第3話 黒い腐敗
黒い腐敗。
それは瞬く間に広がっていった。
最初は森の中の一部分のみであり無害だったこともあり、村でも特に対処する必要はないだろうという結論に至った。
しかし、それが間違いだったのかもしれない。
発見から1週間が経過したころには森の10分の1が黒く腐敗していた。
まだ10分の1であるが、黒い腐敗が広がるペースは明らかに早い。
腐敗した箇所はもはや生命が住めるような環境ではなく、さらに黒い獣がたびたび発見されるようになった。
黒い獣は人を見つけると途端に襲い掛かっており、これまでに3人が犠牲になってしまった。
これに対して村から黒い獣の討伐隊を編成すべきとの案もでたが、これはすぐに却下されるだろう。
なぜなら、この村には戦える人間がほとんどいないからだ。
いたとしても元冒険者であり、手足が欠損しているなど万全ではないからだ。
そのため、黒い腐敗が広がる地域から出現する黒い獣に対しては現状打つ手がない。
そして村中に不安が広がっていく中、黒い腐敗はついに村にまで届こうとしていた。
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俺はケインと相談していた。
この現状に対してどうすべきか考える必要があるからだ。
『俺としてはこの村から逃げるべきだと思う。この村はいずれ壊滅的被害を受けるのは間違いない。』
俺は確信をもってそう告げた。
このペースで黒い腐敗が広がっていけば、恐らく3か月後には村はおろか森の全てが黒い腐敗に飲み込まれる。
飲み込まれたら最後、その土地では二度と生きていけないだろう。
ケインは俺の言葉に対して、難しい顔をしていた。
そりゃそうだろう。
なんせ、ケインの故郷なのだ。
俺としても10年以上この村にいたため、この村には親しみを感じる。
それを手放さなくてはいけないのはどうしようもなく嫌なことなのだ。
『僕は嫌ですよ。村から逃げるにしたって、他の村人たちはどうするのですか』
『他の村人も可能な限りは助けたいとは思っているよ。でも、村に残ったままでは助けられるものも助けられないだろ』
『そう言って、自分が助かりたいだけなのではないですか』
『そりゃ助かりたいだろ。ただ、他の人を見捨てるというわけじゃないぞ。俺たちが死んだら、助けたくても助けられないだろ。そもそも、自分の命も守れないやつが他の人の命を守れるものかよ。』
『………』
ケインは苦い顔をしていた。
俺は正直他の村人のことは助けたいとは思っているが、優先順位としては低い。
最優先は自分の命、次に他人の命。
当たり前なことを言っている気もするが、元勇者としてはどうなのだろうか。
正直、俺は自分が嫌な奴だと自覚してはいるが、今はとくにそう感じた。
ケインは俺の言葉に対して理解はできても納得はできていないようだった。
ケインからしてみれば、最優先は他人の命かもしれない。
彼は優しい性格だが、今この危険な状況ではその考えは正直困る。
『大体村から逃げてもどうするのですか。旅人が言うには村以外の至るところでも黒い腐敗が広がっていると言います。この村から逃げてもまた同じような状況に陥るのではないでしょうか。それだったら黒い腐敗を止める方法を考えたほうがいいと思います』
ケインの考えは確かに否定できない。
旅人は色んな土地で黒い腐敗を見たと言っていた。
害がないとは言っていたが、恐らく旅人が離れて数か月後には害が目に見える形で発生しているだろう。
さらに言えば、俺は元勇者として黒い腐敗がやばいという認識を持っている。
詳しい記憶は思い出せないが、黒い腐敗によって幾つもの世界が滅ぼされた気がする。
それをケインにそのまま伝えると、
『前にも言っていた前世の記憶というやつですか。なぜ今になって黒い腐敗が危険だと思いついたのですか。事前に気づけたら対処できたかもしれないですよ』
『俺もつい最近黒い腐敗を直接見て気づいたんだ。記憶は朧気だが、もしかしたら以前見たことがあるものを見れば思い出すのかもしれん。それと黒い腐敗は現時点では対処方法はなかったはずだ』
『しかし、その記憶が確かならこの村から逃げ出してもいずれ世界が滅ぶのなら意味がないのではないでしょうか』
『そうだ。この村からただ逃げだすんじゃ意味がない』
『じゃあどうすると言うのです』
『異世界へ逃げる』
ケインは唖然としていた。
何を言っているのだという顔をしている。
確かにこの提案は荒唐無稽な話に聞こえるかもしれない。
しかし、俺は真面目だった。
『俺は異世界から転生したんだ。そこから分かる通り異世界は複数存在するんだ』
『異世界に逃げるとは言いますが、どうやって異世界に転移するというのですか。まさかここで死んで転生しろとは言いませんよね』
『言わねぇよ。異世界に転移する方法は幾つもあるが手っ取り早いのは異世界への入り口を通ることだ』
異世界の入り口。
ある特定の条件を満たすことやその場所に訪れることで異世界へと転移することができる。
異世界の入り口は必ずどの世界にも存在する。
無論、日本に住んでいた時の世界にも異世界への入り口は存在する。
これも、前世の元勇者としての記憶から思い出せたものだ。
『異世界の入り口ですか。しかし、異世界の入り口が仮に存在するとしてもそれはどこにあるのでしょうか。見当はついているのですか』
『見当はついてない…』
『今から異世界の入り口を探すということですか。もしかしたら世界の端にあるかもしれない異世界の入り口を探すくらいだったら黒い腐敗を止める方法を探したほうが現実的ではないでしょうか』
『黒い腐敗を止める方法はない。それだったら異世界の入り口を探したほうが圧倒的にマシだ』
ケインと俺の考え方は対立していた。
だがケインの言い分も理解はできる。
異世界の入り口は必ず存在するが、どこにあるのかは分からない。
すぐ近くにあるかもだし、とても遠いところにあるかもしれない。
そんな先行き不透明な探索をするぐらいなら、黒い腐敗を止める方法を模索するほうが現実的かもしれない。
確かに俺の記憶上では黒い腐敗を止める手段はなかったはずだが、この世界なら止める方法があるかもしれない。
どちらの方法を選択しても賭けになるのは間違いなかった。
『こうしましょう。異世界の入り口を探すと同時に黒い腐敗を止める方法も探すのです。そうすれば仮に片方の方法が失敗したとしてもまだ何とかなるかもしれないです』
ケインはそう言った。
確かに片方の案だけ採用する必要はないのだ。
無論両方採用するということは、両方の案が中途半端になる可能性もある。
しかし、現時点では考えられる対処方法が少ない以上色々試しておくべきだ。
こうして俺とケインは情報を集めるべく様々な文献を漁ることにした。
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