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第5話 背水の陣

村への帰還途中、俺たちは谷に寄ることにした。

村の近辺にある谷。

ツィビの谷と呼ばれる場所だ。

太陽の光が届かないほどの霧に覆われており、おどろおどろしい雰囲気である。

周りが切り立った断崖で囲まれており、人の気配は一切しなかった。

俺たちはその谷にある道なき道を歩いていた。

歩きづらいこともあり、ケインは少し疲労が溜まっているようだった。


『少し休憩してもよろしいでしょうか。ここまで歩きづらい道は初めてなもので』

『俺は歩いていないし、俺の了承なんか得ずケインが休みたいときに休んでいいと思うぞ』

『ありがとうございます』


俺たちは道の端にある大きな岩石の上で休憩した。

ツィビの谷は聞いていた話よりも大きく、異世界の入り口があるか探し出すのは困難なように思えた。

一応魔力が濃い場所が多々あるため、そこに目星をつけて確認すれば良さそうだが如何せん数が多い。

確認を全て終えるまでには数日かかるだろう。

あまりにも時間がかかるようだったら諦めて村に戻ったほうがいいかもしれない。

俺たちは数分休憩した後、改めて探索を開始した。


---


探索を開始して数時間が経過した。

道が悪いこともあり、想定より時間がかかっている。

とても全ての異世界の入り口候補を見て回る時間はなさそうだ。


『次の場所を見てダメだったら引き返したほうがいいかもしれないな』

『よろしいのですか。異世界の入り口をリョウはすぐ見つけたいと思っていたので、まだ数日は探索すべきだと思っていました』

『正直俺も全て見て回りたいよ。だけど、さすがにもう時間もない。村の人たちを一旦村から移住させるのもいい加減しないとまずいと思うし』

『思ったのですが、村の人たちも自分たちで安全な場所に移住しようと考えて実行に移している人もいるのではないでしょうか。いくら村から出たくないとしてもいい加減考えを改めると思います』

『俺もそう思いたいよ。ただ、あの村の人々はギリギリになるまで村から移住しない気がするんだよな』


俺はケインの生活を通して村人をよく見ていた。

率直な感想として彼らは村の外の人たちに対して排他的な印象がある。

村の中の人たちには優しく接するが、外からきた旅人とはあまり仲良く接しているように思えない。

あの村で外の人たちと接することを拒まないケインが浮いて見えてしまうくらいには。

恐らく村のコミュニティを崩したくないがための行動なのだろう。

そういう人たちは今の生活を中々捨てることができず、最後までしがみつこうとする。

きっとあの村人たちは黒い腐敗に村が飲み込まれても半数以上は村に留まろうとするだろう。

待っているのは破滅だというのに。


『そうしないためにもこれまで何度か説得はしていたのですがね。あまり聞く耳をもってはくれませんでしたが黒い腐敗に実際に飲み込まれそうになったら考えを改めるはずです』

