第2話 チュートリアル
俺は吉田 亮。
かつて日本で高校二年生だった。
ある時事件に巻き込まれてしまい、気が付いたら異世界へと転移していた。
異世界転移というやつだ。
アニメとかでよく見る展開だったが、まさか自分が異世界転移をするとは思ってもみなかった。
俺はそこで勇者として活動していたと思う?
なぜ、疑問形なのか。
それはずばりあまり覚えていないからだ。
どういうわけか異世界転移後の記憶が朧気になっている。
思い出そうとしても靄がかかっている感じだ。
まさか認知症にでもなったのかと焦るが、不思議と日本にいたときの記憶は鮮明に思い出せる。
異世界転移後の世界での活動だけ上手く思い出せないということだ。
そのため、かつて勇者として人助けをしていたという漠然とした記憶しか残っていない。
俺が勇者とかどうなればそうなるのか正直誰かに聞きたいが、聞ける相手もいない。
俺が異世界転移しても勇者とかなれなさそうだが、もしかしたらチート能力でもあったのだろうか。
また、記憶はないがどうしてか戦いの技術は覚えていた。
魔法は少しあいまいだが、体術や剣術といったものは何とかできそうだ。
そしてさらに言えば、俺は異世界転生をしているようだった。
前々世が高校生、前世が勇者、そして今生は転生していると考えれば分かりやすい。
厳密にいえば前世は高校生の時のまま異世界転移したから、転生自体は初めての経験だ。
なぜ異世界転生したのかは記憶にはないが。
そして今生は前世のような剣と魔法がメインの異世界だった。
ケインという存在に転生したのだが、奇妙なことに異世界転生したのに転生先の肉体に魂があった。
こういうのは転生先の魂はないのがお約束だと思っていただけに正直かなり混乱した。
しかも、意識はあるがずっと肉体の主導権はないときた。
ケインが常に肉体の主導権を持っており、ケインは俺の存在を感知していない。
俺はケインの生活を傍でずっと見守っているような感覚だった。
意識はあるのに肉体を自由に動かせないのは不便かと思っていたのだが、数年も経てば慣れてしまった。
これからずっとケインの体に勝手に居候をするのかと思っていたが、ブラックスネークに襲われたことで何かが起こったのだろう。
気づくとケインと話せていた。
驚いたが、それと同時にケインの体を俺の意思で動かせるのではという希望が芽生えていた。
何とかして自分の意思で体を動かしてみたい。
そのため、努めて初対面を装って彼の体を拝借しようと画策した。
後から聞いた話、とても危ない人に見えたとか。
結果で言えば彼の体を動かすことはできた。
かつての勇者として活動していた技術を活かし、ブラックスネークを一撃で倒すことができた。
これで、俺の異世界転生ライフが始まるかと思いきやすぐに魂の世界に戻っており、ケインの肉体はケインの魂が再び主導権を握っていた。
どうやら俺は3分間しかケインの体の主導権を握れないらしい。
3分間しか動けないって〇ルトラマンかよ。
カップラーメンが沸くまでの時間しか動かせないとかほとんど意味がないじゃないか。
だが、今まで1秒も主導権を握れなかったことから考えれば大きな一歩だと思う。
それとブラックスネークの一件以来、俺はケインの魂と会話ができるようになった。
これまで認知すらされていなかったため、俺の存在にケインは驚愕していたが、すぐに慣れたようだった。
そこからケインと話し合うことで、普段の肉体の主導権は以前と同じようにケインが握ることとし、1日の終わりに俺に体の主導権を譲ってもらえることになった。
譲ってもらっても動かせるのは3分だけだが、やはり体を動かせるのは気分が良い。
また、ブラックスネークの一件の時みたいにまた命の危険にさらされることがあったら俺が何とかしてやりたい。
この肉体が死んだ場合、恐らくだが俺も死ぬ気がするからね。
たった3分でも鍛錬をしていればいざという時に何とかなるかもしれない。
まあ、こうして俺とケインの同じ肉体に一緒に住むという奇妙な共同生活が始まった。
共同生活自体はもっとずっと前からしていたのだけどね。
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ケインとの共同生活を始めて1か月経過した。
同じ肉体に魂2つ、しかも今度は認知されたものだから不都合が発生するかと思われたが特にそんなことはなかった。
寧ろ日々の生活で雑談や相談することができるようになったため、色々なことに対処することができるようになってきた。
今日も旅の商人からある取引を持ちかけられていた。
「この村では滅多に取れない新鮮な魚が銅貨10枚のところ今なら銅貨8枚で売れるぞ。どうだ」
「うーん。少し待ってくださいね」
ケインは魚を取引すべきか悩んでいた。
ここらの村は森の中にあるため新鮮な魚を食べられる機会は滅多にない。
本来なら海でとれる魚は銅貨5枚が相場だが、田舎の、しかもこんな森の中にある村で売るなら妥当な金額ともいえる。
『俺だったらこれは買ってもいいと思うぞ。妥当な金額だし、そろそろ果実意外も食べたくなるころだろ』
『そうですね。最近は獣もなかなか捕まらないこともあって果実ばかり食べていましたしね』
このように俺の意見もケインに伝えることができる。
それに食べているのはケインだが、食べたものは共有されているため果実だらけの生活は正直うんざりでもあった。
「おじさん。こちら買わせていただきます。」
「まいど!」
こうして魚を購入した。
いつもなら取引した後はそそくさと商人は帰ってしまうのだが、今日は違った。
「そういえば、最近色んな土地で黒く腐敗する現象が起こっていたのだが、この村では大丈夫なのか?」
「どういうことでしょうか。」
「色々旅をしているとそんな場所をよく見かけるんだ。現地の人に聞いてもよく分からないと言っているのだが、今のところ害はないらしい。あんたらの村に立ち寄ってみた感じ、現状問題はなさそうだが気になってな」
「そういうことでしたか。僕が住んでいて今のところそう言った噂もないですし多分大丈夫だと思います。しかし、黒く腐敗するなんて現象があるのですね…」
黒く腐敗する現象。
どこかで俺は聞いたことがある気がするが、思い出せない。
前世で勇者だった時に聞いたかもしれない。
「まあなんにせよ、特に目立った害もなく、この村でもまだ発生していないなら大丈夫だろ。ただ、旅人としての勘なのだが黒く腐敗する現象は放置しちゃいけない気がするんだよな」
最後に旅人はそう言い残して出発した。
俺の心情には何とも言えない不安があった。
まだこの村では見ていない現象。
そもそも、黒く腐敗する現象は旅人の勘違いで実は全く別の現象なのでは。
そう思おうとしてもどうにも不安な感情で胸がいっぱいだった。
後日、村の人々が騒然としていた。
村の近くにある森の一部分が黒く腐敗していたからだ。
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