運命との出逢い
そして、私はのちに勇者と呼ばれることになる少年と対面する。私はその日のことを一生忘れないだろう、と思ったし、実際その予感は正しかった。
そう、それは私が十四歳の春に突然やってきた。
その日はとても暖かな小春日和だった。桜は咲き乱れ、歌うように身をすり寄せては奏でられる風の音色。透き通った空が生命に息吹を宿していた。
「あの−」
私が神殿の外で、短い休憩時間を堪能していると誰かが声をかけてきた。
私は少し気を悪くした顔で彼を見た。
ただでさえ、休憩時間は短いのだ。それにせっかくのんびりとしていたというのに、それを突然中断させられては不満が募るに決まっている。
それでも、私は気持ちを落ち着かせて答えた。
「はい?」
「ここってアイルン神殿だよね?」
「あっ、うん。そうだね」
私が軽い調子で答えると、私に声をかけてきた少年はとても戸惑った様子で言葉を濁した。
「えっ・・・と、ここに中和剣があるって聞いたんだけど本当・・・なのかな?」
「泥棒さんとか?」
「ち、違うよ!ただ僕はその剣を譲ってもらおうと思って!でも・・・」
私の言葉に、彼は軽く笑ってみせた。
「まあ、確かに怪しい人に見えてしまうかもしれないけれど・・・」
「うん、見えるね」
そう言って、私はさもありなんと頷いた。
たちまち、少年の顔は青ざめる。両拳を突き上げると、彼は未練がましそうに溜息をついた。
「ひ、ひどいな・・・・・・」
と彼は返事をして、非難めいた視線を私に向けてきた。
やっぱり相当気にしているみたいね。
泥棒扱いされたこと・・・。私はひとしきり笑った後、彼の顔を覗き込んで訊いた。
「ねえ、あなたって名前なんて言うの?」
「えっ?ソディだけど」
そんな私の突然の一言に、彼−−ソディは思わず目を丸くする。
「ソディって言うんだ。私はルーン。よろしくね!」
私はそう言って、ソディにとびっきりの笑顔を向けた。
それが私とソディの出会いだった。運命に導かれたかのような劇的な出会いとかではなく、ごく普通の平凡な出会い。そう私とソディが出会ったことは、この世界の中ではそんなものは塵ほどの価値もないと言えるほどとても小さな出来事なのよね。
でも本当のことをいうと、その出会いはほんのちょっとだけ普通とは違うところがあった。実はソディは中和国の王子様で、しかもかって古代の人々が神々が創り出したとされる「神の武器」を真似て創り出した武器「中和剣」を使える、この時代で唯一の者だったからだ。なんていうとまるで奇跡を起こせるみたいに聞こえるかもしれないけれど、実際はそう大したことでもない。ただ、ソディしか使うことができない普通の短剣よりはすごい剣というだけだ。それだけの話だ。そんな剣は他にもあるだろうと私は思うけれど、ソディはひそかにそれだけではない、もっとすごい剣なんだ、と思っていたらしい。少なくともここに来るまでは。
一度、ソディが中和剣の威力があまり大したものでないことに不思議に思い、私に問いかけてきたことがある。
それはまだ、私がソディと出会ってから間もない頃の話だ。
私はあの後、ソディを追いかける目的で神殿を飛び出した。いい加減、神殿で淡々と過ごす日々が嫌になってきたということもあるけれど、彼の、ソディのどこまでもまっすぐ瞳に興味を惹かれたからだった。
きっとこの人といれば、退屈な日々とおさらばできるかも、そう思ったのだ。
ソディとはすぐに合流できたのだけど、でも彼は私の同行を危険だからと一点張りで、なかなか認めてくれなかった。そんな時のことだ。
「この中和剣ってあの魔王と呼ばれた「古の王」を倒すために古代の人々が創り出した武器のはずなのに、何か普通の武器と変わらないな」
「それはそうだよ!」
と私は答えた。
「中和剣はね、「古の王」を倒すために創られたものじゃなくて、封印するために創られたものだもの!」
「封印?」
ソディは私の言葉に不思議そうに首を傾げた。
「うん!この剣はね、「古の王」を封印するために創られたものなんだよ!まあ、もっともこれだけじゃだめなんだけどね」
「どういうことなんだ?」
ソディが身を乗り出した
私はにこっと笑って人差し指を立てると、ゆっくりと説明をし始めた。
「つまり、この中和剣と「リバル」と呼ばれている伝説の魔法、そして召喚士と呼ばれている人の力を得て、初めて封印は成功するんだよ!」
ソディは沈黙を守り、真剣な面持ちで私の言葉に耳を傾けていた。
「その封印って、今この世界を滅ぼそうとしているかの「古の王」にも効果があるのか?」
私の話を聞き終え、しばらく沈黙した後、ソディが言った。
「多分ね。元々古の王を封印するために創り出されたものだし」
「じゃあ、それを使えばこの世界を「古の王」から救うことができるんだよな?」
私は答えた。
「百パーセントの確率で成功する・・・。そしてその封印は二度と解けることはない。私はそう聞いたけれど」
ソディは満面の笑みを浮かべた。いつも笑みとは違う、勝利を確信したかのような笑顔だった。
表情を改めて、彼は言った。
「僕は「古の王」を倒す!」
私は黙って続きを待った。
「だけど、今の僕では「古の王」を倒すことはできない」
ソディは顔を上げた。
私は彼の顔を見た。
「ルーン。僕は君の話を信じてみることにするよ!君と一緒なら「古の王」を封印する方法が分かるかもしれない!」
「もしかしてそれって−−」
「一緒に行こう!ルーン」
つまりそれは同行を−−一緒について行っていいという意味だった。
その言葉を聞いた瞬間、自分でも驚いたことに私は私の全身に震えのようなものが走るのを感じていた。
「じゃあっ!じゃあ、これからよろしくね!ソディ」飛びつくような勢いで、私は言った。
ソディが私を仲間として認めてくれた。
ソディが私を信頼してくれた。
他の誰かではなくソディが私にそう言ってくれた。そのことが何よりも嬉しかったのだ。
「ああ!」
そう言って、ぱんと胸を叩くソディの姿が、私には何とも頼もしく後光が差して見えた。
なのに何故だろう?
どうして私は、その時、嬉しさとともに一抹の悲しみの感情を感じたのだろうか。
この時、私は本当はすでに私達の運命を知り得ていたのかもしれない。