、動揺を隠せないまま声を張り上げた。

「・・・・・・えっ?ルーンが探していたソディって、オーダリー王国の初代国王様なの!?」

テレフタレートが眉根を寄せた。

彼女も私と同様に彼が何を言ったのか、すぐには理解しかねたらしい。

彼は幾分、戸惑った表情で応えた。

「いや、それはよく分からないけれど・・・・・・」

「六百年前・・・・・・」

つぶやいて、私は溜息をついた。

あの魔法を使ってしまったせいなのか、私は私がいた時代よりはるか未来の世界へ来てしまったらしい。

では、一緒に穴の中へのみこまれた「古の王」はどうなったのだろう?

「古の王」もこの時代に流れついているのだろうか?

ふと思いついて、私は顔を上げた。

「ねえ、この世界に「古の王」っていう魔物はいるの?」

私は、目の前の青年と隣に立っているテレフタレートという少女を見つめながら言った。

「いにしえのおう・・・?」

「魔王の名前だけど?」

「なぁぁ−−にぃぃぃ−−それ?」

テレフタレートはものすごい剣幕で、私の言葉をさえぎった。

「今、この世界に、「古の王」なんていう魔王はいないよ!!」

「「古の王」が、いない?」

私が尋ね返すと、力いっぱいテレフタレートは頷いた。

「うん!「古の王」はね、もう五百年前くらい前に倒されたらしいのよね!」

どういうことか、私には判断しかねた。彼らの様子に嘘をついているような素振りは微塵もなかった。そもそも、そんな嘘をつくメリットが彼らにはまるでない。

じゃあ、私達が戦った「古の王」はどうなったのだろう?

五百年前に倒されたっていうことは、「古の王」は私がいた時代から百年後に飛ばされ、私は六百年後に飛ばされてしまったということになる。しかも、私達が全くかなわなかった、あの「古の王」が誰かに倒されたというのだ。

本当なのかは分からない。

だけど少なくとも、この時代にそう伝わっているのなら、ただのかたりのはずがないのだけど−−。

少し考えてから、青年は言った。

「あの「古の王」のことも知っているのか?」

−−私は呆然と、青年の顔を見た。

これは何かの符合だろうか?

彼の顔立ちや風貌は、ソディとは違った。雰囲気も、ソディよりどこか大人っぽい感じがした。歳も恐らく私やソディよりも上だろう。

でも、それでも、彼はソディと同じだった。彼の台詞や立ち振る舞いだけじゃない。彼の目に宿る光が、私にそのことを悟らせた。

この人は、ソディと同じなのだと−−。

この時代に来て最初に出会ったのがこの人なのは、ただの偶然なのだろうか。

「これから、どうするんだ?」

「えっ?」

言われてやっと、私は彼のことをずっと凝視していたことに気づき、慌てて彼から視線をそらした。

「ねえねえ、じゃあさ、オーダリー王国に行かない?」

唐突に、テレフタレートはそう言ってきた。

「オーダリー王国に行けば、何か分かるかもしれないよ!」

「・・・・・・そうかもしれないね」

少し考えてから、私はそう頷いた。

確かにオーダリー王国に行けば、何か分かるかもしれない。

「じゃあ」

私の思考を、テレフタレートの声が打ち破った。

彼女は言った。

「ねえ、行こう!」

「うん、そうだね」

と、私は応えていた。

大げさに拳を突き上げ、テレフタレートは言った。

「じゃあ、ルーンは今日から私の親友ね!」

いきなり親友扱いされてしまい、私はくすりと吹き出した。

でもさらにそれも悪くないね、って思ってしまった自分を不思議に感じてしまった。まだ、出会って間もない私達なのに。

「ところで、あなたの名前、まだ聞いていなかったよね?」

青年を振り返り、私は言った。

「ソーシャルだよ」

と、彼は答えた。

「俺の名前はソーシャル=コルレリアだよ」

ソーシャルの−−彼の名前にどこか懐かしさを覚えながら、私は少し前屈みになって彼の顔を覗き込み、瞳を細めて柔らかく微笑んでみせた。


−−そして、私の時は再び動き出す。


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