『そうだといいな』


そんなことを話しているうちに次の異世界の入り口候補にたどり着いた。

大きな洞窟となっており、中は狭い入り口に対して広々とした空間となっていた。

そんな広い空間の真ん中に、ぽつんと人一人が入れそうな穴があった。

それは深い穴だった。

底が見えず、しかし暗い紫色の光を放っており、その光が洞窟中を薄く照らしていた。

明らかに異質な場所だった。

そう、今までに見て回った候補地とは明らかに異なるものであるという直感と確信があった。


『見つけた…』


俺は思わずそう呟いていた。


『これが異世界の入り口なのですか…。まさか本当に実在したとは』


ケインも驚愕しつつも、ついに見つけた入り口に興奮を隠せないではいられなかった。

俺たちは異世界の入り口を見つけることができた。

しかし、感動したのも束の間、背後には黒い獣がいた。


---


それは今までにみた黒い獣とは明らかに異なる存在だった。

黒い腐敗の地域からよく見られる黒い獣なのだが、なんといってもその大きさが異なっていた。

今まで見た黒い獣は体長が1.2mほどの狼のような見た目をしていた。

しかし、目の前にいた黒い獣は体長が10mは超えている大きな狼を模した存在だった。

圧倒的な威圧感と殺意を振りまいており、この世の全ての生物が本能的に警鐘を鳴らすだろう。

それはケインと俺も例外ではなかった。

目の前の黒い獣に対し恐怖心を抱かずにはいられなかった。

ケインは衝動的に叫んでしまいたくなるところを必死に抑えていた。

周りは壁に覆われており、出口は黒い獣に阻まれている。

逃げるにしても目の前にいる黒い獣をどうにかしなければ逃げ切れない状況だった。


『ケイン!すぐに俺に主導権を渡せ!』


俺は気づけばそう言っていた。

ケインはガクリと体の力を抜き、主導権を渡す。

すぐさま体の主導権は俺へと切り替わった。

しかし、どうすべきか。

反射的に体の主導権を切り替えたが、目の前の獣をどうにかできるだろうか。

黒い腐敗の地域にしかいないと思われた黒い獣がなぜここにいるのか。

沸いて出てくる雑念を何とか取り払い、俺は冷静でいようとした。

まず勝利条件を整理しよう。

勝利条件:ケインの無事と黒い獣の脅威から逃れていること。

よし、少し落ち着いた。

俺は脈拍が未だ早いことを感じつつも、何とか隙を伺う。

目の前の黒い獣は微動だにせず、こちらをじっと見ている。

恐ろしいぐらいに何もしてこない。

だが、好都合だった。


俺はすぐさま荷物に用意しておいた煙幕を撒いた。

事前に買っておいた冒険者が愛用する逃走用の煙幕だ。

あっという間にあたりは白い煙に覆われ、視界は遮られる。

常人なら動くことすらできないだろう。

そんな中、俺は洞窟の出口まで一直線に駆け出す。


「ガァオォン!」


黒い獣が吠えると、とてつもない風圧であたりの煙が一瞬でなくなってしまった。

その咆哮の威力には立ち止まらずにはいられないほどの衝撃があった。

黒い獣は俺が立ち止まったのを見てすぐさま鋭い爪で攻撃をしてくる。

俺は爪が届く寸前で回避するが、背負っていた荷物は避けきれず、バラバラに引き裂かれてしまった。

もし直撃していたらと思うとぞっとする。

すぐに体勢を立て直し、出口に向かって走り出す。

しかし、黒い獣は即座に出口に移動しその巨体をもって出口を塞いでしまった。

まるで俺が戦闘を避けて逃げたがっていることを察知しているような戦い方だ。

煙幕に的確に対処し、俺が出口に近づけば即座に狭い出口を巨体で隠し塞いでしまう。

その黒い獣には知性を感じられた。


俺は逃げるのを一旦諦めて、目の前の相手を殺すことに目的を切り替える。

黒い獣の右前足に瞬時に近づき、俺は仕込んでいたナイフで切り裂こうとした。

しかし、獣の前足は硬く、刃はすぐさま折れてしまった。


「チッ」


俺は舌打ちをしつつも持っていた折れたナイフを捨て、今度は掌底を打ち込む。

掌底は大きな衝撃波を伴い、獣の前足を軽く抉った。


「キャアアン!」


獣は大きな悲鳴を上げたが前足は折れていなさそうだ。

さらにもう一発打ち込もうとしたところ、大きな衝撃が俺の体を吹っ飛ばした。

どうやら黒い獣の反撃を食らったらしい。

壁に激突し、体の至るところの骨が折れているように感じた。

即座に治癒魔法をかけて立ち上がる。

黒い獣は追撃してこない。

追撃するには絶好のタイミングなのにしてこなかった。

舐められている。

俺はそれに対して少し怒りつつ、即座に魔法を放った。


「風刃!」


風魔法、風刃。

鋭い風の刃を生成し、高速で放つ魔法。

風刃は黒い獣の顔に当たり、血を撒き散らかしながら切り裂いた。

手応えを感じたが、まだ致命傷には至っていない。

すぐさま追撃をして、殺すべきだ。

そう判断し改めて風刃を放てるように魔力を練る。

しかし気づいた。

気づいてしまった。

黒い獣は唸り声をあげてこちらを見ていた。

傷一つない顔で。

ありえない。

獣が回復魔法を使う前例はないし、何より回復魔法を使ったようには見えなかった。

気が付いたら傷が塞がっていたのだ。

よく見ると抉ったはずの前足も治っている。

俺はその現象に得体の知れない気持ち悪さを感じた。

目の前の獣は何か生物としてあるまじきことをしたのだと悟り、同時に恐ろしくもなった。

呆然としているところを獣の咆哮で吹き飛ばされた。

すぐさま体を捻り、体勢を立て直すが吹き飛ばされたことで距離を取られてしまった。

この距離では風刃は当たらない。

即座に近づこうとしたところで、体の主導権が切り替わった。

時間切れだ。


---


ケインは混乱していた。

今までリョウに体の主導権を切り替えて、勝てない相手はいなかった。

町にいた実力者と手合わせした時も、異世界の入り口探索で魔物に襲われたときも何とかなっていた。

しかし、目の前の獣は違った。

リョウが戦ったのにも関わらず傷一つなく獣は立っていた。

不気味なくらい無傷で。

ケインも戦えないわけではない。

日々の鍛錬もあって、少しずつ戦えるようになってきた。

しかし、目の前の獣にはケインだけの実力では勝てないと簡単に察することができ、ここで無残にも殺されるのだと実感してしまった。

恐怖。


黒い獣は襲い掛かってきた。

先ほどの洞窟の出口を守るような戦い方とは打って変わって、弱者をいたぶるように攻撃してきた。

ケインは何とか回避するが、黒い獣の攻撃をあと何回回避できるか。

次は死ぬかもしれない。

洞窟の出口まで走れば、今なら出られるかもしれないが出たところでどうなるというのだろうか。

追い付かれて噛みつかれて終わりだ。

普通なら狂気に陥ってもおかしくないようなくらい、絶望的な状況だった。

しかし、ケインは自分でも驚くほど冷静だった。

どうしたら助かるか。

そのことに考えをシフトしながら逃げ回る。

ふと、目に入った。

先ほどの戦いの余波もあり、今にも塞がりそうになっている異世界の入り口が。

ケインは悩まなかった。


ケインは異世界の入り口がある穴へと身を投じ、黒い獣から逃走するのだった。

プロローグ 滅びゆく世界 モリエスモント編 終


次章

第一章 学術魔法都市 ルミナス編




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