表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の足跡  作者: 留菜マナ
2/6

ルーンという少女

私は今から−−そうソディと出会ったあの日から−−十四年前に、同じ年に生まれたほとんどすべての少女と同じように、インリュース大陸にある中和国の辺境にある地図にも載っていないような小さな神殿で、ごく普通のエルフの神官の娘として、特に預言者のお告げも授けられず、ごく日常的な風景の一つとしてこの世に誕生したの。

その時点では私が世界の命運を背負って旅立つなどと予感した人は一人もいなかったし、もしいたとしたらその人は頭のおかしいとして扱われていたと思う。

普通に誕生した私は、その後も普通の神官の娘として成長していった。物心ついた頃の私の日常は、近所に住んでいた男の子達と毎日泥んこになるまで遊ぶことだった。春でも夏でも秋でも冬でも、日が暮れるまで近くにある平原の中を駆け回っていた。ときにはそれだけではあきたらず、中和国まで行くことさえあった。

私はどちらかというと、女の子と遊ぶより男の子と遊ぶことの方が多かった。花畑で花の首飾りや冠を作っているよりも、そうして身体中の元気が切れてしまうまで遊んでいる方が好きだった。

とはいえ、ずっと遊んでいたわけではない。

年を重ねるにつれて、私は神殿での修行を否応なしにさせられていった。最初は修行の時間と遊ぶ時間は半々に別れていたのだが、月日が流れるに至って遊ぶ時間はおろか、休憩の時間すらほとんどなくなっていった。短かった黄緑色の髪も、いつのまにか腰に届くほど長く伸びていた。

いつも朝六時に神殿の一日は始まる。その時刻になると神殿中に鐘の音が鳴り響き、神殿に住む神官達はみな目を覚ます。

そんなわけで、鐘の音は神殿中の神官を叩き起こすわけだけど、それでも眠っている者もたった一人いる。つまり私のことなんだけど、私だけが眠っているのは不遜極まりない行為だ、と布団を引きづってでも両親は私を起こしにくるわけだ。

目覚めた神官達は礼拝堂に集められ、そこで一日の始まりを感謝する言葉を、神に−−創造神ロード様に向けて捧げなければならなかった。

正直な話、修行よりも何よりも、神殿での生活でこれが一番、私にとって辛いことだったりする。はっきり言って、私は寝起きはよくない。そしてなおかつ、いったん眠りに入るとなかなか目覚めることはない。急に朝六時に目を覚ませ、と言われたって、今まで朝の十時まで眠っていた私がそれに対応できるはずがない。

そして私達神官見習いは、一日のうちに何度も呪文の暗記をさせられた。私は両親から文字がびっしりと書かれた本を与えられ、その内容を一言一句記憶するように求められた。一つのページに一つの呪文。呪文の暗記は大変だ。とは言っても呪文そのものを覚えることは何ら苦ではない。何故なら、たった一言の言葉なのだから。

では何故、一つの呪文に一ページなのか?

それは魔法の原理について、より詳しい説明がされているからだ。魔法は、そこに書かれている文章を言っただけでは発動しない。魔法の本質、性質を知ることで、そして自らが持っている魔力の波長を合わせることによって、初めて神から魔法という力を借りることができるらしい。まあ、よく分からないけれどね。

暗記の後には実習が待っている。それはどの世界でも同じだ。神殿の生活だって例外ではない。

私達は一日に一度、講師役の神官の監視のもと、覚えた呪文を実際に神官の前で唱えさせられた。でも、しっかり呪文を暗記したのかを確認するため、というわけではなかった。魔法によって、使える人もいれば、そうでない人もいる。監視役の神官がいるのはその人が魔法を暴走させないか見張っているからだ。

私の場合、回復魔法は得意で、攻撃魔法はからっきし駄目だった。回復魔法はその名の通り傷を癒やしたり、毒などの状態異常を中和したりする系統の魔法のことである。いわば神官の扱う魔法の代名詞のようなもので、私の使う回復魔法はなかなかどうして大したものだった。

逆に攻撃魔法は、私は全くといっていいほど、扱えなかった。私が呪文を唱えても何も変化はなく、何も起こらなかった。攻撃魔法の中で、唯一私が使えたのは「時魔法」と呼ばれていた魔法の一つだった。

だけど私の両親は、私がそれを扱えたのを見てこう言った。

「・・・ルーン。この魔法はもう二度と使ってはいけない」

私にそう言葉を投げつけてのは父だった。

父は吐き捨てるように言った。

「使えば、おまえ自身に災いが起こる。二度と使うのではない!」

私はもちろん、父の言っている意味が分からなかった。周りに誰かがいたとしても、きっと私と同じ思いを抱いていたと思う。私が放った魔法は、ただ岩を削る程度の弱々しいものだったからだ。

「うん」

と私は答えたけれど、でもすぐに父にこう尋ねた。

「でも、どうしてこの魔法は使っちゃいけないの?」大した威力ではなかったが、この魔法は私が初めて使えた攻撃魔法だ。

それなのに、どうして使ったら駄目なんだろう?

私はそのことが不満だった。

でも父は、その私の言葉に、微笑みをより深くして首を横に振った。

「この魔法は暴走する可能性があるからだ」

「ぼうそう?」

「あつかえない、という意味だよ」

幼い私にも分かるように、父は言葉を選び直した。

「この魔法を使えばおまえは消えてしまうかもしれない。死んでしまうかもしれない。おまえはそうなりたくないだろう?」

父の口調は優しいかったけれど、その内容の思わぬ厳しさに私はぶんぶんと強く頷いてみせた。死ぬ、消えるという言葉に私は自分が今にも消えてしまいそうな気がして、少し泣きそうになってしまった。

父は言った。

「私達はおまえを失いたくない。だから絶対にこの魔法は使ってはいけないよ!」

「うん、わかった」

私が頷くと、父は大きな手のひらで私の頭を優しくなでてくれた。


実のところ、私はこの時、この魔法を使って自分が消えてしまわなかったということより、父が自分のことを心配してくれたということが何よりも嬉しかった。いつもは立場上、なかなか話してくれない分、こうして私のことを心配してくれたことがより一層私の心を喜びで満ち溢れさせた。


こうして私は毎日毎日、与えられたスケジュールに沿って修行をした。

毎日は漫然と過ぎ去っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