二人だけの約束
それから本当の意味で私とソディの旅は始まった。
そして、時間は瞬く間に過ぎていった。
私とソディは「リバル」と召喚士の力を持つ者求めて各地を転々とした。だけど戦いで結果を残すことはあれど、それらの情報は全くと言っていいほど得られなかった。
「見つからないな・・・」
ソディは悲しげに溜息をつくと肩をすくめた。その様子から、それらが見つからないことにかなり彼が焦っていることが私には分かった。
確かに何の手がかりもないものを探すには世界は広すぎると思う。だけど、それ以外に「古の王」を封印する方法はあるのだろうか?
ソディの声価が高まれば高まるほど、ソディの抱える不安が膨れ上がっていくように感じられた。
だけど、どうしたらいいんだろう?
ある時、私はソディに率直に疑問をぶつけた。
「ねえ、ソディ。もしかして「リバル」の魔法のこととか、、召喚士のことの手がかりが見つからなくて焦っていたりする?」
私が尋ねるとソディは即答した。
「ああ」
「でも、何の手がかりもないし仕方ないよ」
「そうだな・・・」
私は人差し指を口元に寄せると、楽しげにつぶやいた。
「じゃあ、封印は諦めようか?」
ソディはこの時、思わず驚いて私の方を見た。
「そんなことできないよ!」
とソディは叫んだ。
そして遠い目をして、「でも」と続けた。
「このまま見つからないままじゃ、世界は遅かれ早かれ滅ぼされてしまうんじゃないかと・・・」
「大丈夫だよ」
私はにっこりと笑った。
「私、信じているよ。ソディとなら「古の王」を封印することができるって!倒すことができるって!」
「倒す・・・?」
「うん!」
と私は頷いた。
「私、信じているから。ソディなら「古の王」を倒すことができるって!」
私は、ソディのことをじっと見つめる。
「だから、絶対に大丈夫だよ!」
「ああ」
と頷いてから、ソディは質問した。
「でも、どうしてそう思うんだ?」
「ソディ、だからだよ!」
私はきっぱりと言った。
「ソディは私に生きる希望を−−目的をくれたんだよ!何故そう思えたのか、自分でもよく分からなかった。でも−−」
「でも?」
「あの時、分かったの」
と私は言った。
「あの時、アイルン神殿の前に戻って来た時のこと、覚えている?」
「ああ」
頷いて、ソディは少し笑みを浮かべた。
「あの時、約束したからな!」
「うん、そうだね!」
私はまたにっこりと微笑んだ。
そしてソディのことを見つめながら、私は先日のあの出来事を頭の片隅に思い浮かんでいた。
私とソディが再びアイルン神殿に赴いていたのは、もちろん「リバル」と召喚士の手がかりを得るためだった。
だけど神殿の前に来るなり、ソディは目を疑った。
「これって、・・・月の花だな」
「でも、つぶれているね」
私はしょんぼりと、ぺしゃんこにいた花達を見つめた。
月の光のようにうっすらと輝く小さな花びらで清楚な月の花は、私の最も大好きな花だった。それがつぶれているのだ。落ち込まないはずがない。
どうしたら元気になるんだろう。?
あっ、そうだ!
ふと思いつき、私はかがみ込んで呪文をつぶやき始めた。
温かな光が手のひらから溢れ、つぶれた花へと降り注ぐ。
すると、どうだろう。ぺしゃんこだった黄色い花がみるみる首をもたげていった。
私が得意とする回復魔法である。花には効くのか分からなかったが、試してみて正解だったようだ。
「よかった・・・」
「よかったな、ルーン」
ホッとした私の頭を、満足そうに微笑んだソディが撫でた。何となく気恥ずかしかったが、二人きりだと思えばそれも何ともない。
私は紫色の瞳を眩しげに細める。
「ところでさ、ルーンはこの月の花の花言葉って知っているか?」
ソディが月の花を一本手に取り、穏やかに尋ねた。
「確か、「信頼」って聞いたよ」
私は昔、母がそう話してくれていたことを思い出しながら答えた。
「この月の花はね、お父さんが私のために、このインリュース大陸の南に位置するアレキア大陸の最南端にある月の森からわざわざ探してきてくれたものなのよ」
母がそう言って嬉しそうに話してくれたことを、今でも私はよく覚えている。
それがきっかけで、私の両親は結婚したのだから。
「よく、私の母が話してくれたから・・・」
母が弾む声で絶え間なく私にそう話してくれたことを思い出し、私は苦笑した。
つられて、ソディも困ったように微笑む。
「なあ、ルーン」
横から声をかけられて私が振り向くと、ソディが微笑んでそこに立っていた。
「ちょっと、散歩しないか?」
「うん」
私はソディと神殿を離れ、人気のない道を並んで歩いた。
「すごい星だよね」
空を見上げて、私は言った。
「今にも降ってきそう−−あっ」
足元を見ていないものだから、くぼみにつまずいて危うく転びそうになる私をソディは受け止めた。
「えへへ、ごめんね」
「無茶するなよ・・・、ほら」
ソディは手を差し出した。
私は一瞬びっくりしたような顔になって、それから嬉しそうに微笑み、そっと手を握りしめた。そうして、ゆっくりと月と星の下を歩く。
「私ね、今でも不思議なの。こうしてソディとお話をしていることが」
「何で?」
ソディは思わず、首を傾げる。
私はそれを見てクスッと思い出し笑いをした。
「だってソディとあの時会わなかったら、今でも神殿にいたんだと思うから。だから、両親と同じように神官になってそれで私の人生は終わりなんだな、って思ってた。でも、ソディと出会ったことで、今はこうしてソディの隣にいるでしょう?それがすごく不思議だと思う」
「・・・・・・これからもずっとそうだよ」
少し間をあけた後、ソディは私にそう言った。
「えっ?」
「もう無理して神殿に戻る必要なんてないよ。古の王を封印すれば、世界は平和になる。そうすればルーンは神殿で縛られることもなくなる。もう心配しなくてもいいんだ」
私は立ち止まり、ソディも足を止めて、手を握ったまま振り返った。
「・・・・・・ソディ、やっぱりあの「古の王」と戦うの?」
「戦わないと・・・・・・駄目なんだろうな」
「でも、「古の王」は魔王って呼ばれているんだよ?」
私の手に自然と力がこもった。
「「古の王」だから、戦うんだ」
ソディは微笑んだ−−微笑めた。嘘みたいに、もう心は決まっていた。
「この中和剣は、かっての中和国の王家の人達が創り出したものなんだって聞かされた。でも、それなのに今もまだ、「古の王」は存在している。だから今こそ、この中和剣を使って「古の王」を倒したい−−いや封印したいんだ!きっとその中和剣を創った人達も、過去にけじめをつけてほしい、って願っていると思う。そんな気がするんだ。それに僕自身も」
「ソディ自身も?」
「ああ」
ソディは空を見上げた。
「僕はずっと・・・この中和剣があれば「古の王」を倒せると信じてきた。この中和剣があれば「古の王」を倒せる、だから、僕にしか「古の王」を倒せないんだ、ってずっと思ってきた。そして、それを疑問にも思わなかった」
私は小さく首を横に振った。
「それは仕方のないことだよ。中和剣が「古の王」を封印するために創られたものだって知っていたのは、アイルン神殿の神官達だけだったし」
「でも・・・僕は、ルーン、君と出会うまでそれを信じてしまっていたんだ。だけど君と出会って、初めてそれが間違いだったことに気づいた」
「ソディ・・・」
私は静かに息をついた。
ソディは星から私へと視線を移して言った。
「一人では「古の王」を倒せない。倒せるわけがないってことが・・・・・・。でも君となら、ルーンと一緒なら何とかなるって僕は信じている。信じているんだ!」
「うん……」
私は笑みを浮かべて頷いでみせた。そして、隣に立っているソディを見て言った。
「ねえ、ソディ?この旅が終わって、世界を平和にすることができたら、ソディはどうするつもりなの?中和国に戻る、の?」
少しの間考え、それからソディは首を振った。
「多分、しばらく戻らないと思う。僕・・・・・・「古の王」を封印することができたなら、そのことを世界中の人達に報告をしに行こうと思っているんだ。・・・・・・確かに、中和国に戻ってそのことを知らせた方が早いと思う。でも、世界中を渡り歩いて知らせていった方がずっと楽しいと思うんだ。・・・・・・なんて言ったら、ちょっとかっこつけすぎかもしれないけれど」
「ううん、そんなことない」
私は首を振り、そうしてソディをまっすぐに見つめた。
「そういうの、ソディらしくていいと思うよ!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
私はきっぱりと言った。そして、握った手に微かに力を込める。
「私も・・・一緒に行ってもいい?」
瞳とともに、私の手は微かに震えていた。
「えっ?」
ソディが戸惑ったように目を丸くする。
「今までもそうだったみたいに、私、これからも・・・ずっと、ソディの横にずっと歩けたらいいな、って思っているんだ・・・・・・」
私は大きな瞳を潤ませてうつむく。
「・・・・・・駄目かな?」
ソディはゆっくりと息を吸い、そして微笑んだ。
「駄目なわけ、ないだろう」
私はばあっと顔を輝かせた。まるで星のように−−月のように。
「一緒に行こう。これからもずっと、この世界を一緒に冒険しよう!」
「・・・・・・うん」
月明かりの下で、二つの影は静かに・・・・・・本当に静かにひとつに重なった。
「この世界が平和になったことを世界中の人達に伝えに行こう、って約束したもんな」
ソディの言葉で、私は回想から現実へと意識を戻した。
彼は掛け値なしの真剣な顔で、私に言った。
「必ず、勝とう!そして、二人で平和になった世界を見て回ろう!」
「うん、絶対だからね!」
私は力強く叫んだ。それから、両拳を胸の前へと突き上げて続ける。
「約束破ったら、針千本、呑むんだからね!!」
ひとつ頷いて、ソディは言った。
「ああ!」
それから、顔をしかめて付け加えた。
「でも、何で針千本なんだよ・・・・・・」
「いいから!」
私はそう言って、頬をぷうっと膨らませる。
そして眉をへの字にして、ソディの顔を覗き込んだ。
拳を突き上げ、頭から湯気を立ち上らせている私の勢いに押されたのか、気がつくとソディはこう答えていた。
「あ、ああ・・・」
「約束だよ?」
「ああ!」
ソディの無理やりな力強い返事に、私は納得したかのように頷いてみせた。
未来というのは、決してひとつではないの。でも、人はみんな自分でも気づかないうちに何らかの未来へと続く道を選んでしまう。それが決して自分が望んだ未来ではなくても。
だから、もしかしたら本当はもっと違う方法があったのかもしれない。
でも、私達は選んでしまった。「古の王」を封印することではなく、倒すことを。
「古の王」を倒すことなんて、私達にはできない−−。
今の私はもちろん、それが分かっている。そう「古の王」はいつ封印され、そして倒されたのか、すべて私には分かっている。そして本当はこの時に知ることができたらよかったのに、と思う。
・・・・・・どうして、人は事前に自分の運命を知ることができないのだろうか。
翌日、私達は「古の王」がいるとされるルトンの塔へと向かった。